ただ、前を向いて歩くだけ。

めでたしの都築。

「何もかも違う」

ある日、仕事をサボった。

朝起きた瞬間から、行きたくない気持ちでいっぱいで、「何か違うな」と思って出勤しないことにした。

別に職場で嫌なことがあったわけではない。

ただ「何か違う」。

実家に住んでいるものだから、両親に何か言われるのも面倒なので、仕事に行く振りはする。朝の7時30分に家を出て、最寄り駅に向かい、いつもの電車には乗る。

ここまでしたなら、そのまま乗っておけば職場につくのだから、出勤すればいいと思うのだが、「何か違う」今日は途中で降りる。

途中で降りた先で、ネカフェのフルフラットルームに入り、眠りにつく。

起きては、たまっていて見れていなかったゲーム配信者の生放送のアーカイブを見る。

そんなこんなで仕事終わりの時間になる。

仕事の9時間と、だらだら過ごす9時間が体感違うのは本当に不思議。でも、特別興味ないし、解明されたところで仕事時間が短くなるわけじゃないから、教えてほしくもない。

フリータイムで2200円。安い。

仕事して疲れたような顔をして、家に帰り、晩飯を食って、風呂に入って、また動画の続きを見て、眠る。


明日は仕事にでも行くかと。


翌日仕事に向かうと不思議なことが起きた。

弊社は顔認証でオフィスに入ることができるのだが、いくら試してもうまく認証してくれないのだ。

仕方ないので、あとから来た別部署所属であろう見覚えのない女性の後ろを付けてオフィスに入る。

かなり変な顔はされたが、悪者じゃない。何かシステムの不具合のせいなんだ。

言い訳をすると、余計に怪しまれる気もしたから、そそくさと入室した。

少し焦りはしたが、これは話のネタになるな。昨日のサボりの謝罪も早々に「クビにされたのかと思いましたよ~www」なんて言えば、笑ってくれるだろう。


これまた不思議なことが。

自分のデスクがあるはずの場所には、先ほどの女性が座ろうとしていた。

「ちょ、ちょっと!」

思わず声をかけると、女性はぎょっとこちら見る。少し震えたような声で返事をしてくれた。

「な、何ですか?」

「いやそこ僕の席何ですけど,,,」

「は?」

ん?昨日の間に席替えでもしたのか?

本来、俺の席だったはずのデスクには彼女の趣味だろうか、男性アイドルのアクリルスタンドが飾ってあった。

職場のデスクを自分の私物置きにしているやつは昔から嫌いなせいか、平面になってもキラキラしているアイドルのその笑顔にちょっとイラついた。

すいません、とひとまず言って、主任が来るのを待つことにした。

主任はいつも始業の9時の5分前に来て、少し作業して9時5分に朝礼を行う。

どう考えても8時50分に来て、9時から朝礼をした方がいいと思うのだが、誰もそれを指摘することはなかった。

なぜなら5分サボれるから。


待つこと30分、ようやく主任が出社してきたので、急いで声をかける。

「あのー主任。」

「は、はい?」

「昨日を休んでしまい、大変申し訳ございませんでした!」

「え?」

「さっき顔認証うまくいかなくて、てっきりクビなのかと思いましたよー!ハハハ」

昨日休んだことはさっさと水に流してくれ、ていうか俺の席どこよ。

「すいません、どちら様ですか?」


は?


====================================


会社近くの公園のベンチに座り、ため息をつく。

いくら考えをめぐらしても、理解はできない。

3年近く務めたはずのあの会社には、どうやら俺の席どころか籍がなかったようだ。

3年働いた経歴もなければ、俺という社員がいた記録もない。

要するに頭のおかしいやつが会社に入り込んだということで、半ば強制的に追い出された。

「一体どうなってんだよ。」

昨日休んだ罰?にしては重すぎないか?というか記録がないってどういうこよ?

意味が分からない。乗り込んでやろうかな、もう1回。

でもまた会社に行ったらいよいよ警察を呼ばれそうな勢いだったからな。

そこまでの勇気は出せず、おずおずと乗ってきた電車に乗る。

電車に乗ってる間に、何となくあの会社で働いたことなんてない気がしてきた。

しかし、このまま家に帰って、親にありのまま話したところで信じてもらえるだろうか?

もし仮に昨日は普通に働けてたんだとしたらおかしくない?とか言われそうだな。

面倒だな。


今後の作戦会議(一人)もかねて、ひとまず昨日と同じネカフェに入った。

結局動画を見た。

昨日より200円高くついた。


いつも通り仕事して疲れたような顔をして、家に帰り、晩飯を食って、風呂に入って、また動画の続きを見て、眠る。予定だったのだが、最寄り駅について、違和感を覚える。

自分の家の場所がわからない。

ここが最寄り駅な気がする。

だけどここからどっちに行けば家なのかがわからない。

やっぱりさすがに今日の出来事がショック過ぎたのかな。

まあ歩いているうちに思い出すだろうと自分に言い聞かせて歩き始める。

しかし歩けば歩くほど、ここが知らない町のように思えてくる。

あの幼なじみの父親が経営している理髪店も、愛想の悪い中国人の店員がいるコンビニも見覚えがない。

「ここどこだ、マジで,,,」


30分近く、我が家を求めて練り歩いてみたが、やはりこの見覚えのない街にはないようだ。

とりあえず駅に戻ってきてみたが、ここからどうすればいいかと途方に暮れる。

そういえばと思い、スマホを開く。

やっぱり、いつも見ている配信者のライブ配信が始まっている。

とりあえずどこか一夜過ごせる場所で見よう。

ネットでしらべたら、2,3駅先にネカフェがあるみたいだな。

今日そこでライブを見て、また明日からどうするか考えよう。


初めて乗る電車にドキドキしながら、ネカフェに向かう。


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