プロポーズ大作戦!

神山

第1話


「僕と――つがいになってください!」

「百回しねっ!!」


 猫の着ぐるみが綺麗なコークスクリューを描きながら、青い空へと打ち上がった。




 その夜。

 何がダメだったのだろうか、と高架下の屋台で酒を呷りながら藤井は考え込む。


 彼女は猫が好きだ。野良猫を見かけたらすぐに駆け寄り、にゃあにゃあと会話してさえいた。猫吸いといって鼻を押し当てている姿も見たことがある。


 だからこそ、ふじは猫に扮したのだ。


 この一ヶ月、二足歩行をやめて四足歩行で生活した。

 キャットタワーも買った。爪とぎも欠かしていない。食生活まで変えたくらいだ。


 猫の気持ちは十分に理解できている筈である。

 だというのに、どうしてなのか。


「……いや、藤井。その努力はおかしい」


 禿げ頭の大将がぺチンと自分の頭をはたくと、甲高い音が鳴った。藤井も真似をして大将の頭をはたいた。パチン。思った以上に軽かった。


「――何しやがるっ!」

「いや、脳みそが詰まってるかどうかの確認をしたくて……」


 パチン。再び溜息が漏れた。なんとなく藤井は、猫の被り物をそっと隣のいそにかぶせてみる。むさい坊主頭の男が可愛い猫に変化した。


「んで、結局うまくいかなかったのか?」


 顔は猫だが、声は磯野の声だ。気分が悪かった

 藤井はすぐに被り物を外す。途端に磯野の顔に戻る。やっぱり気持ち悪かった。


「やはり、変声機で声を変えるべきだったか……?」

「そういう問題か?」と大将は首を傾げるが、少し経って逆側に首を傾ける。「いや、違うよな」


 だが、磯野は藤井の気持ちが痛いほどわかるらしい。水汲み鳥のように頷く。


「この着ぐるみから藤井の声で何でもないように話しかけられたら、引くだろ」

「だよな。さっきのお前は気持ち悪かった」


 しかし、ここで致命的な問題がある。変声機を使えば藤井だとわからなくなるのだ。それでは意味がない。答えを追い求めるように、また一口酒を飲んだ。


 最早、あれこれ考えすぎて思考回路が焼けそうになっていた。

 うんうん、と唸っていると大将の心配そうな声音が耳へと入る。


「あー、しかし、なんだ。急になんでプロポーズなんだ? そもそも、お前ら付き合ってどれくらいだ?」


 大将の言葉に、藤井は思考を中断すると天井を見上げて別の意味で唸った。


「えっと、この店に通い始めてからだから……、付き合って三年です」

「なるほど、三年か。なら、妥当といえば妥当だな」

「でも僕と彼女、幼馴染なので二十八年間ずっと一緒なんですよ!」

「――だったら遅えよ! もっと早く言ってやれよ!!」


 大将の絶叫に、磯野も首を大きく縦に振った。藤井は、自分の感覚が世間とズレているのか少し不安になった。その顔を見て、大将は静かに溜息を漏らした。


「まあ、いい。プロポーズをしようと決心したのは、褒められこそすれ怒られる筋合いはないしな。それにしても、なんで急に思い立ったんだ?」

「それがですね、大将。聞いてくださいよ」


 前のめり気味に藤井が語り出す。


「最近の彼女……、なんだかそっけないというか、いつも眠そうというか。そんな感じでしてね。後は、ストレスがたまってるからなのか。最近よく食べるんですよ」


 藤井はそっと宙を見上げる。脳内ではもぐもぐと牛丼特盛りを美味しそうに頬張っている彼女の姿が浮かぶ。豚汁付きだ。

 そんな豪快なところすら、藤井には可愛い。へらへらとにやけ、頬がだらしなく歪む。あまりの気味の悪さに、大将と磯野が怪訝そうに眉を寄せ合っていることも藤井の目には入っていなかった。


「だから、お酒でも……と思って誘ってみたんですけど。断固拒否! ってされちゃって。それに、ベッドダイブもずっとご無沙汰ですし」


 藤井は、彼女にすげなく断られたことを思い出して肩を落とす。すかさず磯野が口角を上げ、ぽつりと呟いた。


「それは、もしや……浮気なのでは?」

「馬鹿を言うな! そんなこと、あるわけ」


 勢いで立ち上がってみたものの、語尾はどんどん萎み、気持ちも沈んでいく。そんな彼を励ますように、大将と磯野は優しく肩を叩いた。


「まあまあ、まずは飲め。そして反省するんだ」

「そうだ、飲め。そして忘れろ。それが一番いい。酒は全てを飲み込んでくれる」


 三人は一升瓶を開けた。

 既に千鳥足でフラフラだ。それでも、脳を焼くように飲み続けた。


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