女王蜂の建国記 ~追放された妖精、作業服を着て砂漠を緑地化する~

はとポッポ豆太

第一話_ビオラ、追放される

 人里離れた森の中、鬱蒼と茂っていた木々が突然ひらけると急に広く明るい花畑が広がる。


 花畑の中央には巨大な古木が鎮座し、その太い枝からはこれまた巨大な蜂の巣がぶら下がっていた。


 その巣の一室で豪華な天蓋のあるベッドに腰かけて、薄緑色の長い髪をした美しい女性が、ぐずる赤ん坊を愛し気な様子で抱いていた。女性の額には触覚があり、背中には虫を思わせる羽が生えている。


「この子はきっと、立派な子になる」


 女性はほとんど確信を持って言った。彼女たちは子供を産んで抱いた時、次代の女王を決めるために子供の特性を何となくだが感じることが出来るのだった。


「わたしたち妖精蜂の常識に囚われない。そんな子になるような気がするわ」


 彼女たち妖精蜂という種族は世代ごとに、女王となった母体の性格を少なからず受け継いだ子が生れて来る。胸に抱く産まれたばかりの子を中心に、この子から生れて来る子たちもまた一風変わった子供たちになるに違いない。


「この子が巣を継いでくれたとき、どんな巣になるのかしら? ふふっ」


 女王を継がせるということは、つまりは自分はそのとき生きてはいないだろう。そう思う女性は少し寂しそうに笑う。


「わたしの寿命もあと数年。あなたが何をしてくれるのか、最後まで見ることができないのが残念だけど…… でも、あなたを産むことができて嬉しいわ。 元気に、大きくなってね、ビオラ」


 女性は微笑んで、幸せそうに赤ん坊の頬っぺたをつついた。




 約一年後。


 巣の一室で一人の少女が蜂蜜をチューチュー吸いながら漫画片手にベッドの上でゴロゴロしていた。


 身長は十センチ程、肩まで伸びた金髪に赤い瞳、額には触覚があり背中には透明な羽が生えている。


「ビオラ、お母さんが呼んでるよ!」


 バァンと部屋の扉を開けて、身長が七センチ程の赤い髪の幼女が入ってきた。


「な~に~? リナムお姉ちゃ~ん」


 ビオラと呼ばれた少女はだらけたまま、ベッドから立ち上がる様子もなく返事をする。リナムと呼ばれた幼女は腰に手を当てて「だから、お母さんが呼んでるって!」と言ってベッドに近づく。


「ほら、起きて! 行くよ」


「え~」


 嫌そうなビオラを無理やり立たせたリナムは手をグイっと引っ張ってビオラを引きずるように部屋から出した。


 ビオラが連れていかれたのは女王の間である。「お母さん、連れてきました」とリナムが言い、ビオラを引きずりながら入ってくると、煌びやかな玉座に腰かけていた女王は美しい顔に青筋を立てながら立ち上がって口を開く。ビオラよりも頭一つ背が高く、だいたい十三センチ程。人間でいう大人の女性の雰囲気である。


「ビオラ、あなたを追放します」


「へぇ?」


 開口一番、母親からの突然の宣言に驚いたビオラは目を丸くして調子の外れた声を出す。


「あなた、成人したわよね?」


「え、あ、はい。 つい先日……」


 目を瞑り眉間を抑えた女王は深い溜息をつく。


「……あなたには期待していたのです。 産まれたあなたを抱いた瞬間、わたしは女王蜂としての本能で『この子だ』と感じたのです。 だからこそ、惜しみなくロイヤルゼリーを与え、次代の女王とすべく育ててきたのですよ。 それなのに何度注意してもゴロゴロゴロゴロと……」


 非常にマズい雰囲気を悟り、ビオラは冷や汗をダラダラ流しながらゴクリと唾を飲んだ。


「甘やかしすぎました。 本来なら女王として成長するまでは働き蜂たちと一緒になって仕事を学ぶべきものを、いつまで経っても食っちゃ寝食っちゃ寝と。 何度注意したところで生返事で動こうともしない…… 大人になっても心を入れ替えることもなく」


「い、いや~、えっと……」


 言い訳を探そうと言葉を濁しながら目が泳ぐビオラを女王は厳しい目で見据える。


「言っても聞かないのであれば、わたしも女王として巣の為に決断しなければなりません」


 そう言うと女王はほんの僅かの間、苦しそうな表情をしてから意を決して口を開く。


「わたしは心を鬼にします!」


 ―― しなくていいです!


 心の中でそう思ったビオラに女王は続ける。


「あなたを追放します! 涙を飲んで!」


 ―― 飲まないでっ、お母さん!


