第2話 学術都市アルべリウス

魔法陣から降り立った二人の視界には、規則正しく並ぶ石畳の通りが広がっていた。

左右には露店や商店が軒を連ね、色とりどりの旗や看板が風に揺れている。

街路灯には小さな光の魔法札カードが仕込まれているのか、昼間でも淡く輝き、歩行者の足元を照らしていた。


リオは目を丸くして周囲を見渡す。

「は~、いつ見てもすごいな。俺たちの村とは空気が違う。なんかこう…学術都市!って感じがするぜ」

「何、IQ低いこと言ってんだよ」

アレンは荷物を整えながら呟く。

「ま、王立アカデミーの学生とか研究者が多いからな。変わった奴らも多いだろうな」


通りの向こうでは、白衣姿の学者連中が小さな装置を調整している。

水晶の球体が宙に浮き、微かに回転している様子を、リオは興味深そうに眺める。

「何をやってるか、サッパリわからんが…」

くるりと顔をアレンの方を向き直して肩をすくめる。

「こんなの、村じゃ絶対見られないな」


露店では日用品から珍しい魔法素材まで、さまざまな商品が並んでいる。

空の魔法札カードの束を売る店もあり、どこで仕入れてきたのかわからない露店商人はすべからく胡散臭く見えた。


街路の片隅では、子供たちが魔法札カードで簡単な光や風の実験をして遊んでいる。

「村と比べると、なんだか未来都市に来たみたいだ」


アレンとリオは荷物を抱えて、まず街の中央にある農業組合の建物に向かった。

建物の前には収穫物を積んだ馬車が並び、組合員たちが忙しそうに行き来している。


アレンは受付に歩み寄り、軽く会釈する。

「お久しぶりです。ミルドンさん」


窓口の職員はにっこり笑って応える。

「アレン、今日も大きな荷物だね。手伝おうか?」

「ありがとうございます。リオはそっちを頼む」

「お、おう」


リオは少し戸惑った様子で辺りを見渡す。

「ここ、すげえ人混みだな…なんでこんなに混んでるんだ?」

アレンが荷物をまとめながら説明する。

「ここは街道の中継地だからな。王都や港町へ向かう商人がこの街で1泊する際、荷物を預けたり売り買いしたりするんだ。大丈夫、俺たちの荷物の売買ルートは決まってるし、すぐに終わるさ」


リオは少し安心しつつも、初めての光景に目を輝かせる。

「なるほどな…俺、護衛としてしかこの街に来たことなかったから全然知らなかったぜ」


アレンは慣れた手つきで書類に目を通し、代金を受け取った。

「ありがとうございました」

「ベルノア村の野菜は評判いいからね。また持ってきてくれよ」

二人は軽く頭を下げ、手を振って組合を後にした。


アレンとリオは、街の雑踏を縫うように歩きながら、魔術協会の建物を目指していた。

魔術協会は名称に「教会」と入っているが、別に宗教施設というわけではなく、魔法札カードシステムを管理する官営の組織だ。元々は属性の管理者の下部組織だったとか、神や天使を崇拝する組織だったとか言われるが、定かではない。

魔法札カードは全てここで作られ、使用後は回収、魔力を再チャージしてまた売りに出されるらしい。生産・流通・管理、全てを担っている為、これはつまり、この国の生活インフラの9割を教会が支配していると言っても過言ではなかった。

もちろん、魔法札カードを無許可で捨てたり、改造したりするのは法律違反となる。


石造りの荘厳な建物が視界に入ると、リオの目が思わず輝く。

「やっぱすげえな。門のとこからも見えてたけど、近くに立つとでかさが半端ねえ」

「そりゃ魔術協会の総本山だからな。あと、あんまキョロキョロするなよ。田舎者丸出しだぞ」

「へいへい…」

「さてと、魔法札カードの直売所は塔の2階だ。行こうぜ」

アレンは教会内に入っていき、リオも続いた。


教会の門をくぐると、静かな空間に魔素の微かな振動が漂っているように感じた。

建物自体は石造りで古めかしいが、内部は清潔に保たれ、所々に魔素で動く装置や魔法陣が配置されている。

「お、これで2階に行けるんだな?」

二人は移動魔法陣に乗り、端末を操作する。

すると光の魔法陣が二人を包み込み、ふわりと宙へ浮かび上がった。

数秒後、魔法陣は2階の直売所へ二人を送り届ける。


棚にずらりと並ぶ魔法札カードが目に入る。

色とりどりの札が光を帯び、微かに振動している。

ショーケースに飾られた魔法札カードを眺めてリオが呟く。

「なになに…当店売上№1、千里眼クレアボヤンス?こんなもんが売れてんのか?」


アレンはポケットからメモを取り出し、カウンターの店員に差し出した。

「メモにあるものをください。返却分はこちらに」

店員はメモを確認すると、奥の棚から必要な分の魔法札カードを手に取り、数量を確認し始めた。もう一人の店員は返却分の空の魔法札カードの数を数えている。

「購入分と返却分、全て同じ魔法札カード同士でしたので、20%割引いたします」

といって店員が代金が提示してくる。

「へ~。本当に安くなってら」

村の特産物を売った金額と魔法札カードを買った金額に結構な差額が生まれていた。

「余った金はどうすんだ?」

リオが素朴な疑問をぶつける。

「半分は村長に返す。もう半分は俺たちの取り分としていただくさ」

「ちゃっかりしてんな」


会計を済ませたところで、リオが壁に掛けられたタペストリーに目を留めた。

「なあアレン。あれなんだ?」

リオが指さすと、アレンは少しだけ声を潜めて答えた。

魔法札カードシステムの属性管理者たちだよ。火・水・風・土・光・闇…それぞれの属性で魔素マナの流れを監視してて、魔法札カードの生成にも関わってる」

「てことは超偉い人ってことか?」

「全員人間じゃないから偉い”人”とは言えないけど……ってこれ学校で習ったろ?今時子供でも知ってるぞ?」

アレンが指を突きつけつつ咎めた。

「自慢じゃねえが、俺は座学を全て赤点のまま卒業した男だ!」

「威張るな!…っていうか赤点のままじゃ卒業できねえだろ!」

「いや担当の先生がよ、卒業証書やるから出ていってくれって」

「……もういい」

アレンは呆れて討論を放棄した。

タペストリーに描かれた管理者たちはみな威厳に満ちた顔つきをしていた。火水風土のいわゆる四元素、その上に上位の管理者として光と闇が配置されている。

管理者たちの役目は魔素マナの流れを監視し、各属性ごとの魔法発動に際し魔力が暴走しないように管理することだ。

つまり、本来魔法を使えない一般市民が魔法札カードを安全に使用できるのは彼らのおかげというわけだ。

「教会にとっては神に等しいってことなんだろうな」

アレンはタペストリーを見ながら呟いた。


タペストリーの中心には剣を掲げた人物が描かれていた。

これが昔、魔王を倒したとされる勇者だ。

「これなら俺も知ってるぜ。魔王と勇者の伝説の戦いだけは寝ずに聞いてたもんだ」

リオがタペストリーを見上げながら息巻いた。

「でもよ、そんな有名人なのに顔も名前も伝わってないのってなんでだろうな」

「さあ?500年も昔の話だし、しょうがないんじゃない?」


勇者の正体については昔から考察の対象になっていた。

ギルドに属さない一匹狼の剣士だの、神の啓示を受けた騎士だの、眉唾物の説が乱立したものだった。

しかし、それも次第に下火になっていき、結局光る聖剣を持つ金髪長身のイケメン戦士に落ち着いたのだった。

子供の頃、アレンはこのイメージになんとなく嫌悪感を覚えたものだった。


「さてと、これからどうする?」

教会を後にし、リオが訊ねる。

「せっかく街まで来たんだ。ちょっと散策してから帰ろうぜ」


二人が街を散策していると、前の方から怒号が聞こえてくる。

「どけ!」

前から走ってきた男に突き飛ばされ、アレンは尻もちをついてしまう。

そのすぐ後に衛兵が駆け付け、さっきの男を追いかけていった。

「いって…」

「大丈夫か、アレン!…ったく、なんなんだよ…」


と次の瞬間――ドォン!と轟音が辺りに響き渡った。火花が散り、石畳の隙間から煙が立ち上る。アレンとリオはとっさに耳を押さえ、目の前を見ると、先ほどぶつかってきた男が火に包まれ、そのまま倒れていた。追いかけていた衛兵も街路樹に叩きつけられ、ピクリとも動かなかった。


