第6話:遠ざかる手、揺れる心

朝の光が障子越しに差し込む。

庭の萩が風に揺れ、季節の移ろいを告げていた。

私は縁側に座り、湯呑を手に静かに息を吐いた。

昨夜の出来事が、胸の奥に重く沈んでいる。


美月が私たちを見たあの瞬間——

彼女の瞳に浮かんだ痛みは、今も焼き付いて離れない。

私は母として、女として、取り返しのつかないことをしてしまった。


その日の午後、美月が私の部屋を訪れた。

娘は静かに座り、しばらく何も言わなかった。

障子の向こうで風が竹を揺らす音だけが、二人の間を満たしていた。


「お母さん……どうして、あんなことを?」

美月の声は震えていた。

怒りよりも、悲しみが滲んでいた。


私は湯呑を置き、彼女の顔を見つめた。

「ごめんね……言い訳は、何もできないわ」

その言葉に、美月は目を伏せた。


「康彦は……お母さんを必要としていたの?」

その問いに、私は答えられなかった。

必要とされたのか、ただ逃げ場だったのか——私にもわからなかった。


「赤ちゃんが生まれたら、すべて変わると思ってた」

娘の声は、どこか遠くを見つめるようだった。

「でも、変わったのは私だけで……康彦は、何かを抱えたまま、私に触れようとしないから」


私は胸が締め付けられる思いだった。

娘の言葉が、私の罪をさらに深く刻んでいく。


「もう、終わりにするわ。康彦さんとは……これ以上、関わらない」

私は静かに告げた。

それが、私にできる唯一の償いだと思った。


美月はしばらく黙っていたが、やがて立ち上がった。

「ありがとう……それだけで、少し救われるわ」

その言葉に、私は涙がこぼれそうになるのを堪えた。


夜になり、康彦が私の部屋を訪れた。

「麻衣子さん……美月と話したんですね」

彼の声は、どこか焦りを含んでいた。


「もう、終わりにしましょう。あなたには、守るべきものがある」

私は背を向けたまま、そう告げた。


「でも……僕は、あなたを忘れられない」

その言葉に、心が揺れた。

彼の手が、そっと私の肩に触れる。

その温もりに、身体が反応してしまう。


「お願い……もう、来ないで」

私は振り返らずに言った。

けれど、彼の手は離れなかった。


「麻衣子さん……僕は、あなたを愛してしまったんです」

その告白に、私は目を閉じた。

愛——その言葉が、罪をさらに重くする。


それでも、彼の手を振り払うことができなかった。

その夜、私たちは何も語らず、ただ静かに寄り添い唇を合わせ身体を重ねた。

康彦は今までにないほど激しく貫いた。

私は頭が真っ白になるほど何度も昇り詰め、彼は私の中で熱い熱を迸った。

それは、終わりを告げる夜ではなく、まだ続いてしまう夜だった。


――つづく。

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