第21話 はおう
「いま、わたし達はカカクハカイの現場に立ち会ってるんだね」
「……そう……なのかな?」
「うん。これはもう夜明けだね。日本の夜明けぜよだね……」
店に入り、コンビニにも似た陳列コーナーの一角、駄菓子に埋め尽くされたそこに案内されてから、瑠璃乃は感動の大きさに呑まれ、静かに感嘆の声を漏らしていた。
「1000円までなら、どれでも好きなもの選んでいいからね?」
瑠璃乃が急に振り返る。
その瞳は驚愕と歓喜に染まり、声を絞り出そうと必死な様だった。
「…………はい」
時間を置いてやっと出てきた感謝の一言を呟くと、頷く永遠を見てから武者震いする手を駄菓子に伸ばした。
しゃがみ込み、真剣に吟味する瑠璃乃の様子に、永遠はつい頬笑んでしまう。
駄菓子兼子供用の小さなカゴを腕に掛け、首を頻繁に左右に振る姿が可愛らしいなと。
他の客もいないし、気兼ねなくコーナーを独占させてやれることへの余裕もあった。
しかしこの『土井中商店』、何しろ人が居ない。
自動扉をくぐった時には爽やかな『いらっしゃいませ』の声があった。
自動音声ではない、人間味のある温かな、それはそれは爽やかなイケボだった。
その声の主も奥のキッチンで調理をしているようで、「申し訳ありません。手が離せないので、ご用の際は呼んで下さい」と言ったっきりで、永遠と瑠璃乃しかいない。
最後に永遠が来店したのは、ひきこもる直前、3年ぐらい前だった。
その頃と比べても大して変わっていない。
スーパーと比べるのは酷だが、コンビニとは肩を比べられるし、優れているところもある。
主にお惣菜は絶品だし、菓子類は豊富も豊富。
なのに寂れてしまったのだろうか。
経営がひょっとして上手くいっていないのだろうか。
なまじ思い入れの強い店だけに、おこがましい事を永遠は考えてしまう。
しかし気にしても始まられないし、楽しげに駄菓子を物色している瑠璃乃を、自分も楽しげに気楽に眺めていようと切り替えた。
すると、数ある駄菓子を取り扱う店のなかでも“ここ”に瑠璃乃を案内した最大の理由に目がいった。
入り口のすぐ右隣にある冷凍庫だ。
そこに永遠が最も愛するアイスが昔と同じならあるはずだった。
相変わらず真剣に吟味を繰り返す瑠璃乃から少し離れて、永遠はアイスケースに向かう。
のぞき込むと、懐かしさで鼻の奥がツンとした。
(あった!)
歪む視界のまま永遠がケースの中に手を伸ばすと、
「だ~れだっ!」
バチーン! と、無邪気に一切の手加減無く瑠璃乃が永遠の目を両手で覆い隠した。
「あだだだだっ‼」
強く叩かれただけならまだしも、瑠璃乃は現在進行形で柔らかくすべすべでも、とんでもない力で眼球を押し込んでくるものだから、永遠は堪らず声を上げた。
割と本気で痛がっている。
なのに不快感を永遠から感じない。
むしろ一言でいうなら満更でもないと感じている永遠に、瑠璃乃は手を離し、キョトンとしながら詫びた。
「……いや、いいんだよ。でも店には僕達しかいないんだから、意味ないんじゃないかな?」
「……そっか!」
本当に目から鱗が落ちそうなほど、つり目がちな瞳を大きく開いて瑠璃乃が拳と掌を合わせた。
「それで永遠、なにやってたの?」
「ちょっとこれをね、アイスをね、探してたんだ」
「ガリガリさん?」
「今日は違うんだ。もう少しリッチなやつかな」
「りっち!」
意味もニュアンスも分かっていない。
けれど永遠の少し自慢気な態度から、林本家の冷凍庫にあったものより美味しいものだというのは感じ取れて、瑠璃乃の胸が踊る。
永遠はボックスの戸を開くと、お目当てのものを取り出した。
「これこれ! “すいかミルク”。ここら辺だと、ここでしか売ってない、僕の一番好きなアイスだよ」
「へぇ~~! それはレアだね! めであむレアだね!」
「そうだね。普通のレアより、きっとレアだね。だからこそ美味しいんだ。瑠璃乃も食べる?」
「食べる!」
即答する姿が頬笑ましくて、自分も温かくなって永遠は頷いた。
それでは彼女の分もと、ボックスを漁ろうとした時、ふと手持ちの小銭があったかどうか気になった。
記憶にある店主はキャッシュレス決済をものすごく苦手にしていたはずと思い出して。