通行人たちは悲鳴を上げて逃げ惑い、破砕した木箱や樽の残骸が転がる中、アレンはふと足元に目を向けた。

そこには、さっきの男が持っていたであろう、封筒に入った魔法札カードの束が残されていた。


アレンはリオを呼び止め、路地の裏に連れていく。

「ちょっとこれ見ろ…」

ポケットから破損した魔法札カードの束を見せると、リオは目を丸くした。


「なんだこれ?魔法札カード?」

「たぶん…さっきの、あの男が持ってたやつだ」

アレンが小声で話す。するとリオが声を張り上げて応える。

「拾ってきちまったのか!?やべえだろ!?」

「しーっ!しょうがないだろ、咄嗟に手に取っちまったんだから!」

アレンは路地から顔だけ出し、通りの様子を窺う。

「くそ、こんなの持ってるとこ衛兵に見られたら面倒だぞ…」

リオは頭を掻きむしりながら吐き捨てた。


アレンはしばらく考え込み、重い口を開いた。

「リアナに相談しようと思う」

「え、リアナに…?」

「あいつなら魔法札カードについて詳しいし、なんとかしてくれそうな気がするんだ」


リオはそれを聞いてため息をつく。

「確かに魔法札カードに関しちゃエキスパートではあるけどよ、あいつが関わると碌なことにならないような気がするんだよな…」


アレンは肩をすくめて苦笑した。

「それはまぁ、確かに。でも他に方法があるか?」

リオは眉をひそめ、しばらく沈黙する。

「……いや、ねえな。こうなりゃ腹括るしかねえか…」

「ごめんな、リオ。巻き込んでしまって」

「気にすんなって。そんじゃ行ってみるか、アカデミーに!」


二人はにわかに笑みを浮かべ、街路の人波に紛れながら歩き出した。


街路を抜けると、視界の先に巨大な構造物が現れた。

見慣れた光景の筈なのに、何度来てもその威容には息を吞む。

隣を見ると、初めて訪れたリオが完全に固まっていた。


アカデミーの正門は、まず門という言葉では収まらない。

三階建ての建物ほどの高さがあり、中央に開いたアーチには白銀色の魔力導線が脈動している。

夕暮れの光を反射して、一瞬だけ生き物のように門全体が脈打ったように見えた。


「……これ、全部石造りなんだよな?」

リオがかすれた声で言う。

「まあな。強化術式も組んであるけど、基本は石だよ」

アレンは肩をすくめた。初めて来たときは同じ反応をした覚えがある。


門を抜けると、一直線に伸びる広い参道が本棟へと続く。

突き当りの事務棟兼メインホールは、白い石壁に大きなガラス窓がはめ込まれ、内部の魔力灯が柔らかい橙色を外へと漏らしていた。

建物の表面をよく見ると、細かい術式や紋章が隠し絵のように彫り込まれている。


リオは首を回して見渡した。

「なんか……学校じゃないみたいだな。王城より立派なんじゃないか?」

「王城は王城で別の意味ですごいけどな」

アレンはやれやれといった感じでリオに向き直る。

「こっちはまさに魔術師の総本山って感じだろ」


メインホールの左右からは、五芒星を描くように五つの塔へ続く通路が伸びている。

塔はそれぞれ、上空から見ると大きな魔法陣の点を構成しているという。


右手前は学習棟、左手前に実験棟。

一番奥が研究棟で、今日アレンたちが向かう場所だ。

残り二つは男子寮・女子寮で、渡り廊下を通じて研究棟を挟む形で存在していた。

寮は安全を重視した設計で、塔というより砦のような厳重な構造をしている。


「あの二つの塔だけかなり手を入れてんな」

