REZON 第一部「神話の門」
壇 瑠維
第1章「諏訪」 第1話
2025.3.28 東京/有明・先端AI開発研究所
東京の桜は一足早い春を伝えるように、まだコートを手放せない人々の波を見下ろしていた。開花予想では今週末が満開というものの、花見をするにはちょっと気合を入れないといけないほどの寒さ。
御堂真理(みどう・まり)は研究所のガラス越しに桜の白を愛でながら、入ったばかりのコーヒーに口をつけた。
真理は有明の一角にある「先端AI開発研究所」の研究員。AI活用分野の一つとして歴史的な遺産に残された象徴や暗号の解析と、そこから導き出される新たな提案を行なっている。
同様の研究は各国で行われているが、彼女が開発したAI “SOPHIA” は従来と全く異なる切り口から「1000年の謎」とされてきた正倉院の古代碑文を見事に解読し、学会に大きな衝撃を与えた。以後「第一人者」としての地位を確立している。
まだ学生と言っても通用するあどけなさの残る顔立ち。強い意志を感じさせる瞳が印象的だ。研究の合間に大学での特別講義を受け持っている事から、職員の間では「先生」と呼ばれている。
◇◇◇
今、彼女のデスクを占拠しているのは開封された一つの段ボール箱。同封の手紙には中身の鑑定と、謎の依頼内容が記されていた。
御堂様
本品は、先日メールにて依頼させていただきました。入金も済ませてあったのでご確認ください。
これはあなたに割り当てられた役目が確認されたためです。どうか、お受け取りください。
同封物は“コトノハノ鏡”と呼称します。必要な鑑定を行う必要があります。
鑑定が終われば、必要な時に必要な場所で使用すれば十分です。手順は実行の直前に自然と理解されます。どうか安心のうえ、そのままお進みください。
結果は安全に確定していますので、途中不測の事態が起こったとしても望ましい処理がされます。
本品は返さなくても必要はありません。
ユートピア第七管理 処理番号:07-01
文面だけを読むと明らかに怪しいのだが、3日前に相場を遥かに超える入金がなされていた。
振込名義は“ユートピア第七管理”と記載されており、探すと迷惑メールのフォルダに埋もれていた。このメールの内容がまた怪しい。
件名: ご依頼内容の確認と入金完了のご報告
差出人: support@mn-ops.system
御堂真理様
先日お送りいただいた依頼情報につき、処理が完了しました。
同封物は発送手続きを済ませておりますので、到着まで今しばらくお待ちください。
なお、ご入金は確認済みです。
振込名義:ユートピア第七管理
本件はすでに安全に進行しており、追加のご連絡は不要です。必要な手順は、実行時に自動的に提示されます。
— system generated
※このメールには返信できません
典型的なスパムメールのタイトルと文面で、普通であればまず開封されない。
実際何らかのワームが仕込まれていたのか、開封以降SOPHIAの挙動が急激に劣化した。真理は「しまった」と悔やんだが後の祭り。
通常処理については問題ないので、修復を同時進行しながら何とか運用しているのが現状だ。
「それ、例のスパムメールのやつっすか?」
モニターの向こうから桐生蓮(きりゅう・れん)がコーヒーを片手に尋ねてきた。真理の講義に感銘を受け、1年前から研究室に加わった。
くせっ毛に縁の細いメガネ、白衣を着た姿は理系の大学生に見える。実際去年大学院を卒業したばかりなのだが。
感銘を受けた割に敬語をどこかに置き忘れることも多いが、技術的な知識と腕は相当なもので真理の信頼も厚い。
「そう。“コトノハノ鏡”って言うらしいわ。名前の響きは綺麗だけど、さて実際はどうなのかな……」
神経質なほど厳重に梱包された包みを丁寧に解いていく。
「また“蔵から出てきた出所不明の国宝”じゃないっすか?」
「そうかもね。“これこそが伝説の名剣、草薙剣です”って送られてきた銅剣の柄に“Made in TAIWAN”って書かれてたこともあったわね」
「送る前に気づけよ、って」
「さあ今回はどうかしら」
丁寧な梱包の中から現れたのは黒光りする鉄の円盤。直径はおよそ40センチ。中央に5センチほどの穴が空き、表面には薄く紋様が彫られている。渦巻と、それを取り囲むように散りばめられた7つの星にも見える意匠。手に取ると思った以上の重みがある。
「外側のこれは……星?」
「一見星だけど実は、っていうお約束のあれかも」
「厨二心がくすぐられるわね。紋様のパターンは弥生時代の青銅鏡に近いんだけど……」
「その割には細工も細かいっす」
「外したかな……?」
「まあ、せっかく預かったんだし、炭素年代測定かけてみますか」
「そうね。それを元に、この芸術的な意匠の解析をやっつけちゃおう」
「“昭和中期、モチーフは50円玉と荒ぶる渦”にA定食」
「乗った!」
◇◇◇
1時間後。
「ありえない……」
「推定3000年前……弥生を通り越して縄文時代……」
「中国ですら青銅器の時代っす」
「桐生君、今なら許してあげるわよ」
「へ?なに?」
「設定ミスったでしょ」
「俺?ないない!」
「信じてたのに……」
「ちょ、待って!何その“裏切られて悲しいわ、私”みたいな顔!」
「それじゃこの子は、本当に3000年前から来たの?」
「データ上はそうなります」
「うー、これ、データ入れた瞬間SOPHIAに何か言われそう」
「また、“そんなことする暇があったら自分の睡眠状態を改善しろ”、とか?」
「その程度だったらいいんだけど……」
真理が右耳のイヤホンを嫌そうにそっと触る。
「前から思ってたんすけど、SOPHIAってどんなロジック入れたの?」
「それはひ・み・つ!」
「うわー腹たつ。それじゃあさっさと怒られてくださいませ」
「桐生君、基礎データだけあなたのIDで」
「シナつくんな!」
これは勝てん、と悟ったのか真理が諦め顔で基礎データを入力する。
「出土:長野県、日本。材質:鉄。用途:鏡(祭祀の器の可能性あり)。推定制作年代:紀元前1000年」
円盤の3Dスキャンデータ、写真データとともに解析をかける。
「あれ?何も言わない」
「むしろ真剣に長考してる感じっすね」
しばらくして、ディスプレイに解析結果が表示された。
[PLACE: COLLECT]
[MATERIAL: COLLECT]
[PURPOSE: UNKNOWN/INSUFFICIENT DATA]
[ERA: COLLECT]
「うっそ、マジで3000年前?これ、世紀の大発見じゃないっすか?」
「SOPHIAが間違う可能性は限りなく低い。とすると、これは正真正銘のロストアイテム。用途は流石に決めかねてるわね……でも、アプローチを変えれば」
瞬間、ディスプレイの文字が高速でスクロールする。背景色も落ち着かず、色を行ったり来たりしている。
「何?ここで暴走?勘弁して〜!」
「ダメだ先生、どうにもなんない!」
「諦めたらそこで試合終了よ!」
「それは安西先生!!」
不意に、ディスプレイの表示が落ち着いた。正確には、何も表示されていない。
「おさまっ……た?」
真理の呟きに、本体の電源ランプだけが存在を主張するように明滅している。
「うわ〜、再起動か。データどこまで飛んでるかなあ……」
ディスプレイにゆっくりと、刻むように文字が浮かび上がった
『音ハ在ルヲ告グ』
[36.066310: 138.097457]
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