第5話 土人形

昼下がりの購買部は、人は疎らだったが、飲み物や間食を買い求める学生で賑わっていた。

「ありがとうございましたー」

女性スタッフの元気な接客の声が響き、平和な日常を感じさせる。

「店長!私そろそろ休憩入りまーす!」

「悪いな、昼食ズレ込んじゃって」

「大丈夫です!」

そんなやり取りの中、カウンターの前に客がまた一人現れた。

「いらっしゃいませー」

「白札全部ください」

「……え?」

白衣を着て、他の生徒より一段背の低い女の子がそこにいた。

リアナだった。

「えっと、白札ですよね……何枚ですか?」

「全部です」

周りにいる学生たちがざわつき出す。

白札とは、普通の魔法札カードと違い、術式が何も書いてない状態の魔法札カードで、アカデミーで主に研究・実験に使用される。

1枚100ルクスと高額なこともあり、一般的な学生なら、半年に1~2枚程度の購買率である。

「お金ならあります」

そう言ってリアナは、ポケットから100万ルクスの札束を取り出し、カウンターへ置いた。

「ひいっ!?」

アルバイトの女性は、見たことのない額の札束を目の前に出されて、思わず声を上げてしまった。

「足りなければ言ってください」

横で見ていた店長が慌てて応対した。

「しょ、少々お待ちを!」

店長は大急ぎでバックヤードへ走っていき、戸棚から未開封の箱を持って戻ってきた。

「1000枚入りの白札セットです。今出せるのはこれくらいで……」

「1つだけですか?」

「私どもも、在庫を切らすわけにはいかないものでして……すみません」

「わかりました。それでいいです。お金はそれで足りますか?」

「十分でございます。ちょっと失礼しますよ」

店長はカウンター上の札束から1万ルクス札を10枚抜き取り、残りをリアナに返した。

「お代はこれで結構でございます。どうもありがとうございました」

リアナは返してもらった札束をごそごそとポケットへ突っ込んだ。

「1週間後にまた来ます」

ぺこりと頭を下げて、リアナは店から去っていった。

店長をはじめ、他の生徒たちも茫然としていた。

「店長、さっきの子はいったい……」

「あの子、たまに来てはああやって白札を買っていくんだ。お得意様だから粗相のないようにね。あと、あの子用の白札セットは絶対に切らさないように」

女性スタッフは熱心にメモを取っていたが、ふと店長に聞き返した。

「でも店長。あれ、最後の1箱ですよね?今から注文しても、ひと月はかかるんじゃ……」

店長は突然目の色を変えて叫んだ。

「今すぐ特急で取り寄せて!早く!」

「は、はいっ!」

店長たちの様子を見ていた周囲の学生たちは、事情を察したようにクスクスと笑い、穏やかな昼下がりの午後は過ぎていったのだった。


アレンたちは羅針盤の光点を追って、居住区へやってきた。

陽は沈みかけており、家々の影は長く伸びている。

その区画の端に朽ち果てた空き家があった。

「なあ、ホントにここか?」

「反応は間違いなくここだよ」

羅針盤を見つめながら、アレンは答えた。

人の出入りがなくなってから数年は経つ様子に、二人は困惑する。

「おじゃましまーす……」

力を入れたら壊れそうな扉を軋ませながら、中へ入った。

「何にもねえな」

空き家の中はテーブルや椅子、棚すらなかった。

「反応はここ……いやこの地下かな」

「地下への階段とかはなさそうだが……」

床を蹴ったり、壁を叩いたりしたが何もない。

「行き詰っちまったな」

「うーん……」

しばらく沈黙が続いたが、ふとアレンが声を上げた。

「そうだ!リオ、お前魔導ゴーグル買ってただろ!」

「あ!」

リオが頭のゴーグルに手をかけて笑った。

「いや~、完全に忘れてたぜ」

そう言ってリオはゴーグルを装備して辺りを見回した。

「さ~て、どこだどこだ?……あった!そこの壁の床だ!」

アレンは指摘された床を触ってみた。

特に怪しいところはない。

「ここで合ってるのか?」

「おうよ!なんかモヤモヤしたのが見えるぜ」

「てことは、魔法で封印でもされてるのかもな」

「魔法か……リアナからもらったやつに使えそうなのはないのか?」

アレンはポーチから魔法札カードを取り出して見定めた。

「ここで使えそうなのはこれかな」

封印解除ブレイク・シール魔力遮断アンチ・マジックだ。

「魔法の名前はわかるけど、詳しい効果はわからないな」

封印解除ブレイク・シールなんてよさそうじゃないか?たぶん効果もそのまんまだろ?」

「だな。ま、ダメなら二つとも使うけど」

