第26話 ふたつのわたあめと、なくなるコロッケ


 加藍と二人きりになるのは初めてだ。


 異性ではなく同性だからと頭では思っていても、永遠の胸はどこかそわそわしていた。


 瑠璃乃のように四六時中そばにいる相手なら慣れもある。


 だが、加藍は違う。

 彼はとにかく“整っている”。


 高身長で姿勢がよく、王子様みたいなルックス。

 くっきりした目元も、落ち着いた物腰も、爽やかなイケボも全部が絵になる。


 だから永遠は、自分の自己評価の低さも相まって、どうしても気後れしてしまうのだった。


 けれど不思議と怖さは一切ない。

 加藍の人柄のせいだろう。

 彼はただニコニコと、柔らかな笑みでこちらを見守っている。


 その優しさがかえって永遠を焦らせる。


 黙っていると悪い気がする。

 でも、何を話せばいいのか全く分からない。

 気まずさを消したくて、永遠は湯飲みに手を伸ばす。


 コト。

 口に運ぶ。

 置く。

 それを三度繰り返すころには、自分でも「挙動不審だ」と分かるほど目が泳いでいた。


 そんな永遠の焦りを察したのか、加藍は優しい調子で場を動かす。


「……さて、じゃあお嬢さん方も出掛けたことだし、俺もお総菜を仕上げてしまおうかな」


 静かに立ち上がる。その動きさえ絵になるのが困る。


 そして、ふとこちらに向き直り、柔らかく問いかけた。


「……ところで永遠さん」


「はい?」


 返事の声がわずかに裏返る。

 永遠は自覚してさらに焦る。


 加藍の口元が、優しく緩んだ。


「コロッケ、お好きですか?」


 



 ◆ ◆ ◆ ◆





 梅子に「駄菓子の基本の選び方」を伝授され、瑠璃乃は満足げに最後の一個をカゴへ収めた。

 戦利品を抱えたその横顔には、狩りをやり遂げた冒険者のような誇らしさがある。


 すると瑠璃乃は、商店の奥にある小さな遊戯スペースへ興味津々に視線を向けた。

 しろむらの一角にでもありそうな古いゲームセンターの縮小版……その中央に、妙に存在感のある謎のゆるキャラ……カッパなのか何なのか判別不能な巨大マスコットが鎮座しておられた。


「これ、なに?」

 瑠璃乃が目を輝かせる。


「わたあめが作れる機械よ」

 梅子がその正体を説明した。


 すると瑠璃乃は、ぱあっと顔を明るくする。

「やってみたい!」


 その輝きに梅子の胸が少しだけざわついた。

 この機種、初心者には優しくないやつだと知っているからだ。

 これはどうにも不親切なモデルなのだ。

 上手く扱えなければ、ふわふわの雲にはならず、小さな脱脂綿の塊のような“しょんぼり綿”になってしまう。


 瑠璃乃にそんな思いをさせたくない。

 その一心で、梅子は一歩前に出た。


「作ってあげる。私、プロだから」


 胸を張った梅子に、瑠璃乃は歓声をあげるほど大喜びした。


 だが、梅子はふと袖口を見て顔を曇らせた。


「戦闘服に着替えて験を担ぎたいから、ちょっと着替えてくるわね」


「え~、その服でいいよ~。似合ってるし」


 瑠璃乃の飾り気のない言葉に、梅子はむっと頬を膨らませる。


「これはママ……母が喜ぶから着てあげてるだけで、本来は私の流儀じゃないのよ」


「どんな服でもウメちゃんはウメちゃんだから、けっきょく何でも可愛いよ~」


 あまりにも自然に言うものだから、梅子は思わず足を止めた。

 胸の奥に小さく灯る、親友の面影がかすかに重なる。

 瑠璃乃の無邪気な肯定は、時に人を優しく救ってしまう。


「ね、だから早く綿あめ作ってるの見せて!」


 期待いっぱいの眼差しに、梅子はもう何も言い返せなかった。

 仕方ない、と息を吐き、袖をまくり上げる。


 機械が回り始めると、梅子の動きはまるで職人のそれだった。

 白い繊維が空気の中で舞い、梅子の指先がそれを巧みに絡め取って形を整えていく。

 瑠璃乃は、指先ひとつ動くたびに「わぁ……!」と声を漏らし、喜んで目を輝かせる。


 気持ちよくなってしまった梅子は、つい調子に乗る。


 ひとつ、完璧なわたあめ。

 そして、もうひとつを袋に詰める。


 瑠璃乃に渡すと、彼女は目を丸くした。


「いいの⁉ 二つも!」


「いいわよ。一つも二つもいっしょだから。持って帰って、あとで楽しみなさいな」


 梅子はどこか誇らしげで、瑠璃乃は宝石でも渡されたかのように抱きしめた。

 二人の幸福な空気が、わたあめの甘い香りに溶けていく。




 

