磔台の魔王姫~勇者に敗北し『戦利品』に堕ちた女魔王は、血塗られた復讐の道を行く 《カクヨムコンテスト11【短編】部門応募用》

SAIFISU@『協奏曲』連載中

磔台の魔王姫

 王都の中央にそびえ立つ、王宮の大祝典の間。

 今そこは光と熱狂の渦に包まれ、魔王討伐という人類史上の大偉業に、誰もが酔いしれていた。

 やがて、演壇にこの国の統治者たる国王が進み出て来ると声を張り上げる。


「諸君、静粛に! 今宵、我々は偉大なる勇者と、彼と共に戦い抜いた全ての英雄を称える!」

 

 歓声が湧き上がるが、国王はそれを手を挙げて制する。そして表情を引き締め、深い嘆息と共に言葉を続けた。


「生憎と、勇者一行はこの場に出席しておらぬ。勿論、私からも是非にと招待をしたのだが、彼等は宴には目もくれず、魔族領へ戻って残党掃討に従事しておられる。まったく、頭が下がる思いだ」


 勇者達の高邁な姿勢を知り、参加者達は「一目見てみたかった」と惜しみながらも、その英雄的行動に納得した。

 やがて、勇者不在という事実を一同が受け入れたのを確認すると、国王は改めて声を張り上げる。


「そして今、私は諸君にこの勝利の真の証、勇者が魔王城の深淵より持ち帰った『』をお披露目したいと思う!」

 

 参加者達は、ざわめきながらも期待に満ちた視線を、国王が指さした扉へと向ける。重厚な扉が開き、屈強な兵士達によって、巨大な物体がゆっくりと引きずり入れられてきた。


 歓喜の場の雰囲気が、一瞬にして凍りつく。

 運び込まれたそれは、まさしくX字型に組まれた、巨大な木製の磔台であった。表面は赫黒く塗られており、まるで血を吸ったかのように禍々しい存在感を放っていた。

 そして、その磔台には一人の女魔族が、手足を痛々しいまでに力強く引き延ばされた状態で括りつけられていた。


 彼女の四肢には、金属製の頑丈な枷が食い込み、鎖で厳重に固定されている。

 しかも口には荒々しい猿轡が噛まされており、彼女は喉の奥から絞り出したような、甲高く、しかし聞く者の心を不快に掻き乱すような呻き声を上げるのが精一杯であった。

 しかし、その表情は雄弁だった。獰猛な獣が罠にかかった時のように、その見開かれた瞳は燃えるような激しい怒りに満ち、同時に抗いようのない深甚なる恥辱に歪んでいる。

 彼女は屈辱的な拘束から逃れようと、全身の力を込めて懸命にもがいているものの、拘束具がガチャガチャと軋む音だけが、広間に響き渡っている。


 参加者達の顔から血の気が失せ、それまで浮かべていた上機嫌な笑顔は、戦慄と驚愕の表情へと変わっていった。

 彼らは、その女魔族に見覚えがあったのだ。

 喧騒の中、国王は勝ち誇った冷酷な笑みを浮かべ、高らかに宣言した。

 その声はただの歓喜ではなく、支配と征服の絶対的な勝利を告げる調べだった。

 

「その通りだ、諸君! これが勇者が我々にもたらした『戦利品』。生け捕りにした『魔王』だ!」


 国王の宣言は、まるで雷鳴のように大祝典の間に炸裂した。

 一瞬の完全な静寂の後、会場は爆発的などよめきに包まれ、参加者達の視線は一斉に磔台の女に集中する。


 今代の彼女は、歴代でも珍しい女魔王であり、その美貌もあって、人類側にも容姿はよく伝わっていた。

 そして彼女の頭部、豊かで艶やかな髪の根元からは、左右に一対ずつ、二本の禍々しい角が突き出している。それが『魔王姫』と呼ばれた彼女の象徴であり、最大の特徴であった。

 その見た目、その顔立ち、そして何よりもその威圧感。屈辱にまみれ、猿轡を噛まされてなお、ただの女として扱いきれない凄まじいを放つその姿は、間違いなく『魔王』その者であると、彼らは認めざるを得なかった。

 しかし同時に「生け捕りなど大丈夫なのか?」「拘束が解けたりしないか?」という不安感も広がっていく。


「確かに、諸君の懸念はもっともだ。だが、安心するがよい!」


 国王は女魔王の首元を指し示す。

 そこには鎖を繋ぐ為の留め金がぶら下がっている以外は、何の装飾も施されいない、無骨な金属製の首輪が厳重に嵌められていた。

 

