この作者様が、人間の心のダークサイドにスポットライトを当てるような作品を描かれるときにはいつも、
卓越した描写力と、心の機微を掬い取るような筆致に圧倒されます。
この物語も読んでいただければ、冒頭から圧倒されると思います。
鎌倉の春の朝の風景が繊細に紡がれ、緑の匂いまで立ち上るようです。
それなのに。
その美しさの裏側にじわりと忍び寄る不穏、夫の不在がもたらす確実な違和、主人公の心のざわめき
物語をさらに鮮やかに彩る「ザ・鎌倉夫人」な義母像、典型的なアッパークラスの子供(のように見える。これからどう変わっていくかわからないから)落ち着いた雰囲気の息子像。
これらのサブキャラクターが鮮やかだからこそ、物語の不穏さが、さらに濃く色づきます。
自然描写と心情が呼応する形で見事に表現されているので、気がつけば物語の中に没入してしまう自分に気がつきます。
きっと皆様も私と同じような感想を持つのではないかと、私は思います。
美しく、穏やかで、静かなのに確実に不穏、優しさの中に影が差す、そんな極上のヒューマンドラマの予感がします。
ぜひ、多くの方にこの物語世界に触れてほしいと強く思います。