アレンは立ち上がり、魔法札カードを構えた。

封印解除ブレイク・シール!」

指先から光の矢が飛び、床に刺さる。

すると、破裂音と共に地下への階段が現れた。

「よっしゃあ!」

「意外と派手に音鳴ったけど、敵とかに気づかれてねえだろうな……」

「変なフラグ立てるなよ!」

二人は暗い地下への階段を慎重に下りていった。


隠し階段の先は、完全な闇だった。

地上から差し込んでいた光は、最後の一段を降りた瞬間に途切れる。

手を伸ばしても、自分の指すら見えない。

「真っ暗だな」

リオが小さく息を吐く。

アレンはポーチから魔法札カードを一枚取り出した。

照明魔法、浮遊灯フローティング・ライトだ。

発動と同時に、丸い光球が宙に浮かび上がった。

白い光が、ゆっくりと周囲を照らし出す。

現れたのは、天井の低い地下通路だった。

石壁は黒ずみ、所々に魔導灯の残骸が埋め込まれている。

床には、長い年月で積もった埃。

「なんかの地下施設か?使われなくなって相当経ってるな」

浮遊灯フローティング・ライトは二人の頭上を保つように、静かに追従する。

足音がやけに大きく反響する中、通路は小さな広間へと開けた。

崩れた木箱、朽ちた作業台。

壁際に並ぶ用途不明の金属枠。

どれも長く放置された痕跡がありありと残っている。

木箱の傍で、なにかが光を反射した。

「……あれだ」

アレンがしゃがみ込み、拾い上げる。

魔法札カードに似ているが、質が微妙に違う。

表面には魔法名が浮かんでいる。

形式も似ているが――

「……これ、本物か?」

「さあな」

アレンは魔法札カードの表面を指でなぞった。

「でもこれ……教会の紋章がない」

「紋章?」

「ほら、魔術教会製の魔法札カードなら、必ずこの辺に刻印が入るだろ」

「てことは……」

「たぶん、偽造魔法札カードだな。探索の羅針盤コンパス・シーカーの反応もたぶんこれだ」

アレンは札をポーチにしまい、周囲を見回す。

「……奥、まだ続いてるな」

二人は先に進む。

石造りの通路は古く、所々に補修の跡があるが、人の気配はない。

足音だけがやけに大きく響いた。

やがて、通路は不自然に狭まり――

「行き止まりか」

土砂で塞がれた壁。

崩落というより、意図的に封じた跡だった。

リオが腕を組む。

「ここで終わりって感じじゃないな。撤去途中で放棄したか……」

アレンは探索の羅針盤コンパス・シーカーを見る。

反応は弱いが、この先を示している。

「この先にも何かありそうだけど、俺たちじゃどうにもできないな」

「しゃあねえ。戻るか」

二人は来た道を引き返した。

通路を抜け、最初に降り立った広間へ――

「ちょっと待て、リオ」

「ん?」

「あれ……」

アレンは広間の入り口付近を指差した。

その先には一つの人影があった。

身長は160cm程度、黒頭巾に黒装束、妙に猫背で――

「って、あいつ昨日リアナの研究室に殴りこんできたやつじゃねえか!?」

リオは昨晩の戦いで、一撃で倒された記憶を思い出し、真っ青になった。

「リアナに街の外までぶっ飛ばされたのに、なんでここにいやがる!」

「俺に聞かれてもわかんねえよ!」

しかし、様子が変だった。

黒装束は入口付近の壁に立っていて、微動だにしない。

「妙だな」

「何がだ?」

「ここの光源は俺たちの浮遊灯フローティング・ライトだけだ。なのにあいつ、俺たちの方を見向きもしないぞ」

「そういえば、そうだな……」

しばらく沈黙が続いた。

「あれはゴーレムですね」

「おわ!?」

AIリアナが勝手に出現して話し始めた。

「見たところ、土で作られたクレイ・ゴーレムのようです。おそらく、昨日襲ってきたものと同型です」

「お前、何勝手に出てきてんだ!バグだろバグ!」

「うるさいですね。あなたたちがピンチっぽいから、助けに来てあげたんですよ」

AIリアナはそう言って、ゴーレムに関しての解説を始めた。

「クレイ・ゴーレム。属性は土。表面は乾いた土で出来ていて、高い攻撃力と防御力を持ってます。しかし、内部は空洞で重量も軽く、スピードもあります」

二人はポカーンとして聞いている。

「……どうりで軽すぎると思ってたんですよね……」

AIリアナは小声で呟いた。

アレンがようやく口を開いた。

「あいつ、なんでこっちを見ないんだ?」

「あのゴーレムに視覚はほぼなくて、地面振動で攻撃対象を認識するタイプでしょうね。ちなみに、私たちのことには気づいてますけど、テリトリーに入ってないから動かないんです」