「この首輪は勇者殿が旅の途上で、かの『女神の遣い』より、直々に賜った『封魔の首輪』だ。これが嵌められている限り魔力は封じられ、もはやこの者は、ただの小娘と何ら変わらぬ」


 国王の宣言と『女神の遣い』という絶対的な権威に裏付けられた説明は、呪文のように会場に降り注ぐ。『封魔の首輪』の名を聞いた瞬間、参加者達の顔から一気に緊張の糸が緩んだ。

 魔力が封じられているならば、元がどんなに凶悪な存在であろうと、力無きただの虜囚だ。

 理解と安堵が、ゆっくりと会場を満たし、一度は凍りついていた広間の熱気も、再び沸き上がり始めていた。

 そして、その安心感が、特に貴族達の好奇心と傲慢さを呼び覚ます。


 勇者が自ら選んだという、この凄惨な『戦利品』。

 彼らが今まで恐れ、畏怖の念を抱いていた絶対的な存在は、目の前で身動き一つ取れず、恥辱にまみれて晒し者になっている。その事実は、彼らの特権階級としての意識を大いに刺激した。

 魔力を封じられて「ただの小娘」となった女魔王の姿は、彼らの好奇心と、長年の恐怖を克服したことによる征服者の優越感を、際限なく昂らせていく。

 彼らにとって、この女魔族はもはや、戦いに勝利した人類の力の象徴であり、じっくりと品定めし、嘲弄することさえ許される、見世物へと変貌していた。



 ◇ ◇ ◇



 磔台に括り付けられた女魔王は、猿轡によって声こそ奪われていたが、その全身は堪えがたい憤怒と恥辱によって小刻みに震えていた。

 彼女の瞳は、目の前の歓喜に満ちた人類の顔ぶれを、焼き尽くすような炎を宿して見つめている。

 

 彼女が先代魔王から地位を受け継いだ時、既に戦局は人類側に大きく傾きつつあった。

 それでも数十年、彼女は必死に立て直そうと立ち回ったが、結局抗うことはできなかった。そして、その苦境を奈落の底へと突き落としたのが、突如現れた勇者とその一行だった。

 彼らの活躍は人類の士気を更に高め、戦線を一気に崩壊へと導いた。


 このままではジリ貧になると悟った彼女は、起死回生を狙った大博打に打って出た。

 それは、人類の希望の象徴たる勇者をわざと魔王城へ誘い込み、自らが最強戦力として直接対決に挑む事。ここで勇者を討てば、人類の勢いは瓦解する。

 負けるつもりなど毛頭なかった。だが、仮にこの一騎打ちで敗れたとしても、種族の命運を賭けたのだから、潔く散る覚悟も固めていた。

 敗北は死を意味する。それが、長き戦いの中で培われた、魔族としての流儀だったからだ。

 しかし、彼女の予想は裏切られる。

 激闘の末、彼女は敗れた。だが、勇者はトドメを刺さなかった。

 それどころか剣を収め、手を差し伸べて「人類と魔族の共存」という、青臭いほどに純粋な理想を訴え始めたのだ。


「ここで魔王を討ったとしても、戦いはすぐには終わらない。無益な血はまだ流れる」


 勇者は、彼女の力が必要だと真剣に訴えた。

 正直、青臭い理想論だと内心、鼻で笑いそうになった。

 しかし、彼女は今や敗者である。そして、強き者に従うのも、弱肉強食を信条とする魔族の流儀。

 彼女は、勇者の理想が真実であろうとなかろうと、種族の存続のため、その提案に乗ることを選んだ。

 そして、和平の場へ立ち会う為、この忌まわしき『封魔の首輪』を自らの首に嵌めさせたのも、他ならぬ女魔王自身の意志であった。


 それが、この仕打ちとは何事か!


 磔台で全身を震わせながらも、女魔王は思い返す。

 この国に到着し、城で国王との面会を申し入れたその瞬間から、全てが狂い始めた。


「準備が整っていない」


 その一言で、彼女は勇者一行から強引に引き離され、地下奥深くの牢獄へと幽閉された。

 やっと解放されたと思えば、彼女を待っていたのがこの磔台への拘束であり、連れて行かれた先が、この大祝典の間で晒し者にされる光景だ。


 和平の使者として、敗者としての責任を果たすために、勇者に付き添ってここまで来たというのに……!