 ◆ ◆ ◆ ◆




 

 瑠璃乃と梅子が居間に戻ると、ふわりと香ばしい匂いが漂ってきた。

 油の甘い香りと、ほくほくした芋の気配。

 その奥の厨房から、三角巾をつけた永遠が顔をのぞかせる。

 手には揚げたてのコロッケが並んだトレー。


 永遠が加藍の手伝いで作ったものらしい。

“手伝ってくれたら、いくつか持ち帰っていい”。

 そい言われてしまい、瞬時に瑠璃乃と母の喜ぶ顔が浮かんでしまった結果だった。


「わぁ~、コンコン色! 揚げたて? ひょっとして揚げたて?」


 瑠璃乃が目を輝かせ、子供のように弾む声を上げる。


「そうだよ。さっきまで奥で――」

「永遠が作ったの⁉」

「え? いや、僕はただ――」


 本当は小判型に成形しただけだと言いかけた瞬間、


「そうなんです。見事な手さばきで仕上げてくれたんですよ」


 加藍がひょっこり顔を出し、さも当然のように言ってのけた。


「加藍さん⁉」


 永遠の抗議は軽くスルーされ、加藍はひらりとウィンク。

“そういうことにしておきましょう”と無言で告げてくる。


(えっ……いいのかな……? いや、だって僕、ほんとに形整えただけなんだけど……)


 永遠が内心で青ざめている間に、


「食べていい? 食べていい?」


 待ちきれない瑠璃乃が、すでに前のめりでコロッケを見つめていた。


 永遠が加藍に目を向けると、「どうぞ」と温かい返事を送ってくれた。

 それを確認して永遠が頷くと、


 神速。


 瑠璃乃は指の動きだけで、丸ごと一個を口の中へと放り込んだ。


「おいしい! すっごく美味しいよ!」


「喜んでもらえてうれしいよ……ははっ」


 純粋な笑顔に、永遠の頬も緩む。


「モグモグモグモグ……べ、べつに日本一美味しいわけじゃないんだからね! 永遠のコロッケなんて世界一くらいなんだからね! ……モグモグモグモグ……ふんだっ!」


 すべての語尾に“モグモグ”がついている不可思議なツンデレ宣言に、梅子がぽつり。


「この子、ひょっとして、お兄さんにだけ変なツンデレになるの?」


「そうみたい。痛くもかゆくもない可笑しなツンデレだから大丈夫なんだけどね」


 永遠が苦笑すると、梅子も肩をすくめる。


 瑠璃乃の手には、さっき作ったピンク色のわたあめの袋。そして駄菓子たち。

 永遠はふと梅子に向き直った。


「あの、梅子さん。ありがとうね」


「なんのこと?」


「瑠璃乃と仲良くなってくれて」


 梅子のまつげがわずかに揺れる。


「……べつにお礼を言われる筋合いは無いわ。魚と水。双方に心があった。それだけの話よ」


「うん?」


「つまり、好意を向けられたから仕方なく、それ相応の態度で応じたって話よ!」


「……なるほど」


 永遠は“それ普通にツンデレでは?”と思うが、口には出さない。


「でも、何にしても、お礼を言いたくなってさ……。あの子の代わりにじゃなくて、僕からもってことで……」


 梅子は一瞬、言葉を呑むように瞬きをした。


「なんかさ、瑠璃乃が誰かと仲良くしてると嬉しいんだ。僕がそう出来ないからなのかどうかは分からないんだけど、たぶん僕自身が誰かと親しげにしてるより、あの子がああやって笑ってるのを見るのが嬉しくてさ。だから、ありがとう」


 まっすぐすぎる言葉に、梅子は息をひとつ吸って、


「お兄さん」


「はい?」


「今日はあなた達のおかげで佳き時間を過ごせたわ。……あの子、大切にしてあげなさいね」


「……うん。頑張るよ」


 その間にも、瑠璃乃は加藍に向かって、


「もっと食べていいですか?」


「どうぞどうぞ」


 と答えられ、嬉々として次のコロッケへ手を伸ばしていた。


 その光景は頬笑ましくて。

 永遠も梅子も加藍も、顔を合わせて、それぞれに頬笑みを浮かべて笑い合う。


 けれど、そのほんの一瞬、視線をそらした隙に――


 皆が気が付いたときには遅かった。

 皿の上には、片手で数えられる数しかコロッケが載ってなくなっちゃった……。


 加藍が引きつった微笑みで固まる。

 瑠璃乃の食欲は、想像を軽く10倍は超えていた。


 永遠の背筋にスッと冷たいものが走る。


 こうして四人は、急遽「追加コロッケ大量生産チャレンジ」に突入する羽目になったのだった。


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