第33話 ターラル様からの贈り物
「お兄ちゃんの分の招待状は──」
「ないから。それじゃあ行ってきます」
舞踏会当日。
玄関ホールで思いっきり肩を落とすお兄様に見送られた私は、いつものようにターラル様の馬車でアルメー公爵邸へと向かう。
いつもの部屋に行くと、当たり前のような顔をしてジェーン様と侍女たちが待ち構えていた。
「待っていたわアビーちゃん」
「……へ?」
「今日は大事な日でしょ。貴女にとって初めての舞踏会なのだから」
このペネトレイク王国では、令息や令嬢たちにとってデビュタントにあたるのが、先月行われた成人の儀だ。
でも他国の影響もあって、はじめての舞踏会もまた特別なものとみなされている。
「さあさあ、ター君は別室で待っていてちょうだいな」
「母上に言われなくとも」
ターラル様が出ていった室内で、私は頭のてっぺんからつま先まで、リズをはじめとした侍女の皆にしっかりと磨きあげられていく。
……などと考えていると、ガタンと大きな音が響く。
いつの間にか鏡の端、
「? お嬢様、いかがなさいました?」
「今の大きな音は何かと思って」
「舞踏会用のドレスが到着したようですね。見に行きましょうか」
リズの提案に、こくりと頷く。
彼女の方が私よりもわくわくしているみたいだ。箱の前まで来ると「開けたい」という気持ちがひしひしと伝わってくる。
「開けても大丈夫よ」
「! それではお嬢様にかわりまして
リズが蓋を開けると、私は思わず目をしばたたいた。
少なくとも一介の子爵令嬢が、舞踏会の会場以外で目にするものではないというのだけは理解できた。
「──⁉ こんなに豪華なドレス、一体どなたからかしら」
リズが箱の中から丁寧な動作で取り出したのは真っ赤なドレス。
とても濃い赤色で染められているようなので、染料だけで我が家の半年分ぐらいの生活費はゆうに超えてしまうのではないかしら。
まるで花畑かと錯覚してしまうほど華やかで、それでいて見た目からして軽やかな印象を受ける。
「もちろんご主人様ですよ。先日、ドレスショップでサイズを合わせていましたよね」
「あれのことね! 染色されていて色が全然違うから、気づけなかったわ」
はじめて貰った推しからの贈り物。
そのまま大切に保管して飾っておきたい──という
ターラル様が今日のために用意してくれたと思うと
着替え終わると、鏡の中に映っていたのはまるで別人のような私だった。
「さすがお嬢様です! ご婚約前は寒色系のドレスをよくお召しでしたが、とてもよくお似合いですよ!」
「そうかしら?」
ターラル様が──偽の婚約者とはいえ──私のために見立ててくれたドレスが似合っていると言われただけで、心の底から嬉しくなってしまう。
赤いドレスはデコルテが開かれていながらも品よく仕上げられていて、幾重にも重なるチュールレースが華やかだ。
それでいて見た目通り着心地は軽やかで、どれだけでも踊れてしまいそうな気持ちになる。
ためしにその場でくるりと一回転してみると、真っ赤なスカートが大輪のバラのように咲き誇り、リズがうっとりした笑顔で拍手したのだけれど。
よく見るとスカートのところどころが不自然に光っているのに気づく。
「リズ。……スカートについてるこれ、ルビーかしら?」
「おそらく。お嬢様が大聖女だからこそ、同じ色でも輝いて見えるのかと。あ、箱の隅の方にルビーのネックレスや髪飾りもありますね」
リズに言われてそちらも振り向けば、ネックレスが真ん中の大ぶりのルビーを際立たせるように小さなダイヤモンドが周りを囲んでいた。
「これ、私が身に着けてもよいものなのかしら?」
「お嬢様はご自身がどなたの婚約者か忘れてませんか?」
「っ! そうね」
私たちの婚約の真実を知らないリズがまっすぐな目を向けてくる。
早々に白旗を上げた私は、先ほどまで座っていた鏡の前の椅子に戻った。
当然ではあるのだけれど、いかにも高そうなネックレスは真っ赤なドレスにぴったりで、パズルのピースがはまるかのよう。
揃いの髪飾りが映えるように結い上げられた髪型も、リズたちが頑張ってくれたおかげで複雑に編み込まれていて、見た目からして豪華な仕上がりになった。
先端の方はふわりとウェーブを描いてボリューム感があるおかげで、自分の肩幅のはずなのにいつもより狭くなっているようにも見える。
そうしていつもより大変な仕事終えた侍女たちは、けれどどこかいつもより楽しそうに話していた。
そんな色めき立った室内に、外側からノックが響く。
もちろん、今この部屋に用事があるであろう人を私は一人しか知らないわけで。
「準備できたようだな」
「ターラル様っ!」
手ずから扉を開いたターラル様は、まっすぐ私の方へと向かってくる。
普段見回りの時に彼が着用しているものよりも、
丈の短いマントを止めている大粒のラピスラズリは、銀細工で縁取られていて丁度よいアクセントになっている。
ターラル様は私の瞳と同じ色の宝石を着用していて、私に贈ったドレスや宝石は彼の瞳と同じ赤。
彼の手にかかれば、誰がどう見ても婚約者を愛しているようにしか見えないようにするのは余裕らしい。
じっさい、視界の端には一番騙すのが難しそうなリズですら嬉し涙をこらえている姿が映っているぐらいだもの。
──それからターラル様の服選びの天性の才もそうなのだけれど、私の演技もこの一か月でなかなか
「こんなにも素敵なドレスをありがとうございます」
「婚約者に贈り物をするぐらい、どうということはない」
ターラル様は跪くと、自然な動作で私の手の甲に口づけを落とす。
片膝を床についた時点で笑顔を浮かべつつ心を無にすることに成功──するはずもなく、突然の供給に私の顔は熱を帯びるばかりだ。
侍女たちの黄色い声が上がると、ターラル様は私の耳元でそっとささやいた。
「このドレスを着ているアビーを一番に見ることができたのが俺ではないのは少々癪だが……。悪くない気分だ」
「?」
ターラル様が他の誰にも聞こえないように、小声でぼそりと呟く。
この「悪くない気分」の意味を知るのは、満月に照らされた王都へと馬車が出発したあとのことだった。
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