第3話 零細い田舎工場の社長

「お疲れさまでした。心筋梗塞です」


 女神は、分厚い帳簿のようなファイルをめくりながら告げた。


「地方の小さな町工場。従業員、五人。

 銀行からの借入残高、〇〇〇〇万円。最近、取引先の大口が倒産し――」


「言わなくていいです。知ってます」


「そうですね。全部、あなたが背負ってましたから」


 女神は、机の上に書類の束を並べた。そこには、保証人欄にびっしりと書かれた自分のサインが並んでいる。


「倒れる三分前まで、従業員への給与振込の段取りをしていましたね」


「最後ぐらい、給料だけは払ってやりたかったんですよ」


「倒れたあとも、そこだけはきちんと処理されました。あなたの通帳は真っ赤ですが、従業員たちの口座は守られました」


「……そうですか」


 女神は、三つのパネルを出した。



Aプラン:大企業の平社員コース

•給与安定、倒産リスク低め

•自分の判断で会社の命運は決まらない

•ただし、自分の裁量も小さい



Bプラン:国営工場の工場長コース

•安心&安定の公的機関

•書類と会議が増える

•倒産はしないが、変化もしにくい



Cプラン:小さな工房コース

•山あいの村で、日用品や工具を手づくり

•従業員なし。自分一人

•受けられる仕事の量は少ないが、借金もない



「……Cで」


「また小さな事業です。懲りませんか?」


「懲りてないわけじゃないですけど。

 誰かの生活を守りたいって気持ち自体は、捨てたくないんです」


「しかし、Cプランには従業員はいませんよ?」


「村の人たちがいるんでしょう? 壊れたもの直したり、道具作ったり。そういう形なら、背負いすぎずに済みそうで」


 女神は書類を片付けながら尋ねた。


「今度は、保証人には?」


「なりません。……たぶん、慎重に考えてからにします」


「“たぶん”を“必ず”にしておきましょう」


 女神は、ペン先でCをぐるりと丸で囲んだ。


「その世界では、仕事を断っても、人はそんなに簡単には死にません。

 あなたがすべてを背負わなくても」


「……それ、ちゃんと覚えておきます」


 女神は手を差し出した。


「それでは、行ってらっしゃいませ。

 今度こそ――」


「“手放す勇気”と“誰かに任せる勇気”を、持ってくださいね」


 その言葉に、肩の力が少しだけ抜けた気がした。

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