「テリトリーの範囲は?」

「一般的には、半径30mってところですかね」

アレンは、黒装束と入口の階段を見比べてみる。

「ここを出るには、あいつをなんとかする必要があるな……」

「なら、迷う必要はねえな」

リオは一歩前に踏み出した。

「昨日は不覚を取ったが――」

ハルバードを構えて鼓舞した。

「今日はフル装備だ!リベンジしてやるぜ!」

リオはじりじりとゴーレムに近寄った。

すると、ゴーレムはピクリとリオの方へ向き、一気に飛び込んできた。

「はやっ!?」

アレンが叫ぶより早く、ゴーレムはリオとの距離を縮めた。

そして、ゴーレムの拳が振り抜かれ、空気が爆ぜる。

リオは咄嗟にハルバードを横に構え、攻撃を受け止めた。

「見たか!昨日とは違うんだよ!」

「リオさん、油断しちゃダメです」

「ん?」

上段の拳を止められたゴーレムはすかさずリオの腹に蹴りを入れた。

「ぐおっ!?」

リオは後方に吹っ飛んだ。

そして、ゴーレムはアレンへと向き直る。

アレンは母の形見のマジックダガーを握り締めた。

「……効くかは知らないけどな!」

踏み込み、斬る。

刃は確かに当たった。

だが――

「かてえ……!」

刃が滑り、火花が散るだけ。

装束の下の外殻は、並みではなかった。

ゴーレムは低い姿勢で距離を詰め、アレンの腹部に肘鉄を見舞った。

アレンは床を転がり、咳き込んだ。

「がはっ……」

ゴーレムはゆっくり近づく。

そこへリオが背後からハルバードを振り下ろした。

首筋にヒットしたが、刃は通っていない。

ゴーレムはハルバードの柄を掴んでリオごとアレンに向けて投げ飛ばした。

二人は衝突し合い、床へ転がった。

「くそっ……硬くて速い上に攻撃力も高いとか、こいつ無敵か!?」

「無敵じゃありません」

探索の羅針盤コンパス・シーカーが宙に浮き、AIリアナが端末を操作しながら口を開く。

「お兄ちゃんたちの攻撃では、クレイ・ゴーレムの防御を崩すのは現状不可能に近いですね」

「じゃあどうすんだよ!?」

AIリアナは二人を見下ろして人差し指を左右に揺らした。

「物理がダメなら、魔法で攻撃すればいいのです」

アレンとリオは顔を見合わせた。

「そうか、魔法か……」

「クレイ・ゴーレムの弱点は水です。水属性の魔法、何かないですか?」

二人は自分のポーチの中をごそごそと探り出した。

「あ、水生成クリエイト・ウォーターならあるぞ」

「俺も俺も!」

二人はポーチから水生成クリエイト・ウォーター魔法札カードを取り出してAIリアナに見せた。

「それじゃ弱すぎます。もっとまともなのはないのですか?」

「うーん……」

二人はポーチ内をもう一度探ったが、結果は同じだった。

「ないな。リアナからもらったやつにもないわ」

アレンはリオの方を見たが、リオも肩をすくめている。

「俺たち、攻撃魔法なんか持ち歩いてないからなあ。ほら、村だと使う事ないし」

「だよな」

二人のやり取りを見て、AIリアナはため息を吐いた。

「……仕方ありません。私が創ります」

「え?創るって?」

魔法札カードは、既にある術式に新たに術式を追記することで、別の魔法へ変化させることが出来ます。これを”魔導合成”といいます」

AIリアナは端末を操作し、アレンの前に台座のホログラムを出現させた。

「そこに魔法札カードを置いてください」

「え、置くって……水生成クリエイト・ウォーターを?」

「それはダメです。魔術教会製の魔法札カードは、改造禁止ですから」

「あ、そうか」

再びポーチに手を入れた。

「魔術教会製以外――リアナの魔法札カードならいいのか?」

「はい。その中ならどれでもいいですよ」

アレンはポーチから10枚ほど取り出した。

「リアナから貰ったやつはたぶんこれだけだ。どれがいいかわからんから、お前が適当なのを選んでくれよ」

AIリアナは魔法札カードをじっと見つめた。

やがて、1枚の魔法札カードを指差した。

「この中だと、これがいいですね」

アレンは選ばれた魔法札カードを台座に置いた。

AIリアナが端末を操作すると、魔法札カードが光り出し、術式記述スペースに文字が浮かぶ上がる。