とりあえず瑠璃乃に一本を渡して、小さな小さな小銭入れを手にする。
が、小銭入れはすぐに永遠の手からスルッ滑って落ちてしまう。
拾える反射神経を持たない永遠は、軽い音を立てて小銭がアイスボックス、隣の本棚の底まで転がり込んでいく音を聞いているしかなかった。
「あっ、ご、ごめん! 拾うから待っててね!」
瑠璃乃の存在があっても、きっとこの場に他人がいればパニックになっていたであろう出来事。
瑠璃乃と二人だけであっても、今回の失態に永遠は慌てふためく。
激しく狼狽しながら床に手を着けるのも躊躇せず本棚の底を覗き込む。
「大丈夫だよ、永遠! わたしも探す!」
瑠璃乃も永遠に倣い、持っているアイスを器用に掲げたまましゃがみ込んでボックスの下を探りだした。
長い髪が床に広がるのにも構ってはいられない。
二人は地を這うように小銭を捜す。
そんな中、彼等以外の来訪者が自動扉を開かせた。
「ただいま~~」
◆ ◆ ◆ ◆
「おつかいぐらい、私ひとりでできるもん。……ふふん♪」
上機嫌に軽くスキップを踏んで歩く少女がひとり、誰かに向かって言うように得意気に鼻を鳴らしていた。
彼女は今、母から頼まれたお使いを一人で済ませ、本来ならお使いを一緒に行うはずだった相棒の待つ我が家に向かっていた。
艶やかな黒い長髪を首の後ろで結ったツインテールを揺らしながら、戦果を両手にする彼女は跳ねるように軽やかな足取りだ。
両手で持った一つのバックを見せつけたい。
そして褒められたい。
安心させたい。
それがもうすぐ実現する。
自然と頬が緩む。
自分の家が営む商店の前までやって来ると、店内を覗き込んだ。
「……よし、お客さんいない」
店の中はもちろん、駐車場に車も自転車も無い。
自分の家ながらこれでいいのかとも思う。
だがこれで気兼ねなく店の玄関に入っていける。
少女は意気揚々と自動扉をくぐった。
「ただいま~。おつかい行ってきたよ~」
店長代行へ報告を入れても返事がない。
レジにもいない。
「兄さん、奥にいるの~~?」
店の奥、暖簾の向こうの総菜調理の厨房から微かに火を扱う音がする。
いるのならそれでいいや。
少女は称賛の声への期待を今は胸にしまって軽い笑顔で息を吐く。
「じゃあアイスもらっちゃうからね~~? ア~イス、ア~イス、ア・イ・ス♪ すいかミルク、すいかミルク、くるくるり~♪ すいかミルク、すいかミルク、くるくる……?」
へんてこな歌を歌いながら、少女は傍らのアイスボックスに勝手知ったるといった様子で遠慮無く手を伸ばした。
小柄な体で、まるでボックスに潜り込むような格好で他のアイスを掻き分けてお目当てを探す。
ただ、少女は違和感を覚えた。
いつもの定位置に自分のお気に入りが無い。
季節柄とか、人気商品という訳でもない。
なのに、なかなか手が、すいかミルクに辿り着かない。
一度姿勢を戻して俯瞰する。
すると、少女の左側。
ボックスの脇からアイスがキノコのようにニョキっと生えていた。
しかも揺れている。
手に取ってと言わんばかりに。
少女は兄のイタズラだと思った。
彼にしては珍しい。
お茶目なこともするんだなぐらいの気持ちで困ったような笑顔を浮かべて何気なくボックスの正面に回り込む。
「も~~、イタズラはやめてよ~、兄さっ――」
少女は絶句した。
店内に客がいたのだ。
地を這いながら見上げてくる見覚えのある冴えない顔の少年と、目が覚めるような愛らしい存在感を示す金の髪の少女。
少年も目を見開き、口を半開きに絶句している。
金髪の少女は、恐るべき平衡感覚と筋力で人智を越えた姿勢をとり、しゃがんだまま振り返って無邪気そうに目をパチクリと。
少年……永遠の心模様は複雑だった。
少女の声が聞こえてからしばらくは瞬き一つできなかった。
デジャブを覚える歌と声を耳にして、少女がアイスボックスを漁っている間も固まった。
その場の雰囲気で、少女が近付いてくるのが分かると、パニック半ばに振り向いてしまう。
少女に振り向くまでの刹那、認識できるよりも多くの不安が永遠の心を過ぎった。
醜態を見られバカにされるのではないか?
