星の魔法使い ~闇の魔王と光の閃刃~

@AKNTS

第1話 魔王と勇者

かつて、この世界には魔王がいた。


魔王は闇の魔力を使い、世界に恐怖をもたらしたという。

魔素マナのバランスは崩れ、魔物は凶暴化し、人々の暮らしは一変した。


そんな中、民衆の期待を一身に背負い、光の勇者が立ち上がった。


勇者は魔王と対峙し、一進一退の攻防が続いた。

そしてついに、勇者の放った刃が魔王の急所を貫いた。

しかし、魔王の攻撃も勇者に命中していた。相打ちだったのだ。


結果、魔王は倒れ、世界に平和が訪れた。


これが、実際に起こった光魔戦記の顛末である。

それから500年――。


世界に平和が戻った山奥の村に、ひとりの青年が暮らしていた。

青年は畑に出て、黙々と農作業に取り組んでいた。汗が額を伝い、日の光が肩に重くのしかかる。やっとひと息つき、木陰に腰を下ろす。


「ふう…午前中はこんなもんかな」


そこへ男の声が遠くから響いた。

「おーい、アレン! 飯にしようぜ!」


アレンは顔を上げ、手を振って応える。

「リオ、こっちもちょうどひと息ついてたところだよ」


リオと呼ばれた大男はアレンににこやかに走り寄り、木陰に座り込んだ。

リオは弁当箱を取り出し、ポーチから魔法札カードをまさぐる。

「えーっと、火の魔法札カードは…お、これだ」


弁当箱の蓋を開け、中のサンドイッチが露わになる。リオが手をかざすと左手に持った魔法札カードが淡く光る。香ばしい匂いが漂い、サンドイッチからふわりと湯気が立ち上った。


「おし、できたぜアレン。食おうぜ!」


二人はサンドイッチにかぶりつく。

「あっつ!おい、リオ!火加減間違えてるぞ!」

「あ、わりいわりい!お前猫舌だったっけ」

そう言うとリオはポーチからもう1枚の魔法札カードを取り出し、コップの上にかざした。

するとそこから清涼な水がコップに注がれた。魔素マナの微かな振動が、魔法札カードを通じて現れた水に伝わるのが感じられた。

「おらよ。こっちはキンッキンに冷えてるぜ」

アレンはリオからコップをぶんどり、冷たい水で舌を冷やす。

「全く、お前はいつまで経ってもガキだな」

「うるせえな。俺はリオと違って繊細なんだよ」

「なーにが繊細だよ。この前、豪快に家焼いてたのはどこのどいつだ?」

「うっ…」

「ありゃすごかったよな~!村中の水の魔法札カード総動員でやっと鎮火だもんな!」

「もういいだろ、その話は!いつまで引っ張るんだよ!」

「はっはっは…とりあえずあとひと月はこのネタ擦るからよ!覚悟しとけ~!」

「くそっ!」

アレンはふてくされて乱暴に食事を続けた。猫舌に気を遣って、熱々のサンドイッチと水を交互に口に入れるアレンの姿に、リオは腹を抱えて爆笑していた。


「おい、アレン、リオ!」

食事を終えて小休止していた二人に老年の男性が声をかける。村長だ。

「村長、どうしたんスか?こんなとこまで」

「お前ら、昼から時間あるか?」

「昼から?まぁ今日の仕事ならひと段落ついたとこですけど」

「そうか。すまんが、街への買い出しを頼みたくてな」

「あれ、もうですか?前回の買い出しからまだ1週間しか経ってないッスよ?」

「水の魔法札カードが足りなくてな。ほら、この前ボヤ騒ぎがあっただろ?」

村長の言葉に、アレンとリオは互いに顔を合わす。

「あー…そういう…」

リオは吹き出しそうになるのを必死にこらえ、アレンはバツが悪そうに頭を搔く。

「ストックが結構厳しくてな。このままだとあと3日で村の水の魔法札が尽きてしまう」

「3日!?そりゃあ…」

事態の重大さに気づいて、アレンは青ざめる。

「アレン、責任をとってお前に行ってもらおうと思ってな。リオはその付き添い兼護衛だ」

そう言うと村長はポケットから紙を取り出し、アレンに手渡した。火の魔法札カード20枚、水の魔法札カード50枚…他にも必要な魔法札カードのリストが書かれた買い出しメモだ。

「買い出し資金の為の薬草や農作物は倉庫の前に集めておいた。空の魔法札カードも置いてあるから、教会に返却しといてくれ」


村長からの買い出しの依頼を受け、アレンとリオは村の倉庫の前に立った。

倉庫の前には、村の畑や家畜から集められた産物が積まれている。野菜や穀物、保存用の干し果実に、丁寧にまとめられた空魔法札カードの束も並んでいた。

「うわ、結構な量だな…」

リオはため息をつく。

「心配いらないって。風精の運搬術フロート・トランスポーターを使う」

アレンはそう言ってポーチから魔法札カードを取り出し、地面にかざす。すると、軽やかな風が荷物の下から巻き上がり、宙に浮いた荷物を包み込んだ。そして宙に浮いた荷物を縄でまとめ、アレンが手で引く。

