第33話:黒い森の戦い

 人界の存亡をかけて、天界と魔界の戦いが始まる。

 魔王城は樹海のような森の中に出現していた。

 森の木々は闇の力を受けて変異してしまい、トレントという樹木の魔物となって徘徊している。

 森に棲んでいた生き物たちは逃げ出し、巣の中に取り残された雛や幼獣たちは餓死してしまった。


「浄化の慈雨は使えないから、荒っぽい浄化でごめんね」


 私は炎の紋章が浮かび上がる右手を黒い森に向けて、スキルを発動した。


 絆スキル:浄化の炎龍(改)


 火に対する抵抗力が最弱のトレントたちは、一気に燃え上がって消滅していく。

 森林火災とは桁違いの大火が森を覆った。


「神の御許へ還り、新たに芽吹け!」


 燃え残る大木トレントは、ミカが炎を纏う剣で斬撃を加えてトドメを刺す。

 漆黒の大木は、ボロボロと崩れて白い灰と化して散っていく。

 炎の龍は黒い森全体を巻き込んで旋回し、餓死した生き物たちの骸を火葬した。


「水の大天使(ジブリエル)には及ばないが、無いよりはマシだろう」


 灰になった森に、降り立つのはウリ。

 彼は地の大天使(ドルフェル)としての力を発動した。


 大天使スキル:地下水脈の開放


 森があった場所の地下にある水が、地面を割って大量に噴出した。

 その水も、辺りに漂う湯気も、魔王の力を退ける破邪の力を含んでいる。

 これで、この森が闇の力に汚染されることは当分無いだろう。


 本来なら、黒い森の浄化と生命の再生にはサキとの絆スキル【浄化の慈雨】を使う。

 浄化の慈雨であれば、もっと優しく穏やかに、黒い森を癒してくれただろう。

 しかしその力、今の私たちには失われてしまった。

 だから、森を焼き尽くして浄化し、灰に変えて新たな植物が芽吹くための肥やしにしたの。


「次が来たよ!」


 ファーが皆に告げる。

 言いながら、ファーは魔王城の方角へ複数の矢を放つ。

 ガーゴイルと呼ばれるコウモリのような翼を持つ魔物が数匹、その矢に射抜かれて消滅した。


「ファー、あれを使うよ!」

「OK!」


 今ではファーの好感度も3になっており、絆スキルが使える。

 出撃前、私はファーからも羽根を貰った。

 風の紋章は、右手首に刻まれている。

 このスキルは単体使用よりもファーと2人で使う方がいい。

 私はファーとの絆スキルを発動した。


 絆スキル:風舞連撃


 このスキルは私とファーの行動速度を大幅に加速し、攻撃回数を増やす効果がある。

 雑魚の群れ相手には、手数の多さでいえばミカの絆スキルよりも使い勝手がいいスキルだ。

 ファーと私は弓を手に、複数の矢を同時に放つ。

 音速で飛ぶ無数の矢は光を放ち、流星群のようにも見える。

 次々に射貫かれて、ガーゴイルの大群は全滅した。


「デカイのが出てきたぞ」


 ケイが私の隣へスッと近付いて言う。

 ガーゴイルたちが消えて見晴らしが良くなった魔王城から、巨大な翼竜がこちらへ向かってくる。

 そいつが口を開けた瞬間、私とケイの絆スキルが発動した。


 絆スキル:光の裁き(単体)


 翼竜の口から体内へ、光弾

 奴にブレスを吐く暇なんか与えない。

 強烈な光が体内で膨れ上がり、竜はまるで風船のように破裂して消え去った。


 翼竜が弱いわけではない。

 あの竜はレビヤタが従えていた黒竜の上位種だ。

 それが一撃で即死するくらい、光弾が与えるダメージ量が多いということ。

 このスキルは、本来このゲームには無い。

 私が進めるシナリオ限定のチートスキルだ。

 生命力が高い竜も、食らったら消滅を免れない。

 ほとんど即死スキルみたいなものかもしれないね。


 私はもう1発、魔王城めがけて【光の裁き】を放った。

 雷というよりも閃光の柱みたいな一撃が、魔王城の屋根をブチ抜いて城内に飛び込む。


「いるんでしょ? 魔王! 出てきなさいよ!」


 私はわざと強気な口調で呼びかける。

 もうサキはいない。

 シャイターンはサキじゃない。

 あそこにいるのは、システムに操られる人形みたいなものだ。

 私はもう迷いは捨てている。


「随分と派手な挨拶だな」


 魔王はさほど驚いた様子もなく、6対の黒翼を羽ばたかせつつ、大穴が開いた屋根から姿を現した。

 長い黒髪が、風に揺らめき乱されるのも気にせず空中に浮かぶ。

 女性的な美しさをもつ整った顔には、感情らしきものが見られない。

 怒りも悲しみも感じない虚無な心の持ち主、それが魔王化プログラムを実行されたラスボスだった。


「あなたと戦う覚悟を決めた。それを示したんだよ」


 私は腰に下げた鞘から聖剣を抜いて、魔王に向けて構える。


「俺も覚悟はできてるぞ」


 ミカも大剣を構えた。

 紅蓮の炎が、大剣を覆う。


「かつて友であった者を殺めるのは心苦しいが、人界を護るためなら仕方ない」


 ウリは片手剣と盾を構えている。

 魔王が水滴石穿(すいてきせきせん)を放ってきたら避けられるように、ウリは大盾ではなくバックラーと呼ばれる小型の丸盾を装備している。


「君はサキじゃない。サキの身体を乗っ取った悪魔を、私は許さない!」


 ファーは弓を構えた。

 普段の優しい表情とは違う、鋭い眼差しで魔王を睨む。


 四大天使は、同じ時の流れを生きてきた兄弟か幼馴染みたいな関係だ。

 その1人と戦わなきゃならないことは、きっと辛いよね。

 たとえ魔王が、水の大天使だった頃の記憶を失っていたとしても……。


 でも、戦わないわけにはいかない。


 人界をこれ以上蝕ませないために。

 たくさんの生き物たちを護るために。

 魔界側についた友を止めるために。


 私たちは、魔王を倒す。


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