魔王を倒して帰還した勇者、平和に退屈してVRMMOにハマる
六山葵
プロローグ
第1話
走る度に脈拍が速くなった。
地面を踏み締める足は痛み、息切れと共に疲労を感じる。
汗が吹き出し、口の中には血の味が広がる。
「すげぇ。これ……本当にリアルだ」
迫り来る脅威を背中で感じながら、結城イサム……プレイヤー名「ユーサ」は笑っていた。
これだ……これこそが俺が求めていた物だ。
走り続けても跡を追ってくる足音は消えない。
そればかりか、どんどん距離を縮めている。
逃げきれない。
戦うしかない。
振り向いて、ユーサは剣を抜いた。
暗闇の中に怪しく光る目玉が六つ。
三体のゴブリンが下卑た笑みを浮かべて飛びかかってきた。
♢
自分が何となく他の人とは違うような感覚をイサムは子供の頃からずっと持ち続けていた。
自分こそが世界の主人公であり、世界は自分を中心に回っている。
そんな厨二病全開の痛い妄想だ。
大抵の人はきっと、年齢を重ねるごとにそうではないのだと気付く。
しかし、イサムは高校生になるまで本気でそう信じ続けていた。
しかし、そんな彼でも「まさか自分が異世界に召喚されることになる」とは思ってもいなかっただろう。
高校一年の夏。
期末テストを終えて翌日から夏休みに差し掛かるという頃の話だ。
朝、目が覚めるとイサムは自室とは違う見たこともない場所にいた。
豪華絢爛という言葉がしっくりくるような玉座の間だ。
真ん中にどんと太々しく置いてある大きな玉座にふんぞり返って座った男、国王がイサムに告げた。
「お前は勇者だ。この世界は危機に瀕しているどうか魔王を倒してくれ」
使い古された異世界転生物の創作物のような展開をイサムは鼻で笑いたくなった。
だが、それは現実で、夢でも冗談でもなかった。
異世界に召喚された勇者イサム。
彼は国王から潤沢な準備金と強力な装備を渡されて魔王討伐の旅に出たのである。
魔王の住む魔王城を目指して旅をする間、仲間が増えた。
獣人の戦士、エルフの魔法使い、ドワーフの斧使い。
お決まりのハーレム展開ではなかったものの、旅はそれなりに楽しかった。
日本に住んでいた頃、暇さえあればVRMMOゲームをプレイしていたのも大きい。
剣と魔法が溢れるファンタジー世界だったが、ゲームのおかげで大きく混乱することなく慣れることができた。
そして、一年と七ヶ月という月日を経てイサムは仲間と共に魔王城に辿り着いた。
壮絶な戦いの末、魔王を倒し国王から報酬をもらって日本に帰還した頃には高校は春休みに入ろうとしていた。
話を整理すると日本でイサムは行方不明扱いだったらしい。
二年近くも消息を絶っていた高校生が突然ふらりと帰ってきた。
本来ならニュースになりそうな大事件だったが、そんな大事にはならなかった。
魔法でイサムがいなかった時間の辻褄を合わせる。
それが、国王が魔王討伐の褒賞としてイサムに与えた物の一つだったらしい。
そのおかげでイサムは高校一年生からやり直せることになり、本来なら生じるはずの様々な疑問、質問も回避した。
それでもいくつかの面倒臭い事務的な作業を終わらせた頃には春休みはもう中頃に差し掛かっていた。
「うわぁ、疲れた」
事実のベッドの上に寝転がり、天井を見つける。
色々なことが起こりすぎた。
それに対処するのに精一杯でようやく一息つけた心持ちだ。
魔王を倒して帰ってきた実感が湧かない。
以前ではこの平和な日常が普通だったはずなのに、どうにも落ち着かない。
気持ちを落ち着けようと息を吐く。
国王が与えた褒賞は言葉では説明しづらいほど都合がいい。
一緒に住む両親でさえ約二年間息子がいなかったことをあまり重く受け止めていない。
それが魔法のせいだとわかっていても、親にまで嘘をついているような気分になって釈然としない。
しかし、魔法が解ければ色々と大事になり説明しないといけないことも増える。
その煩わしさに比べれば我慢するしかない。
「クソ……暇だ」
天井を見ながら言葉が漏れる。
異世界にいた頃はこんなにゆっくり出来る時間はなかった。
そのせいで、考えても仕方のないことまで考えてしまう。
暇を潰せる何かを探してイサムの視線は自然と本棚の方に向いた。
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