不審者として扱われたらどうしよう?
通報?
そして少女と目が合うと、
(すみませんすみません! 小銭が落ちただけなんです! 拾っているだけなんです! この子も僕の真似をしてるだけで悪意は無いんです! ですからどうか通報だけは!)
とても声にはなっていないが、謝罪が第一に脳内だけで発せられる。
少女は永遠を見て固まっている。
戦慄いて動けないのか。
そうか。
終わったな、僕。
諦観にも似たものが永遠に広がっていく。
去来するそれに身を任せていると、永遠は、固まる少女に眼差しをふと定めてしまう。
(ああ。こんな時だってのに僕は。小さくて可愛い子だな。中学生ぐらいかな? ここの子なのかな? それにしても可愛いな。…………ん?)
永遠は猛烈な既視感に苛まれた。
一昨日とか昨日の話じゃなく、ついさっきまでの情報と少女の容姿に何か引っかかるものがある。
それを統合するまで3秒ほど掛かっただけで、永遠は既視感の尻尾をいとも簡単に掴むことが出来た。
同一人物だ。
だが見る影も無いというのか、印象が違い過ぎている。
艶やかで流れるような長い黒髪をなびかせ、ゴシックロリータに身を包み、颯爽と威風堂々に戦場を舞っていた面影はまるで無い。
凜々しさとは無縁の出で立ち。
おさげを二つ結って、ちょっとそこまで程度に、おめかしした少女にしか見えない。
妙ちくりんな歌をご機嫌に口ずさみながら、兄の許可をもらわずにアイスを頂こうとやってきた一人の少女。
至って普通の女の子。
それ以上でもそれ以下でもない。
ただ永遠は、“声”に、はっきりと聞き覚えがあった。
間違い無く、“フォルティス”だ。
そうやって思考している間にも、永遠と少女の二人の間には沈黙だけが流れている。
間に挟まれた瑠璃乃も、そういうゲームなのかと勘違いして二人の顔を行ったり来たりしているだけに留まっていた。
声を掛けるべきか?
じゃあどうやって?
永遠が戸惑っているうちに店の奥の暖簾がなびいて、
「ウメちゃん! アイス食べる前に、帰ったらまず手を洗ってって、いつも言ってるだろう? すみませんお客さん、お待たせしまし…………あっ」
三角巾にエプロン。
そして片手にオタマを携えて、目を見張るほど端正な顔立ちの青年が暖簾をくぐって顔を見せた。
これまた見覚えがある。
フォルティスのパートナーだ。
フォルティスの兄らしい彼は、ウメちゃんと呼ぶ妹と永遠達を視界に収めるやいなや、不味いところにきてしまったなという声を漏らした。
今回、この状況の全体像を永遠は自分でも意外なほど早く察することが出来た。
(そうか……たぶん、逆なんだ……)
何かしらの事情があってあの場を演じ、今のものすごい所帯じみている彼女等が素なのだと。
なら自分の採るべき行動は。永遠は悩む。
素知らぬふりを通すべきか? 通じる訳ない。
気を遣うべきか? いや、経験則で言うのなら、それは逆に痛い。
苦慮して迷っているうち、沈黙に耐えられなくなった永遠の口が意志とは関係無しに、ふいに開いて、
「……あ、おつかれ様です。ふぉ……フォルティス……先輩……」
おつかれ様の“か”の辺りから自覚することが可能になった自分の言葉。吐いた言葉は飲めないからと、ふいに彼女の名前まで付け足してしまった。
床に這いつくばったまま、文字通りの低姿勢でヘコヘコと後頭部に手を置いて。
瞬間、“ウメちゃん”から断末魔の声が発せられた。
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