第3話 出会い
五月の下旬、手続きを終えて僕は部屋に戻った。
窓から差し込む日差しが、陽だまりを作っていた。
そこに、途中で買った小さなテーブルを置き、その上に位牌と遺骨、そして、遺影を並べた。
コップに水を入れ、遺影の前にそっと置いた。
「お母ちゃん、喉乾いただろ」
目を閉じて手を合わせる。
「カタッ」後ろで物音が鳴った。
振り向いたが、何もない。
しばらく見つめたが、それきり音はしなかった。
遺影に顔を戻す。
笑顔の瞳がまっすぐに僕を見つめている。
「早く仕事に戻りなさい」
母は働き者だったから……そう言われているような気がした。
僕は社長に電話を入れた。
「いま、戻りました」
「そうか。大変だったね」社長は優しい口調でそう言った。
「すんません。――お金は必ず返します」
葬儀代を社長が建て替えてくれていた。
「まあ、困ったときはお互い様だからね。ところで、四十九日はこれからだよね」
「お墓、作れないので……」
「そうか」社長はそう言ったきり、少し黙った。
「会社はどうする?」
「明日から戻ってもいいですか?」
「ああ、もちろんだとも。期待の新人だからね」そう言って社長は笑った。
「頑張ります」そんな言葉しか思いつかなかった。
「上村君に言っておくから、どうするかは上村君に聞いてくれるか」
「はい、分かりました」
「ともかく、元気そうでよかった」
「ありがとうございます」そう言って電話を切った。
翌日、出社すると上村さんに仕事の指示を貰いに行った。
「おはようございます。長い間休んで、すんませんでした」
僕は深く頭を下げた。ところが上村さんはそれを無視して、朝の申し送りをはじめた。
上村さんは製造部門の班長で、僕の上司にあたる。
入社当時から僕のことが気に入らないらしく、ほとんど仕事を教えてくれない。
だから、そんな態度には慣れていたが、他の人たちまでも目を合わせてくれず、それが心を締めつけた。
「じゃあ、朝礼は終わり。各人、お気をつけて!」
上村さんがそう言うと、みんなが「お気をつけて!」と声を上げた。
結局、何の指示もないまま、仕事がはじまった。
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