「この量だと、片道でそれも使い終わっちまうな」

「ついでに新しいのを買うさ」

「そんじゃ、行くとしますか」

木々のざわめきと鳥の声を聞きながら、二人は荷物を引いて街への道を進んでいった。


荷物を風精の運搬術フロート・トランスポーターでまとめ、二人は街へ向かう道を歩いていた。

「でもよ、今回買うのは全部で魔法札カード120枚くらいだろ?こんなもんで足りるのか?」

リオが心配そうに呟く。

「大丈夫さ」

アレンは少し考え込み、ふっと笑った。

魔法札カードってのは、魔術教会の直売所で空の魔法札カードと引き換えなら安くなるんだ」

「え、そんなことできるの?初耳だぞ」

リオは目を丸くした。

「普通は店や役所の回収箱に投げ入れて終わりだろ?」

自分のポーチから魔法札カードを取り出し、眺めながらアレンは続けた。

「教会は店と違って、取引手数料の分だけ値段が割引になるんだ。民間の販売店で買うより断然お得ってわけ。一般的に知られてない、一種の裏技みたいなものかな」

アレンはリオからの羨望の眼差しを向けられ、得意げである。

「すげえな。なんかの本にでも書いてあったのか?」

感心しながらリオが訊く。

「妹から教えてもらった」

「あ~、納得。お前の妹、アカデミーに行ってんだよな。えっと名前、なんだっけ」

「リアナだ」

「そうそう!確か飛び級で入った天才で、あの歳で魔法科学部門の特別研究員だろ?そりゃ魔法札カードの抜け道くらい知っててもおかしくねえな」

「そういうこと。ていっても研究室にこもりっきりで全然家に帰ってこないけどな」

「天才の考えることは分らんよな。俺、あいつに何回実験台にされたと思う?『魔力感応テスト』とか『安全性確認』とか、訳わかんねえって」

嫌な思い出がぶり返し、リオは一気に顔色が悪くなった。

「あー…あったな。『この魔法によってあなたの腕力は3倍になります』とか言ってさ。それから3日3晩、お前全身虹色にギラギラ光ってたもんな」

「あれ大変だったんだぞ!結局ステータスは変わらねえし、親からは眩しくて眠れないとかで倉庫に放り込まれるしよ…しかも当の本人は術をかけたの忘れてさっさとアカデミーに帰りやがんの!」

「あはは、相変わらずだな。ま、あいつに悪気はないんだろうけどな」

「悪気がないのがタチ悪いっての!…はあ、まあいいや。早く行こうぜ。さっさと用事済ましちまわないと、また何かいやな事思い出しそうだ」

二人のいつも通りの掛け合いの間に、遠くに街が見えてきた。街の入り口の検閲で大勢の旅人がごった返しているのが見える。

あれがアレンたちの目的地、学術都市アルべリウスだ。


アレンとリオは風精の運搬術フロート・トランスポーターで浮かせた荷物を引きながら、アルべリウスへと続く道を進んだ。

街道は王都へ向かう商人や旅人も多く、二人は何人かと挨拶を交わしつつ歩を進める。


やがて巨大な白壁が視界に広がった。

その中心には、街に入る為の魔法陣――学術都市アルべリウス専用の移動陣が設置されている。

アレンとリオは門前の魔法陣を眺めながら、荷物を整える。

リオが小さく息をついて言った。

「ふう、道中で魔物出なくてよかったな」

アレンも頷く。

「ああ。今日は平和だったってことだ」


門前には列が出来ており、兵士たちが一組ずつ、荷物と身分証を慎重に確認している。魔物被害が増えている最近では、門の警戒も一層厳しくなっているらしい。


リオが肩をすくめる。

「相変わらず、人が多いな…これ、時間かかりそうだぞ」


アレンも列の長さを見てため息をついた。

「仕方ないさ。街に入らなきゃ、買い出しできないしな」


二人は列に加わり、ゆっくりと前へ進んでいく。


そしてついに自分たちの番が来た。

兵士が鋭い目つきで声をかける。


「ベルノア村の者か。荷物を確認する」

アレンがうなずきながら荷を下ろす。

「村で採れた農作物と畜産物、あと山で採れた薬草、この束は全部空の魔法札カードです」

魔法札カードの数が随分多いな」

兵士がこちらを見上げて問いかける。

「事情があってな」

とリオが話し、アレンは苦笑しながら続ける。

「目的は魔法札カードの返却と買い出し、その為の特産物の売却です」

兵士は頷き、荷物を丁寧に検分する。緊張が一呼吸ほど続いたあと、ようやく兵士は立ち上がり、門の方を指で示した。

「よし、入っていい。ようこそ、学術都市アルべリウスへ」


アレンとリオは検閲の終わった荷物を引き、門の魔法陣に手をかざす。

眩い光が二人と荷物を包み込み、次の瞬間、視界が街の内部に切り替わっていた。

足元にはまだ魔法陣の淡い光が残り、空間の残響を感じさせる。


ベルノア村での平穏な日常は、ここでひとまず幕を閉じ、アルべリウスでの冒険が静かに始まった。

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