すると、術式の後ろに新たに2行ほど術式が追記された。

同時に、魔法名も書き換わったのがわかった。

「どうぞ」

アレンは出来上がった魔法札カードを手に取った。

なんとなく今までの魔法札カードとは違うパワーを感じる。

「リオ!なんとかあいつの動きを止められないか?」

「俺がやんのか!?」

「転ばせるだけでいいですよ。がんばってください」

「簡単に言うよな、全く!」

リオが再びハルバードを構えてゴーレムに近寄った。

ゴーレムはまたピクリと反応し、リオへ突進してきた。

リオはハルバードを横に薙ぎ払った。

――が、ゴーレムは刃の側面を蹴って空中へ飛び、そのままリオにかかと落としを仕掛けた。

「お前、水が苦手なんだってな?なら、こういうのはどうだ!」

リオは咄嗟に横に逃げて攻撃をかわし、ゴーレムに掌を向けた。

「全部持ってけ!水生成クリエイト・ウォーター!」

普通ならコップ1杯分くらいの水しか出ない水生成クリエイト・ウォーターだが、断続的に発動することで、やかん1つ分くらいの水を生み出し、ゴーレムにかけた。

突然水をかけられ、驚いたゴーレムは、足元に出来た水たまりに足を滑らせた。

それを見て、リオは逃げながら叫ぶ。

「今だ、やっちまえ!」

アレンは左手に魔法札カードを持ち、右手をゴーレムの方へ向けた。

「リオ、うまく逃げろよ!激流砲アクア・パニッシャー・カノン!!」

瞬間、魔法札カードが光り、圧縮された水流が、砲撃のように放たれた。

「うお、重てえ!」

アレンは右手を左手で支えながら足を踏ん張った。

それは螺旋状に回転しながら突き進み、直撃したゴーレムの身体が削り取られる。

装束が裂け、外殻が砕け、内部構造が露出する。

半身が消し飛び、胸部の魔法札カードがひび割れ――やがて乾いた音と共に、光が消えた。

ゴーレムの残骸はそのまま崩れ落ち、砂と石の中間の塊に戻っていく。

傍には腰を抜かしたリオがへたり込んでいた。

「勝った……のか?」

「他に反応はありません。我々の勝利です」

地下に、静寂が戻る。

リオが恐る恐る近づき、残骸をつつく。

反応はない。

ただ、砂と砕けた石が転がってるだけだった。

「はあぁぁぁ……」

リオが壁にもたれ、ずるりと座り込む。

「死ぬかと思った……」

「俺も」

アレンは額の汗をぬぐい、左手を見下ろした。

さっきまで持っていた激流砲アクア・パニッシャー・カノンは、影も形もなく消滅していた。

「あれ、消えた?」

「過剰出力による自壊です。本来ならもっと抑えて発動するものですけどね」

「そんなやり方、知ってるわけないだろ……」

アレンがよろよろと立ち上がりながら言う。

リオはハルバードにもたれかかり、アレンに提案した。

「なあ……今日はもう帰らねえか?」

「だな」

アレンも即答だった。

「正直、もう動けん」

「賢明な判断です」

AIリアナが頷く。

「それでは、私は眠いので先に失礼します」

「AIでも寝るのか?」

「当然です。お疲れさまでした」

そう言って、AIリアナは自分で”閉じる”ボタンを押して消えた。

ぷつりと光が消えた。

浮遊灯フローティング・ライトだけが残り、地下は再び静かになる。

階段を上り、朽ちた家屋を出た。


外はすっかり夜も更け、家々の灯りはまばらになっていた。

アレンとリオは並んで歩いていた。

言葉は少ない。

「……思ったより何もなかったな」

先に口を開いたのはリオだった。

「いや」

アレンは首を横に振る。

「ゴーレムが残ってたってことは、”何かを守る必要があった”ってことだろ?」

アレンはポーチの中の偽造魔法札カードを指でなぞった。

「ま、そりゃ確かに」

リオは肩に担いだハルバードを少し持ち直す。

二人は自然と同じ方向を見た。

居住区の奥、あの空き家は、夜の闇に溶けて見えなくなっている。

二人はアカデミーの方へ向かって歩き出した。

それぞれが、まだ言葉にしていない予感を胸に抱えながら――。

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