第2話【Case.2:汚染区域の歩き方】



GPS(首輪)をつけた愚かな夫を、管理者が冷徹に追いつめる「証拠固め」のフェーズです。


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# 任務記録:座標特定と焼夷弾 【Case.2:汚染区域の歩き方】


**担当官:** 管理者(妻)

**対象:** 敵性存在(夫)

**ミッション:** 敵拠点の特定および戦略物資(証拠)のパッケージング


## フェーズ1:【日常/出撃】——追跡ビーコンの起動


午前0700時。第〇〇区画(自宅)の玄関にて、ターゲット(夫)が出撃準備を整えている。

その左手首には、先日私が貸与した新型の拘束具——スマートウォッチが巻かれている。


「行ってくるよ。この時計、本当に便利だな。通知も見やすいし」

ターゲットは能天気に笑い、私の頬に接触(キス)を試みる。私は0.5秒で回避行動を取り、「口紅が落ちる」という定型文(マクロ)で拒絶した。


「いってらっしゃい。……健康管理、しっかりね」

「ああ! 今日の営業外回りも、これで歩数稼いでくるよ」


ドアが閉まる。

愚か者め。「営業」と称して向かう先が、得意先ではなく「汚染区域(ホテル街)」であることは、事前の行動パターン分析で判明している。

私は即座に指令室(リビング)へ戻り、監視モニター(タブレット)を起動した。


**『ターゲット、移動開始。GPS信号、良好』**

画面上の赤いドットが、地図上を滑り出し、私の掌の上で踊り始めた。


## フェーズ2:【追跡/解析】——バイタルサインの異常


1400時。

ターゲットの信号が、予定通りオフィス街から逸脱した。

向かった先は、国道沿いの商業エリア裏手。通称「休憩用宿泊施設群」。衛生観念の欠如した男女がドッキングを行うための隔離セクターだ。


1415時。

座標が固定される。施設名『ホテル・ファンタジア』。

同時に、モニターに警告が表示された。


**『WARNING: 心拍数上昇。110…120…130 BPM』**


「……運動負荷(エクササイズ)にしては不規則だな」

私は冷めたコーヒーを啜りながら、画面を冷ややかに見下ろす。

歩数は増えていない。だが、心拍数だけが急上昇している。これが何を意味するか、説明するまでもない。

ターゲットは今、勤務時間中に、会社の経費と私の信頼を燃料にして、不貞という名のダンスを踊っているのだ。


私は外部委託業者(探偵)へ通信を入れる。

「『メルカトル(探偵)』へ告ぐ。座標固定完了。突入は不要。出入口での映像データを確保せよ」

『了解(ラジャー)。バッチリ撮れますよ、奥さん』


## フェーズ3:【確保/装填】——弾頭の製造


数日後。

外部委託業者から納品されたデータ封筒が、ポストという名の受信トレイに投函されていた。


中身を確認する。

画質は鮮明だ。ターゲットと、見知らぬあばずれ(敵性ユニットB)が、腕を絡ませて『ホテル・ファンタジア』から出てくる瞬間。ターゲットの、家庭では見せないようなだらしない笑顔。

そして、その腕には**私が贈ったスマートウォッチ**が輝いている。


「完璧だ(パーフェクト)」


私は指令室のデスクに、Case.1で用意した資材を広げた。

* **ネイビーの包装紙**

* **シルバーのリボン**

* **頑丈な収納ボックス**


私は、探偵が撮影した写真、興信所の報告書、GPSのログを印刷した束、そして記入済みの**「離婚届(契約解除申請書)」**を、丁寧に箱の中へ収めた。


これが、彼への誕生日プレゼント。

名付けて、**『焼夷弾(インセンディアリー・ボム)』**。

蓋を開けた瞬間、彼の社会的地位、財産、世間体、そのすべてを焼き尽くすための戦略兵器だ。


## フェーズ4:【帰還/欺瞞】——嵐の前の静けさ


1900時。ターゲットが帰還(帰宅)する。


「ただいまー。いやあ、今日も疲れたよ」

ターゲットはネクタイを緩めながら、冷蔵庫(保冷庫)から麦茶を取り出す。


「お疲れ様。……随分と、心拍数が上がっていたようだけれど?」

私はキッチンから、背中越しに牽制射撃を行う。


ターゲットが一瞬、固まる。

「え? あ、ああ、ちょっと急ぎの移動があってさ。走ったんだよ、走った」

「そう。お仕事、熱心で何よりだわ」


私は振り返り、営業用スマイル(偽装迷彩)を展開する。

「誕生日パーティー、いよいよ明日ね。**最高のプレゼント**、用意してあるから」


「お、おう! 楽しみにしてるよ!」

ターゲットは安堵し、弛緩した表情に戻る。

自分が立っている場所が、すでに地雷原のど真ん中であることにも気づかずに。


## フェーズ5:【作戦終了報告】


明日は10月20日。作戦決行日(D-デイ)。

部屋の隅に置かれた、綺麗にラッピングされた「箱」が、時限爆弾のように静かな威圧感を放っている。


私は業務日誌に一行だけ追記し、システムをスリープモードへ移行させた。


**『敵性存在の完全鎮圧まで、あと24時間。』**


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**【次回予告:Case.3 爆破と焦土】**

いよいよ誕生日パーティーが開幕する。

ロウソクの火を吹き消すと同時に、管理者は「箱」を手渡す。

「開けてみて? あなたのこれまでの行いが、全部入っているから」

絶叫、阿鼻叫喚、そして沈黙。

家庭内ダンジョンの掃除が完了する瞬間、妻が夫にかける最後の言葉とは——。

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