 この磔台、この拘束具、この猿轡、そしてこの衆人環視の晒し者という状況は、和平でも、共存でも、敗者の処遇でもない。

 これは見せしめであり、完全な裏切りだ。

 

 あれから、勇者パーティーの誰とも、一度たりとも会っていない。

 国王を問い詰めようにも、猿轡のせいで叶う事もない。

 裏切られた絶望と困惑が、塞がれた口の中で、血の味と共に渦を巻く。

 そして、勇者への欺瞞に対する怒りと、人類への底知れぬ憎悪が燃え上がっていた。



 ◇ ◇ ◇



 女魔王が激しい怒りに震えていると、国王が優雅な足取りで磔台へと近づいてきた。

 国王は、磔にされた女魔王の目の前で立ち止まると、まるで演劇の幕開けを告げるかのように、広間に向かって高らかに告げた。

 

「諸君、今宵は特別な『余興』をこれから披露しよう!」


 国王が合図を送ると、車輪のついた大型ワゴンが会場へ入って来る。

 だがそのワゴンの上には、明らかに場違いな、様々な形状のが整然と並べられていた。

 木材や革、金属製等のそれらは、見た目からして卑猥で残酷な印象を与え、そのを隠そうともしていない。


 それらが運び込まれた瞬間、女魔王の目が見開かれ、驚愕に凍りつく。置かれた状況もあり、これから国王が何をしようとしているのかを、一瞬にして察してしまったのだ。

 これまでの政治的な落胆や裏切りへの憤慨は、一瞬で彼女の中から消え去った。代わりに、純粋で原始的な、そして耐え難いほどの驚愕と恐怖が、思考を白く塗りつぶしていく。

 彼女はこの状況から逃れようと首を激しく振り、身をよじって必死に抵抗するが、それはただ拘束具を軋ませるだけでしかなかった。猿轡の下で「やめろ!」と叫ぼうともするが、口からは甲高い「う、うぅうう!」という、情けない呻き声しか上がらない。

 言葉が封じられているのをいいことに、国王は女魔王に対して嘲り、貶める言葉を投げかける。


「絶対的な力を持っていたはずの強者が、弱者へ転落し、屈辱的に弄ばれる光景というのは胸が躍るものだ。 そして自覚するがよい。お前はもはや、人類の為の用の玩具でしかないとな」


 国王の嘲笑と女魔王の泣き叫びそうな姿に、嗜虐心を煽られた参加者達は揃って下卑た笑みを浮かべ、期待に胸を膨らませる。

 そして、国王の手が、恥辱に打ち震える女魔王へと触れようとした、まさにその瞬間だった。

 

   ゴウン……!!


 地を這うような、重く鈍い響きが王城全体を貫いた。

 巨大な建物が軋みを上げ、その場の者達は突然の衝撃に、何事かと凍りついた。


   ドォン! ドォン! ドォン!


 続けて、明らかな爆発音が連続して鳴り響き、会場を幾度も揺らす。

 そして次の瞬間、轟音と共に巨大な窓ガラスが砕け散り、一つの黒い人影のようなものが会場へと飛び込んで来た。更に、人影がすかさず小さな金属の玉をばら撒くと、その玉から猛烈な白い煙が噴き出し、広間全体を濃密な煙で覆ってしまう。

 視界を奪われ、多くの者達が慌てふためく中、国王は怒号を飛ばした。


「怯むな! 持ち場を離れるな! 私の周囲を固めよ!」


 その号令に近衛兵が国王の周囲で陣形を組み、襲撃者からの攻撃に備える。

 一方、何が起こっているのか全く分からない女魔王は、ただ混乱に目を見開いていた。

 しかし、その時彼女の耳元に、一つの声が届いた。


「動かないで」


 まだ幼い、少女のような澄んだ声だった。

 その声と共に、女魔王の身体……いや、彼女が括り付けられている磔台全体に、ガクン!という大きな衝撃が走った。

 見れば、台座下部が綺麗に斬り裂かれ、磔台は人影に背負われていた。


「目標確保。このまま脱出する」


 簡潔な宣言が耳元で繰り返されると、足元の床に青白い光を放つ魔法陣が浮かび上がった。

 それは、高等魔法たる空間転送魔法だと女魔王が見抜くと、あっと言う間に魔法陣の上に居た者達を光が呑み込んだ。

 やがて会場の煙がゆっくりと晴れ始めた時、会場中央には、無惨に砕けた窓と、切り裂かれた台座の破片だけが残され,女魔王は磔台ごとその姿を完全に消していた。



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