ゴーストライター

璃亜里亭 無音@ティオンヌマン

〇依頼

 私立探偵を営んでいる朧(おぼろ)木(き)幽士(ゆうじ)は暇を持て余していた。探偵業はコンスタントに仕事が入るような業種ではない。幸いにも食うに困るようなことはないものの、ここ数日は閑古鳥が鳴いている状態であった。既に五本目になるタバコを灰皿に押し付け、既に生ぬるくなったコーヒーを啜る。

「暇だねえ」

 思わずそう口に出したその時、PCにメールが一通届いた。業務依頼のメールだ。差出人の名前は、加藤綾乃とある。女性のようだ。メールの内容は次のようであった。


「お初にお目にかかります。この度仕事のご依頼をさせていただきたくメールさせていただきました。詳細については直接お話をさせていただければと思いますので、お時間をいただけるお日にちございましたらお教えいただければ幸いです」


「幸運ですねえ、丁度いつでもウェルカムな状態でしたよ」


 そう独り言を呟きながら幽士は返事を打ち込む。


「ただいまフリーですので加藤様のご都合のよろしい日時に合わせることが可能です。いかがいたしますか?」


 返事はすぐに来た。


「それでは、本日の午後お伺いしてもよろしいでしょうか」


「構いません。お待ちしております」



 メールでのやりとりを終えると、幽士はいそいそと事務所内の掃除を始めるのだった。

※※※


 数時間後、事務所の呼び鈴が鳴る。午前中に依頼のあった加藤綾乃であろう。事務所のドアを開け客人を迎え入れる。

「加藤様ですね?」

「はい」

「お待ちしておりました。どうぞ中へ」

「失礼いたします」

 事務所の応接スペースのソファーに腰掛ける彼女。清楚な見た目ではあるが、どこか影があるようなイメージがあった。

「改めまして、私立探偵の朧木です。本日はご来所いただきありがとうございます」

 そう言いながらコーヒーを差し出す。

「ありがとうございます。加藤と申します、本日はよろしくお願いいたします」

「ええ、して、本日はどのようなご相談になりますでしょうか?」

「最近…誰かに見られている気がするんです」

「見られている…ですか。ストーカーでしょうか」

「わかりません…、ただ、家に居ても見られているような感じがするのと、SNSでも付きまとわれていて」

「SNS?ネットストーカー的な感じですかね。加藤さんの投稿等に執着しているような」

「はい。写真を投稿したり、何気ない一言を投稿したり、あとは…お恥ずかしい話ですが所謂裏アカウントも持っていまして…裏アカウントと言っても怪しいものではなくて、愚痴をこぼすためのものといった感じなんですけど…そっちの投稿にも必ずいいねやコメントが付くんです」

「拝見しても?」

「はい」

 そういうと彼女はスマホの画面を見せてきた。

《今日は久しぶりに外に出た。雨が冷たい》

 その下に、必ず一つだけ返信がある。

《冷たいのは雨じゃない。君の心だ》

 朧木は眉をひそめる。別の投稿を開く。

《仕事が終わった。疲れたな》

《疲れているのは嘘をつくことだろう?》

 さらにスクロールする。

《眠れない夜。誰かと話したい》

《僕がいるじゃないか。ずっと見ている》

 依頼人の手が震え、スマホを落としそうになる。

「…全部、こうなんです。どんな投稿にも、必ずこの返信がつくんです。しかも、私が投稿してから数秒以内に」

「返信しているアカウントは全部別なんですね。しかもアカウント名も適当な文字列…捨てアカか?」

「そうです。全部違うアカウントなんです。そして、そのアカウントは私と、もう一人だけをフォローして、私に返信を一回だけしてあとは何も呟いていないんです。それ以外の投稿は全く何もないんです」

 朧木は考え込む。特定のアカウントが誹謗中傷等を行っているのならば開示請求手続きをとればIPアドレス等の情報をえることが 出来る。しかし所謂捨てアカウントのようなものを大量に作り、しかも投稿内容もそこまで過激なものではないとなると、裁判所が開示請求に応じる可能性は低い。

「法的な対処は現時点では難しいかもしれませんね…ちなみにその行為を行っている人物に覚えはないですか?」

「…な、なくはないですけど…すみません、対処が難しいということなら依頼は取り下げさせていただきます。失礼します」

 朧木の質問に対し何故か異様に焦った様子を浮かべた。

「あ、ちょっと」

 朧木が呼び止める間もなく彼女は出て行ってしまった。

「…なんだったんだよマジで」

 そう呟きながらソファー深く座り込む。全くの無駄骨であった。

「そういや初回相談料すら払ってないなあの人。くそが」

 ひとりごちたその時、スマホの通知音が響いた。ツイッター(現エックス)のものだ。探偵事務所としてのアカウントを運用しているものだ。

「なんだ?依頼か?今日は入れ食いだな」

 アプリを開く。DMが届いているようだ。早速開いてみると、先ほど加藤のスマホに表示されていたのと同じような文字列のアカウントからのメッセージが届いていた。


「これ以上関わるな。これは私と彼女の問題だ」


「…は?」

 面食らってしまった。どういうことなのか理解が追い付かなかった。彼女、加藤綾乃が自分に相談に来たことを知っているのか?だとすればネットストーカーどころではない。現実に今現在も彼女はこの人物の監視下にあるということになる。急いで追いかけて事の次第を伝えようかと思ったが、現に今監視されている状態の彼女にこちらから接触するのはまずい。メールに記載されていた電話番号にかけてみることにした。

「もしもし…加藤です」

 数コールの後彼女は電話口に出た。

「先ほどはどうも。朧木です。今少しいいですか」

「丁度良かったです…今SNSのメッセージに『探偵に相談しても無駄だよ』ってメッセージがきて…」

「やはりですか…こちらの業務用のSNSアカウントにも同様のメッセージが今ほど届きました。十中八九、あなたは現在進行形で監視されています。一度事務所に戻ってくることはできますか?なるべく人通りの多い道を通って」

「わかりました」

※※※

 数分後、彼女は青ざめた表情で再び事務所を訪れた。

「さ、早く中へ。鍵もかけましょう。これで安全です」

「ありがとうございます…」

「加藤さん、先ほど電話でも言いましたが、これはネットストーカーどころではありません。現在進行形であなたは監視されていると考えるべきです」

「はい…」

「調査をこちらで行うこともできますが、警察に届け出を出すのが一番かと思います。先ほどはお答えいただけませんでしたが、犯人に心当たりはおありですよね?」

「…はい。でも、ありえないんです」

「ありえない?」

「だって…彼はもう死んでしまっているから」

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