7
第14話
あたしは本当に男運がない。
長谷川真由美はだらしなく煙草を吹かせながら思う。男運がないから、こんな惨めたらしい生活なんだ、と。
「ちょっと、ママ! きららちゃんの横で煙草吸わないで」
「っさいなー」
夫の智彦は本当にうるさい。きららちゃんがきららちゃんが。なんだよ。どうでもいいだろ、ガキなんて。
真由美は煙草の煙をわざときららに吹きかけた。きららはこほこほと咳をする。ふん、わざとらしいと真由美は眉毛を上げて顔をしかめた。
「ママ! やめてよ。きららちゃんはまだ四歳なんだよ。小さい子には毒なんだよ、煙草の煙は」
智彦は真由美ときららの間に入って、煙を追い払う仕草をした。
善良そのものの智彦の顔を見ていたら、真由美はむかむかしてきた。こんなはずじゃなかった、という思いが込み上げてきた。
狭いアパートの一室は、乱雑におもちゃや衣類が散らばっていた。おむつの袋も部屋の隅にだらしなく置かれている。きららは四歳だけど、まだおむつが外れていなかった。
子どもはうるさいし邪魔だし汚いし、トイレすら一人で出来ない、うざい。
なんだよ、この生活。全然きれいじゃない。
「あたし、出かけてくる」
真由美は煙草の火を灰皿で消すと、立ち上がった。最近、新しい服すら買っていない。鞄も靴も、みんな数年前のものだ。出かけようと鞄を持ったとき、髪がはらりと目の前に垂れた。ああ、美容院も行っていない。髪はひどく傷んで毛先の方は色が抜け、しかもぱさぱさだった。
「ねえママ、どこ行くの?」
智彦が後を追いかけてくる。真由美は「ちょっと」と言って、逃げるようにして家を出た。その際、智彦の財布からお金を抜くのを忘れなかった。「駄目だよ、ママ! それは生活費だよ」智彦の声が聞こえてきたが、無視した。きららが泣いたので、智彦はきららのところ戻った。アパートの玄関のドアを乱暴に閉めて、外階段を下りて行く。
ほんと、失敗だった。智彦と結婚したら、いい生活が出来ると思ったのに。だから、妊娠したのに。智彦が喜んで結婚してくれたところまではよかったのに。こんな生活、望んでいなかった。
智彦にはお金があると思っていた。大企業に勤めているし、いい大学を出ているし。でも間違ってた。ああ、あたしは失敗したんだ!
真由美はヒールの音を響かせながら、駅へと向かった。
智彦に働いて欲しいと言われたことにもイライラした。結婚したらもう働かなくていいと思ったのに。子育てもしろと言う。――冗談でしょ? あんなの、無理! うるさいし汚いし。
きららの子育ては、在宅勤務の智彦が全て行っていた。そして、そもそもの家事も智彦が全て行っていた。真由美は思う。以前は智彦が作ってくれる料理が好きだったけど、最近は手抜きばかりでほんとムカツク。掃除も出来ていないから汚いし。あーあ。ともかく失敗しちゃったなあ。
膝上のスカートから覗く脚が目に入った。
まだまだ、あたしはきれい。脚はほどよく筋肉がついているし、胸もある。妊娠したときはどうなることかと思ったけど、ちゃんと体型を元に戻すことが出来た。美容院は行けていないけど、自分で塗ったネイルもきれいに爪を彩っていた。ショウウィンドウに映る姿を確認する。うん、大丈夫!
子どもなんて要らなかった。
ただ、楽に暮らすために妊娠しただけだ。それなのに、どうしてこんなに惨めったらしい生活をしなくちゃいけないのよ!
子どもなんて、全然かわいくない。べたべた触ってくるのも嫌い。気持ち悪い。
真由美には、智彦がきららをかわいがる気持ちがまるで分からなかった。実際のところ、真由美よりもきららをかわいがっていることも、不満の一つだった。
あーあ。あたしって、ほんと、男運ない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます