「大差ない大差」

いつも行くラーメン屋で、普段頼んでいるものと違うラーメンを頼んでみた。

通い始めてから1年もたつので、店員さんにも顔といわゆる”いつもの”を覚えられて、

「醤油の大、と並ライスでよろしかったですか?」

と言われたのをわざわざ断り、ごめんなーと思いながら、

「今日は塩の並とチャーハンでお願いします。」

と気持ち丁寧めに答える。

口にはしてないが、裏に行ったら、あの人今日は塩頼んでる!とでも言いそうな表情でいつも通り元気よく「承知いたしました!」と返してくれた。

やった。ようやく言えた。

正直、1か月前から塩が食べてみたかったが、どうにも保守的な自分としては普段食べなれている醤油を手放すことができなかった。

それにもし仮に塩を食べて、微妙だった時にすごく損した気分になるのが嫌でなかなか頼めなかったのである。


しかし、先日同僚たちと好きなラーメンの話になった際に、この店が話題に上がった。確かに社員寮から1駅しか離れていないし、何なら徒歩圏内でもあるから驚くことでもなかった。

そう、驚くべきは同僚らが口々に塩がうまいと言っていたこと。

何なら「醤油食べたことないっすねー」と言う始末。

塩の人気ぶりに思わず自分も塩派だと嘘をついてしまった。

せめてもの償いとして「醤油もうまいんだけどなー」とだけ言っておいた。

というか、その店は醤油ラーメンが売りの店のはずだ。

メニューの一番最初も醬油からだし。ひとまずどのお店でもメニューで太文字でおすすめ!とか定番!とか書かれているものを選ぶのは当然だろう?

そんな情緒のかけらもないやつらだとは思わなかったと少し軽蔑しながらも、やっぱり塩おいしいんだな、やっぱりたのんでみるかと、背中を勝手に押された気分になったのは確かだった。


待っている間にスマホいじる。

本当は他のお客さんとか、店員さんの様子を観察するのが好きなんだが、

ついこの間、彼女に、恥ずかしいからやめて、と言われたきりやめて、目線がよそに行かないようにスマホを見るようにした。

そもそも周りの人達を観察することを恥ずかしいことだと認識していなかったから、指摘されたときは驚きと同時に若干の苛立ちもあった。

何が恥ずかしいかわからなかったし、じゃあ代わりにスマホでエッチな動画を見たらいいのか?それは恥ずかしくないのか?なんて言い返そうとも思ったが、いらぬ油を注ぐ必要はないと口をつぐんだ。

とりあえず今は一人なので、エッチな動画見てみようかとも思った。


お、これなんかよさそうじゃんって頼んだラーメンより高い動画を購入して、見ようとしたら、入口のドアが開く音がした。

つい恥ずかしい癖の名残で、ドアの方向を見てしまった。

するとラーメンの話をした同僚の一人だった。

なんだかんだ会ったことなかったから妙にうれしくなって、スマホを裏向けて置いて、声をかけた。

「おーい」

「あ!来てたんだ!隣座っていい?」

「どうぞどうぞ」

一人で来る店に知り合いがいると、何となく変な気分がして、そわそわしてしまう。

すると同僚は店員さんが来るなり、塩ラーメンを注文した。

「お前もかw」

「ということはお前も?」

「うん、塩とチャーハン」

「いいね~」

知らない仲ではないので、もちろん話はできるのだが、

めちゃくちゃ仲がいいというわけでもないので、そこまで盛り上がるわけでもない。

なんか落ち着いて食べれないかもな、ちょっと失敗したか?


なんて言って席移動を促そうかと考えていると、先方が口を開く。

「そういえばさー」

「んー」

また大して盛り上がらないのかな。スマホを持ち上げていじろうとする。

「俺、実は塩食べたことないんだよねw」

「へー,,,!?」

思わず隣に座った同僚の方を見る。あれこい結構率先して塩がいいって言ってなかったか?

「こないだの話でしょ?」

うんうんと首を大きく縦に振る。

「いやーあれさ、みんながやけに塩がいいって言うから、なんか醤油食べてるのが恥ずかしいというか、あれが同調圧力ってやつだね。」

はははと笑いながら、お冷を飲む同僚を見て、単純にずるいと思った。

一人だけすっきりした気持ちで塩楽しめるのか。

俺は、いつも塩食ってます、ハイハイこの味ね。みたいなリアクションをしなくちゃいけないんだろ。

ずるいなあ。早くなんか俺も言い出しやすいパス出せよ。

普通に驚いて、言うタイミング逃したんだよさっきは。

半分同僚をにらみながら、お冷を飲み干す。

それを見た同僚が水を注いでくれる。いいやつかよ。

「でも、お前は俺と同じで、定番のものを頼むタイプだと思ってたけどね~」

ここだ!こいつはできるやつだ!

「いや、俺も醤油しか食べたことないのよ!」

気持ち大きめの声が出て、店員さんとかもこっちを向いてしまう。

同僚は少し驚いた表情を見せるも、すぐに笑顔で答えてくれた。

「お、おう。そうだったんだ。お前も同調圧力にやられた口だな。日本人の悪いところ出てるぞ~はは」

「いやお前もだろ!」


ようやく赤裸々に話せたところで、ラーメンが到着した。

念願のだなってお互いに大きな期待を胸に面をすする。

二人口をそろえて一言。


「しょっぱい。」


二人して大爆笑した。

今度はあいつらに醬油をお見舞いしてやろう。

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