 心の中で叫んだビオラは「お、お母さん!」と慌てて反論し始める。


「わ、わたし以外にこの巣に女王候補いないじゃない! こ、この巣の維持のためにもわたしは必要でしょ? ね?」


 ビオラの反論を聞いて女王は玉座にゆっくりと戻って腰かけると、玉座の横にある小さなベッドに置かれた三つの卵をそれぞれ優しく撫でながら言う。


「先ほど、新しい卵を産みました。 この子たちの中から一人、才能のある子を次代の女王として育てようと思うわ」


 ―― あ、ヤバい。 これガチなやつだ……


「それにビオラ。 あなた、人一倍ロイヤルゼリー摂取したのに女王蜂とするには体格が小さすぎるではないですか。 あなたにこの巣を任せることはできません」


 最後通牒を突きつけられたビオラは真っ青になって一歩ふらりと後ずさる。


「さぁ、娘たちよ。 ビオラを捕らえなさい」


 女王がパンパンッと手を叩くと「「いえす、まむ!」」と働き蜂である七センチ程の身長の妖精蜂たちが一斉に応えてビオラに襲い掛かる。


「ちょ、ちょっと、お姉ちゃんたち!!」


 ビオラは慌てて飛び上がり、十数人の姉である働き蜂が捕らえようと襲い掛かるのを俊敏な身のこなしでスルスルとかわし続ける。


「おのれ! ちょこまかと!」


 女王は一向に捕まる様子のないことに苛立ち歯噛みして、拳をグッと握ると玉座から立ち上がる。


 ビオラが姉たちの間をスルッと出てきたところ、女王は一気に飛び上がり握った拳を猛スピードでビオラの腹に突き立てた。


「どっせいっ!!」

「がはぁ……っ!」


 腹パンをくらったビオラは白目をむいてパタリと倒れる。そこへ働き蜂である姉たちが殺到し、あっという間にビオラをグルグル巻きに縛ってしまう。


「お母さん! お願い、待って! 頑張るから! 心入れ替えて頑張るから! 何でもするからぁ!!」


「何でも頑張ってするって言うなら、新天地で頑張りなさい!」


「は、薄情っ!!」


「安心して、当面生きていけるように物資は沢山分けてあげるから。 頑張ってね、ビオラ」


「あ、安心できないっ!! 待って! せめて! せめて追放じゃなくて分蜂にして! お願い、お姉ちゃんたち。誰かついて来てぇーーー!!」


 しかし悲痛なビオラの叫びに姉たちが反応することはなかった。全員が静かにそっと目を逸らす。

 分蜂とは、一つの巣に複数の女王候補がいた場合に片方が自派の働き蜂を引き連れて新しい巣を作るために出ていくことである。しかし悲しいかな、今まで怠けていたビオラには一緒に出ていこうと思うほどに同情的な働き蜂がいなかったようだ。


「待って! ホントに待って!! ちょっと怠けてたかもしれないけど、可愛い娘だよ! 追い出さないでぇーー!!」


「怠けてたって認めたわね! まぁ、可愛い娘というのは否定しないわ。可愛い子には旅をさせるとか何とか、人間にはそんな格言的な言葉があるとかないとか。 愛してるわ、わたしの可愛いビオラ」


「詭弁っ!! 絶対ウソじゃん! ウソじゃーーーんっ!!」


「噓じゃないわ、本当よ。さぁそろそろ諦めなさい、ビオラ。 さぁ娘たちよ。ちゃっちゃと適当な場所にビオラを捨ててきて」


「「は~い!」」


「酷いっ! 言いかた酷い!! 本音が! 思いっきり本音が漏れてれるぅ!!」


 泣き叫ぶビオラは姉たちによって巣の外に用意されていた巨大な木箱に括りつけられる。その木箱に、タンポポの綿毛のようなものを大量に取り付けていく。


 これは妖精蜂が育てる魔法植物の一種で『風船タンポポ』の綿毛である。魔力が続く限り、ふわふわと浮力を得て浮かぶ植物である。


 巨大な箱がビオラとともに浮き上がると、働き蜂である姉たちが箱をグッと押し始める。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 ビオラの悲痛な叫び声を残し、あっという間に巣を飛び出した箱とビオラは空の彼方に消えていった。


 キランッと輝く空を見上げて女王はスッと一筋涙を流す。


「……恨んでくれていい。だから頑張ってビオラ。 恨みでも、怒りでも、何でもいいの。今あなたの心にある想い、それはあなたを突き動かす力よ。 その力で娘を追い出すことしか出来なかった情けない母を見返して頂戴…… お願い、立派になってビオラ」


 グッと胸元で強く握った女王の手に、涙がポトリと落ちた。

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