「魔力事故があっても吹っ飛びにくいようにだってさ。エリート出身が多いみたいだからな」

「なるほどね」


アレンは軽く笑った。

初めて来た時も同じことを考え、同じ説明を受けたことを思い出す。


メインホールの近くに差しかかると、自動扉が音のなく開き、石床に夕日と魔力灯が重なる黄金色の光が差し込んだ。


「よし、まず受付で客員用の魔法札カードをもらうぞ。研究棟はその後だ」

「了解……って、まだ入り口なんだよな。外観だけで体力使い切りそうだわ」


アレンは笑いながら歩き出す。

リオはその背中を追いながら、何度も振り返って塔の並びを眺めた。


こうして二人は、五芒星の中心へと足を踏み入れた。


アカデミーのロビーは天井が高く、足音がよく響く。

正面のカウンターの奥で、受付スタッフが手を止めて顔を上げた。


「いらっしゃいませ。本日はどなたへのご面会でしょうか?」

「えっと、ベルノア村から来た、アレン・フェルクスと申します。リアナ・フェルクスさんをお願いします」

「リアナさんですね。彼女なら、まだ研究室にいらっしゃいますね。客員用の魔法札カードは2枚でよろしいですか?」

「お願いします」


受付のお姉さんはカウンター横の箱から掌サイズの魔法札カードを2つ取り出し、カウンターに置いた。

「こちらはアカデミー内のポーターを使用する際の認証に必要となります。校内で紛失されますと、ポーターを使用できず、中で永遠に閉じ込められてしまいますので、絶対に失くさないでくださいね」

ニコニコしながらさらっと恐ろしいことを言うお姉さんに、アレンたちは少したじろぎながら魔法札カードを受け取った。


「リアナさんの研究室は研究棟5階、530号室です」

「ありがとうございます」


2人は軽く頭を下げ、受付カウンターの横にあるポーターへ向かって歩き出す。

透明な柱のようなそれは、内部に淡い光が流れ、表面に刻まれた魔導術式がゆっくりと回転している。


夕刻のアカデミーは、学生たちのざわめきと魔光灯の明滅が入り混じり、どこか浮き立つ空気に包まれていた。

周りにいる学生たちは談笑しながら、あるいは本を片手に、次々とポーターに吸い込まれていく。

皆、自分たちの世界に没頭していて、その誰一人としてアレンたちに関心を示すことはなかった。


「なあ、ほんとに全部、この柱で移動するのか?建物同士、通路とかないのか?」

「うん。この事務棟と他の棟は完全に独立してるんだ。どこへ行くにもポーター経由なんだって」


「ふーん……ま、こんなでかい建造物を自力で歩き回れってのもきついし、この方が楽でいいのかもな」


アレンは小さく笑いながら、ポーターの前に立ち、端末を操作して最後に客員札カードをかざした。

すると体が光に包まれ、瞬時にアレンの姿が消え去った。


それを見てリオはゴクリと唾を飲み込み、ポーターに併設してある端末を訝しみながら見下ろした。


「本当に大丈夫なんだろうなコレ……」

そう言いつつアレンと同じように操作すると、やはり同じようにポーターに吸い込まれていった。

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2025年12月14日 21:00 毎週 日曜日 21:00

星の魔法使い ~闇の魔王と光の閃刃~ @AKNTS

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