第34話:インビディアとシャイターン

 本来の魔王戦には、必ずインビディアが登場する。

 四大天使の攻略ルートの場合は、魔王の側近として。

 天使長の攻略ルートの場合は、魔王として。

 インビディアは、ラスボス戦に必ず登場する、敵キャラの筈だった。


 公式ガイドのイラストによれば、インビディアは、長身で肩幅が広く、目つきは鋭く、いかにも魔王という感じのコワモテ系の容姿をしている。

 シャイターンは小柄で細身、表情は乏しいけれど女性的な美貌の魔王だった。


「何をキョロキョロ見回している?」

「王なのに、側近も護衛騎士もいないのね」


 周囲を見回す私に、シャイターンが問う。 

 今、このゲーム世界にインビディアはいないらしい。

 魔王城から出てきたのは、魔王シャイターン1人だった。


「側近で護衛騎士のフェイオは、貴様が倒したではないか」

「そういえば、そうだったね」


 攻撃開始のタイミングを計りながら、シャイターンと私は剣の柄に手をかけつつ話す。

 剣を抜けば、こんな悠長に話している余裕は無くなるだろう。



『インビディアは出現してないみたいだな』

『ということは、やはり私の好感度4のタイミングでしか出現しないのか』


 ケイとルウが念話で話している。

 私は背中に移植された翼を通して、2人の念話を聞いていた。

 登場しそこねたインビディアは、一体どこで何をしてるの?


『インビディアが出現しないと、不都合ある?』

『ヒロが進んでいるのは私のルートだから、魔王が出現しなくて、メインクエストがクリアできなくなる危険があった筈だね』


 ルウの話を聞いた私は、最悪の事態を想像して青ざめてしまった。

 インビディアの出現タイミングは、ルウの好感度が4になった直後に設定されている。

 ルウの好感度アップエピソードは少ない。

 チュートリアルフィールドでの出会いを果たさなければ、4まで上がるのはゲーム終盤頃になる。


 私はチュートリアルフィールドでの出会いイベントをクリアしている。

 神殿での暗殺者イベントも撃退成功しているので、その時点でルウの好感度は2。

 人界でのエピソードをあと2つクリアしたら、好感度が4になり、インビディアが出現していた筈だった。

 しかし、私はエピソード2の暗殺者イベント後に天界へ連れていかれ、人界でのエピソードをクリアせずにルウの好感度を5まで上げられている。


『おそらくサキの魔王化は、不具合調整の為にシステムがインビディアの代わりにしたんだろう』

『ヒロ、魔王を倒そう。これはゲームだ、クリア条件を満たさなければ終わらない』

『うん』


 不在のラスボスキャラの代わりになってしまったサキ。

 インビディアが出現しない魔王戦をクリアした後には、どんな結末が待っているの?

 台本とは違う展開に戸惑いと不安はあるけれど、ここまできたらやるしかない。

 私は聖剣を抜き放ち、白い翼を羽ばたかせて魔王に向かって飛翔した。


「下僕たちよ、天使どもと戦え」


 魔王が召喚した魔物たちが、私をスルーして後方の大天使たちに向かっていく。

 私も魔物はスルーして、魔王に聖剣で斬りかかる。

 魔王は魔剣で私の攻撃を受け止め、流すように払った後に切っ先を翻して斬りかかってくる。

 そこから続く連撃を、私は左手に出現させた小型の盾で防ぎつつ、右手の聖剣で反撃した。

 私の後方では、四大天使たちが魔物との戦闘に入っている。


 剣戟が続くうちに、私の身体のあちこちに傷が現れる。

 それは、魔王の攻撃によるものではない。

 身代わりの反撃(サクリファイスアタック)で庇っている相手=ケイが受けた攻撃だった。


『ヒロ! 俺は大丈夫だから、庇わなくていいよ』

『嫌! ケイに傷なんかつけさせない!』


 心配するケイが言うけれど、私は断固拒否した。

 ケイが痛い思いをするくらいなら、自分が傷を受けた方がいい。

 身代わりスキルは、装備が無くても使える。

 だから、たとえ私が全装備解除を食らったとしても、ケイを庇い続けることができるんだ。


(そういえば魔王、水滴石穿、使ってこないわね……)


 警戒しつつ戦っているけれど、魔王は装備破壊スキルを全く使わなかった。


「ちょっと聞きたいんだけど」

「なんだ?」

「なんで装備破壊スキル、使わないの?」

「只今貸し出し中だ」


 剣戟の合間に聞いてみた。

 魔王は、無表情で答える。


「……貸し出し中?」


 私がキョトンとした直後。

 それはどういうことか、ウリに起きたことで明らかになった。


「ぬぉっ?!」

「ウリ!」


 ウリと、近くで戦っていたミカが声を上げる。

 思わず振り向くと、ウリの盾が大破しているのが見えた。

 幸い、ウリはすぐに盾を放り投げたので、他の装備や衣服に破壊が広がることは無かった。


 水滴石穿を使ったのは、魔王じゃなかった。

 コウモリ型の魔物だ。

 本来は闇属性の【吸血】と【毒】を使う敵だった。


(まさか、コウモリにスキルを貸し与えたの?!)


 またも本来このゲームにはない魔王の性能に驚いた直後。

 魔王の剣が私の胸を貫いた。


「「ヒロ!」」


 ケイとファーが同時に叫ぶ。

 私は胸から背中まで魔剣に貫かれ、咳と共に血を吐きつつも、不敵な笑みを浮かべてみせた。

 死ぬほど痛いけど、チャンスだ。


 パッシブスキル【不屈の反撃】発動。


 私が受けたダメージに光ダメージが上乗せされて、魔王の胸を貫く。

 魔王の胸と背中から大量の鮮血が吹き出した。

 羽ばたいていた6対の黒翼の動きが止まり、虚ろな目をした魔王が地面へと落下していく。

 同時に、大天使たちの周囲の魔物が一斉に消滅した。


「無茶するなって言ったのに!」

「ふふっ、作戦成功だよ」


 ケイがこちらへ向かってスッ飛んでくる

 私は胸と背中から大量の鮮血を流しつつも、空中に浮かびながら微笑む。

 ケイは衣服が血で濡れるのも構わず、私を抱き締めてくれた。

 私はケイの体温を心地よく感じつつ、唇を重ねられ、治癒の力に身を委ねる。

 失血で意識を失う前に、私の傷は全回復した。


「魔王、死んだのか?」

「ううん、これで終わりじゃないと思う」


 ミカが地面を見下ろして問う。

 同じく地上に目を向けて、私は答える。

 落下した魔王は地面に仰向けに倒れたまま動かず、大量の血がその周囲に広がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る