第15話

 真由美が初めてセックスしたのは、中学二年生のときだった。相手は同級生の友だちだった――高梨、という名前だった。高梨とは気が合い、ゲームや漫画の話をよくする間柄で、ちょくちょくうちに遊びに行ったりしていた。ある日、彼のうちに行って、ゲームして遊んでいるうちにいつの間にかセックスする流れになったのだ。

 ゲームがひと段落したとき、高梨は真由美の顔を熱い目でじっと見て、そしてキスをしてきた。いきなり舌を入れられて、真由美はびっくりした。知識はあったが、キスもしたことがなかったのだ。されるがままキスを受け入れていたら床に押し倒され、服を脱がされた。そのとき制服のシャツのボタンが一つ、飛んだ。あーあ、ボタンつけなくちゃいけないや、めんどくさいなあと思ったのを、真由美はよく覚えていた。

 真由美も初めてだったけれど、高梨も初めてだったらしく、服を脱がすのも身体を触るのも、ぎこちなくしかも力が強かった。

「痛い」

 乱暴に乳首をつままれて、思わずそう言った。

「ご、ごめん」

「うん、もっと優しくして?」

 真由美が言うと、高梨は興奮して乳首を口に含んだ。感じたことのない快感に声が漏れると、「気持ちいい?」と彼は嬉しそうに言った。

「ん、気持ちいい……」

 真由美はとろとろな気持ちになりながら、高梨を受け入れた。

 昨日まで友だちだったのに、変な感じ、と思った。

 そして、一回一線を越えてしまうと、高梨と会うときは毎回セックスをした。二人とも慣れてくると、どのようにしたらお互い気持ちいいのかが分かるようになってきた。

 そんなある日、真由美は部活の先輩に誘われてカラオケに行ったとき、先輩とセックスをした。高梨とは違う、と思った。だけど、違うけど違わない。やることは同じ。興奮状態になって、入れて出す、あたしはいくときといかないときがある。だけど、いつも「イク」と言う。その方が、相手が喜ぶから。そのようにして部活の先輩ともセックスをするようになったある日、高梨に乱暴に腕を掴まれて、校舎裏に連れて行かれた。

「真由美」

 高梨はいつになく真剣な目をしていた。

「何?」

「ねえ、村瀬先輩とヤってるって、ほんと?」

「ヤってるって? えっち?」

「――うん。……嘘だよな?」

「してるよ」

「え?」

 高梨がひどく傷ついた顔をしたので、真由美は驚いた。

「だって。別にたいしたことじゃないじゃない」

「でも、オレたち、つきあっているんだろ?」

「え? そうなの?」

「……だって、いつも一緒に帰っているし、……してるし」

「だけど、『つきあおう』なんて、なかったよ?」

 真由美はそう言うと、高梨は顔を奇妙に歪めた。「真由美はどうしてオレとしたの?」

「……最初は、なんとなく流れで?」

「……そうだったんだ」

「あ、でも、気持ちよかったから、その後もしてたんだよ?」

「――もういいよ」

 真由美はそうして、高梨とはセックスをしなくなった。その代わり村瀬とは時折セックスをした。他の誰かとも何となくセックスをした。求められて気持ちがよければそれでよかった。

 三年生になったとき、急に周りのみんなが受験モードになった。真由美は行けるとこならどこでもいいやと思っていたが、何しろ内申点が悪く、「行けるところ」の選択肢もかなり少なかった。

 面談で担任の先生に「せめて、あと一、上げろ」と言われた。

「えー、無理ですよお」

「そう言わずに。今のままだと、どこも厳しいぞ」

「じゃあ、先生の数学、上げてくださいよ」

「何言ってんだ、お前」

 そう言いながらも、短いスカートで脚を組み替えたところに、担任が視線を落としたのを、真由美は見逃さなかった。よく見たことのある視線だった。真由美はもう一度、脚を組み替えた。今度は、わざと見えるように脚を動かした。担任はやはり、視線をそこにやった。そして、ごくりとつばを飲んだ。

 真由美はにっこりと笑って、「ねえ、先生? 内申点、上げてくれるわよね?」と言って、スカートの裾を持ち上げた。「な、な、何をやってるんだ! やめなさい!」

「嘘よ。見たいくせに」

 真由美はスカートから手を離すと、制服のシャツのボタンをゆっくりと外した。

「ね? 分かるでしょう?」

 そのようにして真由美は高校に進学した。そして、自分の身体が売れることに気がづいた。

 簡単だった。

 ネットで相手を探す。にっこり笑う。「あたし、こういうの、初めてで」とか言う。ホテルに行く。服を脱いで、相手の興奮を受け入れる。「イク」とか言ってみる。下腹が熱いもので満たされて、そして熱が去る。お金をもらう。

