新・黒崎探偵事務所03-深淵の落書き

NOFKI&NOFU

プロローグ:深夜の招待状


――夜が、音を呑み込んでいた。


東京の街が眠る深更、黒崎探偵事務所の窓外は、

まるで誰かが『現実』そのものの、

スイッチを切ったように、静まり返っていた。


所長の黒崎と、助手の美咲と松原は、

前回の『赤い眼の隣人』事件から、

2週間が経過した今日の作業後に話し合っていた。


黒崎の背後に、一瞬、誰かの気配が沈む。


「……で、所長。これ、なんっすか?

まるでホラー映画の小道具ですよ」


デスク中央。松原の指先が震えている。


古びたマホガニーの机の上に置かれたのは――

黄ばんだ羊皮紙の招待状。


時間がそのまま腐ったような質感。

封蝋には、幾何学的で人智を拒む紋章が、

血のように紅く押されていた。


黒崎はZippoを鳴らし、煙草に火をつける。

白い煙の向こう、彼の瞳にかすかな光が宿る。


「ただの招待状に見えるか?」


低く抑えた声が、空気を裂いた。


松原は鼻を近づけ、すぐに顔をしかめた。


「うわっ、やっぱヤバい匂いっす。

 鉄錆と、古い土と……ああ、あれだ、

 データセンターの奥で湿気た回線の焦げる匂い。


 けど、ノイズがない。静かすぎる……

 脳のエラー検知がフル稼働してるっすよ、所長!」


黒崎は何も言わない。ただ、煙を吐く。


その間、美咲はPCにスキャンした紋章の画像を映し、

眼鏡を押し上げながら口を開いた。


「この紋章は――どの文献にも該当しないわ。

 形状解析で出たパターンは……」


松原が身を乗り出した。

「なにか、ヤバい組織のマークっすか?」


「いいえ。構造そのものが異常なの。

 『黄金角比を反転させた渦』。自然界には存在しない構造よ」


黒崎は考え込みながら美咲の言葉に耳を傾けている。


「しかも、この羊皮紙―― 時間軸が揺れてる。

 組成が、同一物質でありながら、  三層に分かれて変化している。

 まるで、『観測されるたびに書き換わる現実』みたいね」


松原が怯えたように笑った。


「ちょっと待ってくださいよ、美咲さん。

 時間が揺れてる?それ、もう……

 『物理的に呪われてる』ってことじゃないっすか!」


美咲は冷たく答える。


「ええ。だからこそ、興味深いのよ。」


黒崎は黙って封を切った。中の紙には、

滑らかな筆致でこう記されている。

目を細めながら静かに読み始めた。




『夜の主催者より、観測者へ』


廃墟ホテル『黄昏館(たそがれかん)』にて、

一夜限りの推理劇を開催する。

真相に辿り着いた者には、望む報酬を与える。


招待者:探偵 黒崎

日時:来たる嵐の夜 助手二名の同行を許可する。




松原の瞳がぎらついた。


「報酬って……つまり、

 『何でも』ってことっすよね!?

 永遠の富とか、世界を救うパスワードとか!」


「松原くん」美咲はため息をつく。


「『望む報酬』なんて、最も危険な条件よ。

 相手が人間ならまだしも……

“夜の主催者”がそうとは限らないわ。


 その『報酬』が、あなたの理性を喰い破る。

 そんな狂気でも、誰も責任を取らない」


黒崎は話を聞きながらも、笑みが硬かった。


「こわ……。けど、逆に燃えるっすね。

 未知との遭遇は男のロマンっすよ!」


黒崎は椅子を軋ませながら立ち上がった。

窓の外には、霞んだ夜景。光の点滅が、

まるで深淵の底で蠢く瞳のように見える。


「『観測者』……その呼び方が気になる」


美咲と松原が黙る。

黒崎は静かに言葉を継いだ。


「前回の『赤い眼の隣人』事件で、

 俺たちは『ノイズの世界の観測者』として記録された。


 この『夜の主催者』は、その記録を知っている。

 つまり、俺たちの向こう側から招いているんだ」


松原は興奮気味にPCを操作しながら言った。


「調べました!『黄昏館』、 十五年前に閉鎖、

 旧華族の別荘を改築したホテルっす」


「表向きは『ガス事故』で閉鎖になっていますね。

 だけどオカルトBBSでは、

 『集団失踪』『鏡の中の客室』なんて噂が乱立してますよ。


 しかも!数日前にこの館を巡る『招待状』の情報が、

 ディープネットに一瞬だけ上がって、

 三分後に消去されてるっす!


 管理者不明、発信源は――日本じゃない」


「やはり、異界の誘いね」美咲の声が低く響く。


「この『主催者』は、私たちを単なるゲームに、

 巻き込むつもりではないと思う。

 観測者を『試す』つもりよ。現実と虚構の境界で」


黒崎は短く笑った。「試す、か……。面白いじゃないか」


彼はジャケットを羽織り、

音を立てずに招待状を内ポケットに滑り込ませた。


「これは俺宛の招待だ…… 拒否もできる」


「無理ね」美咲が即答する。

「あなたは謎を前に、立ち止まれない人だから」


松原はガッツポーズを取った。

「行くっすよ、所長!オカルトもAIも、

 真実を暴くのが探偵の仕事っす!」


黒崎の口元に、わずかな笑みが灯った。


「そうか。――ならば、嵐を迎える準備をしよう」


三人の視線が交わる。

外の闇の向こうで、雷光が微かに蠢いた。


その閃光の中、窓ガラスに映った黒崎の影は、

一瞬――四つに見えた。


深淵は、観測者を見返す。


そして、


その夜、黄昏館の扉が『再び開いた』、

という報告が、誰かのログに刻まれるのは――

まだ、数時間後のことだった。



次話:第1話「嵐の開幕と最初の犠牲」

※黄昏館の扉が開くとき、犠牲者が生まれる。

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