中級魔法までしか使えないけどスキル同時併用《マルチ・インヴォーク》で世界最強
五月雨
第一章第一節 名もなき蒼の火種
蒼い空は、どこまでも遠かった。
その下で、青年アレン・リュースはひとり静かに魔法陣を浮かべている。
風の流れを読む。
土の感触を意識する。
水の気配に意識を染ませ、炎の温度を思い描く。
指先に宿った魔力が、六つに分裂して波紋のように広がっていった。
「……はぁ……まだ……四つ目で乱れる……」
アレンは膝に手をつき、荒い息を吐く。
額から滴り落ちる汗が地面の土に吸い込まれた。
本来なら魔術師でも一つ、熟練者で二つ、英雄級で三つ。
それ以上は神話の中の話だった。
けれどアレンは、幼い頃から“なぜか”魔力だけは分裂しやすかった。
その感覚を父が見抜き、「使い方次第で誰よりも強くなる」と励ましてくれた。
しかし――
どれだけ同時発動ができても、使える魔法の質が中級止まりでは意味がない。
中級魔法を百重ねても、上級魔法一発の“格”には届かない。
それがこの国の常識であり、だからアレンは村で“落ちこぼれ”と呼ばれ続けていた。
連日の鍛錬は、もはや孤独というより習慣だった。
夜明け前から森へ入り、日が暮れるまで魔力を細かく分割する練習をする。
目を閉じれば魔法陣が崩れる。
魔力が途切れれば全てが霧散する。
それでも――
「……まだだ。もっと……もっと細く、もっと正確に」
アレンは魔力の糸を自分の中でイメージし、さらに裂くように二本へ、四本へ、八本へと切り分けようとする。
頭痛が鋭く脳を刺す。
しかし、そこで踏みとどまるのがアレンの強さであり、弱さでもあった。
強さは、何度折れても立ち上がること。
弱さは、それでもなお届かない現実。
幼い頃に父が言った言葉――
『アレン、お前は絶対に強くなれる。魔法は“質”だけじゃない。“使い方”なんだ』
その声が、消えかけの焚き火のように胸の奥で揺らめいた。
だが現実は冷たい。
村では誰もアレンの才能を信じない。
同年代の中で突出したのはルカ・ヴェイス。
上級魔法を使える、村一番の才能の持ち主だ。
ルカは、いつだってアレンを見下してきた。
それは悪意からというより、純粋な“差”がそこにあるからだ。
──中級魔法しか使えない者は、魔術師にはなれない。
アレンも、それを痛いほど理解していた。
◆
訓練場は今日もざわついていた。
魔術師を目指す若者たちが魔法の訓練にいそしむ中、アレンが姿を見せると微妙な空気が流れる。
「あ、アレンだ……今日も来たのか」
「懲りないなぁ。中級魔法しか使えないのに……」
「なんか最近、妙に静かじゃない? 努力ってやつ?」
「いや、無駄だろ。上級使えなきゃ話にならねぇよ」
耳に刺さる声。
それでもアレンは表情を変えない。
心を閉じるのではなく、ただ――無視することに慣れすぎてしまったためだ。
「おい、アレン。来てたのかよ」
聞き慣れた声に振り返ると、そこにはルカが立っていた。
金髪を短く刈り上げ、鍛えた体つき。
近年まれに見る才能と、上級魔法を自在に操る天才。
少年たちは、憧れと畏怖を込めた眼差しでルカを見る。
アレンとは、まるで世界が違うかのように。
「お前さ、最近よく森で見かけるんだよ。何してんの? 中級魔法の練習?」
ルカの声には嘲笑が混じっていた。
「……まあ、そうだよ」
「無駄だって言ってんだろ。中級魔法なんて鍛えてどうすんだよ。魔術師になりてぇなら、上級使えるようになれよ」
言われなくても分かってる。
でも、使えないものは使えない。
だからアレンは、せめて“今できること”を伸ばすしかなかった。
「……俺は、俺のやり方でやるよ」
「はっ。強情な奴」
ルカは肩をすくめ、周囲に向けて指を鳴らした。
「よし、暇つぶしだ。アレン、お前、俺と手合わせしろよ」
「え……?」
「久々にさ。中級魔法でどれだけやれるか、見せてみろよ」
周囲がざわめく。
ルカとアレンの力の差は、誰もが知っている。
挑むまでもないと分かっている戦いだ。
だが――
アレンの目が静かに燃えた。
努力が報われないと分かっていても、それを見せて笑われるとしても。
それでも「やらなければいけない」瞬間は、必ず来る。
「……分かった。やろう」
ルカは満足げに笑った。
その笑みが、アレンの中の火種に静かに油を注ぐ。
◆
訓練場の中央。
両者が向かい合う。
風が止んだように感じた。
誰もが固唾を呑む。
「始め!」
その声と同時に、アレンは自分の“弱さ”に向き合った。
自分に足りないのは“質”。
だが、自分にしかないのは“同時併用”。
父の残した言葉が、今も胸で微かに光っている。
「……《マルチ・インヴォーク》」
静かな詠唱。
魔法陣が一つ、二つと展開する。
まだ完全じゃない。
まだ崩れやすい。
だけど――ここまで来るために、何百回崩れてきた?
何千回、倒れただろう?
努力は裏切る。
けれど努力は、積み重なって形を成す。
アレンは静かに息を吸った。
六つ目の魔法陣が、揺れながらも確かに浮かび上がる。
「……来いよ、ルカ」
その瞬間、ルカの眉がわずかに動いた。
馬鹿にしていたはずの相手が、思った以上に“並んでいる”。
そんな表情。
「面白ぇ……! じゃあ、俺も本気でぶつかってやるよ!」
次の瞬間――
二人の魔法が交錯し、訓練場が光に包まれた。
そしてアレンは、初めて“互角の衝突”を作り出した。
この日、誰も知らない。
アレンの中で確かに“強さの種”が芽を出した瞬間を。
そしてこの小さな火種こそが、
後に──
魔王軍を一瞬で薙ぎ払う“世界最強の魔術師”の原点となることを。
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