 それだけ。

 本当に気持ちがいいときもあるし、何も感じないときもある。めんどくさいときはあの最中、ひたすら違うことを考えている。その間に終わる。とっても簡単。こんなことでお金がもらえるなら、こんないいことはない。真由美はお金がなくなると、相手を見つけ或いはリピーターとなっている人物に連絡をし、身体をお金に替えた。

 身体をお金に替える、そのお金で服とか化粧品とかを買ってきれいになる、遊びに行く、お金を使う、お金が無くなる、また身体をお金に替える。最高だよ! おもしろおかしく生きていく。

 高校生になったら、彼氏も出来た。

 その彼氏はとにかくかっこよくて、真由美は夢中になった。なんでもしてあげたくて、言われるままにプレゼントをしたりお金をあげたりしていた。だからますます身体をお金に替えた。彼氏もそのことを知って、応援してくれて嬉しくなった。

 だけど、思えばそこがターニングポイントだった。

「あたし、ほんとに男運、ない」

 真由美はまたつぶやいた。

 高校生のとき出来た彼氏に貢いでから、どんどん悪い方に堕ちて行った。

 真由美がつき合う男は決まって、真由美に物やお金をせびった。高校を出てからは、キャバクラで働きパパ活をし、そうしていろんな男に貢いだ。

 ……なんで、あんなにお金を使ったんだろうなあ。あのお金が今あったら……!

 真由美は大きく溜め息をついた。若い頃のあたし、大馬鹿だ。

 三十近くなったとき、急に稼げなくなった。ヤバイって思った。だから安定した職業に就いて真面目そうな智彦と結婚したんだけど。料理も掃除もやってくれるって言ったし。

 駅前のコーヒーショップに入り、真由美は携帯電話を取り出した。

 きららが生まれる前まではまだよかった。狭いアパートだったけれど、そのうち戸建てかマンションを買うんだと思っていたし。だけど、子どもが生まれたら、智彦は変わってしまった。あたしじゃなくて、ずっときららの面倒を見ている。おかしくない? あたしのことを好きだって言っていたのに。セックスしようと言っても、智彦はだいたいきららと一緒に寝てしまっている。

 子どもなんて、生まなきゃよかった。

 真由美は何度もそう思った。多くの母親のように、子どもに対する愛情というものが湧かなかった。かわいいと思う瞬間はある。でも一瞬だけだ。基本的に泣いたりわめいたりする子どもを、かわいいとは思えなかった。まだきららが赤ちゃんの頃、泣いているきららがあまりにうるさくて、ベビーベッドに入れたまま放っておいたことがある。自分はヘッドフォンをして動画を観ていた。そこに、会社から帰宅した智彦が青ざめて「ねえ、ママ。きらら、泣いているけど、どこにいるの?」と言ったのだ。

「智彦、あたし、お腹空いたんだけど?」

 そう言う真由美を無視して、智彦はきららのところに行った。

「ママ、きらら、おむつぐっしょりだよ。ミルクはいつあげたの?」

 あたしはあんたのママじゃない! 「ママ」と呼ばれるたびに真由美はいつもそう思った。「ママ」と呼ぶことで、真由美に母親という役割を押し付けてくるように感じた。真由美が応えないでいると智彦はきららのおむつを替えミルクをあげ、きららを寝かしつけた。

 あのとき以来、智彦は在宅勤務をしている。

 きららも智彦もうるさくて、一緒にいると息が詰まりそうだった。

 母親になんて、なれない、と真由美は思う。真由美の母親は離婚してシングルマザーだった。毎日仕事と男のことで忙しく、気づいたときには真由美は放っておかれた。でもそれが真由美にとっての「普通」だった。智彦が思う「普通の母親」とは違った。せめて智彦が、自分のことだけを見ていてくれたらよかったのに、と真由美は思った。

 真由美はマッチングアプリを使って、男と会うようになっていた。

 コーヒーショップでコーヒーを飲みながら、携帯電話を操作しネットで男を探す。

 顔がいい男がいい。

 好みの顔の男を見つけ、連絡を取る。

 待ち合わせ場所で待っていると、男が現れた。――写真よりずっと年上みたい。……まあ、いいか。

「こんにちはー」真由美は明るく挨拶をして、男の腕をとった。


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