第29話 私の意志(1)

「広い……! ここが銀行なのね」


 馬車を降り、ターラル様にエスコートされてはじめて訪れた銀行の中は天井が吹き抜けになっていて、ものすごく広々としていた。

 二階の窓は北以外の三方から光が入ってくる構造になっており、昼間であればどの時間帯でも外光を取り入れて、いつでも手元が暗くならないようになっているようだ。


 私とリズ以外に女性の姿はなく、利用者も職員も男性ばかり。

 使用人と思わしき方の姿も多いけれど、ほとんどが四十代以上といった容姿をしていた。


 お金を扱うというだけはあり、長期間仕えて信用された方たちが来ているのだろう。

 そんな中で女性が二人、そして男性であるターラル様も若いとなると当然目立つわけで。


「おや、ターラル・アルメー様ではございませんか。本日はどのようなご用件で?」

「今日は仕事の一環だ。近日中にこちらにいらっしゃる大聖女様が大聖堂から給金を支給されるのだが──」


 ターラル様が「大聖女様」と言ったからか、それまでもいくらか集まっていた視線が、自然と二倍、三倍と増えていく。


 隣にいるリズがそれを見るたびに口角を上げていくので、今日こそはまた変なことを皆に吹きこまないかを見ておかないと。

 ……と意気込んでいると、ちょうど話が終わったらしく、私たちは奥へと招かれる。


「ターラル・アルメー様ですね。本日はどのようなご用件で?」


 突然話しかけてきたのは、私たちに同じくらいの年頃の若い男性だ。

 ターラル様が「ああ」と口にしながら、私に視線を向けると彼は私たちに背を向けてこちらを振り返る。


「どうぞこちらへ」


 案内人の方に続いて階段を上った先は、吹き抜けの二階だった。

 右手には先ほどまでいたホールが広がっていて、落ちないように木製の欄干らんかんが備えつけられている。


 通路の中ほどまで来たところで、男性は扉を開けて私たちの方を振り返った。


「あいつのことだ。今日もすぐに来ることだろう」

「?」


 ターラル様の方を見ても、「あいつ」が誰なのかは教えてくれるつもりはないみたいだった。

 気になるけれど考えても仕方がないので、大人しく部屋に入る。


 室内はがらんとした見た目の印象に反して、かなり狭かった。

 カトラ子爵家のお屋敷にも、ここまで狭い部屋はない。


 それでも有力者が訪れる施設だからか、フローリングの上から敷かれている絨毯じゅうたんは私でも目がチカチカするぐらいに複雑な唐草模様アラベスクが織り込まれていて、見るからに高級品だ。


 そんな手狭な部屋の中央にはポツンとローテーブルとソファが置かれており、こちらも見るからにふかふかで、座ってみたらやっぱりふかふかだった。


 私の隣にターラル様が腰を下ろしたちょうどそのとき。

 部屋の外から、リズの大きな声が聞こえてくる。


「私も入室したいです!」

「当店は機密事項も多く取り扱っているの場でもありますから、関係者以外の方の入室はお断りしております」


  扉の方を振り返ると、案内人の方がリズの入室を阻んでいた。目に見えてリズが肩を落とす。

 「下で待っていてちょうだい」と声をかけたら生気が戻ったのでよしとしましょう。ええ。




 リズたちが去ってからしばらくして、扉が開かれる。

 入ってきたのは、先ほど案内してくれた方とは別の若い男性だ。


「お待たせしました、メー殿」

「そこまで待ってはいない」


 ターラル様のことを「メー」と呼ぶ方がいるなんて。

 そんなことにちょっとびっくりしながら、彼の相貌そうぼうを観察する。


 身長はターラル様とほとんど同じで、もう秋なのにしっかり日焼けしたような浅黒い肌。

 ゆったりした袖からはっきりと鍛え上げられた腕がのぞく。


 生成りの布を頭に巻くという、一見この国だと奇妙に見える服装。

 たしか東の方の──。


「もしかして、マクブル帝国の──」

「おや、本日のご利用希望者様はずいぶんと博識なようですね」


 彼は扉を閉めると、私たちの向かいのソファに腰を下ろす。


「メー殿──次期アルメー公爵様の担当をしております、クナブ・アルムトゥヌグと申します。どうぞお見知りおきを、光り輝く大聖女様」


 自身の左胸に手のひらを添え、鷹揚おうようと挨拶したクナブ様は、不敵な笑みを浮かべた。ぞくりと鳥肌が立つ。


「おや、まさか私に結婚のご報告でも? 生憎あいにく、私は忙しいのでそのような話なら──」

「違う。今日は彼女のために」

「──なるほど。開設、ねえ」


 先ほどまでの張り詰めた空気はどこへやら。

 もしかして、クナブ様は何事にも妥協だきょうしないタイプの方で、ターラル様が私を見せびらかすためとかいう、常識的に考えたらありえない理由で来たと勘違いしていた、とか……?


「つまり、メー殿は本日は大聖女様のためにいらしたと。ですが、当人が子爵領の発展を願っているというのであれば、なおさら開設は不要ではありませんかな?」


 大袈裟おおげさに両手を広げ、首を横に振るクナブ様。どうやら銀行を使わせてくれるつもりはないらしい。


 このままだと、私の大聖堂とターラル様から貰えるお金はお兄様──というか、下手をすればろくに領地運営も出来ていなさそうな方の手に渡ってしまいかねないわ。


「それほど女性である彼女にはここを利用させたくないと?」

「性別の問題ではありません。マクブルはたしかに、この国よりも男尊女卑のきらいがあります。しかし、さりとて我々も商売人。郷に入らば郷に従えというのが鉄則と言いましょうか」


 クナブ様は私のことなど眼中にないようで、ターラル様とのお話を優先しているようだ。

 そして何らかの発言がターラル様の神経を逆撫さかなでしたのか、いつの間にか彼は歯を食いしばるようにしてクナブ様と相対そうたいしていた。


 そんなふうに私が油断していたそのとき。


「では質問です。大聖女様──アナベル殿と言いましたかな?」

「っ? ……ええ」


 突然、先ほどまで私のことなど気にも留めていないというような素振りを見せていたクナブ様の会話の矛先が、私に向けられる。


 もう秋も盛りだというのに、じわりと嫌な汗が背中を流れていく感触を覚える。


「当行はカトラ子爵家の資金を預かっておりますが、アナベル殿は何ゆえに分けることをお望みで? おっと、メー殿には聞いておりませぬゆえ、口出しは厳禁ですぞ」


 クナブ様の言葉が再び隣に座っているターラル様に向けられたかと思うと、彼は机の下で右手を強く握りしめているのが目に入る。


 その様子を目にした次の瞬間、私は思わず彼の右手を両手でぎゅっと包み込んでいた。

 ターラル様の息を呑む声が耳に届く。


「アビー?」

「彼らの助力を一番に必要としているのはターラル様ではなく、私です。ですから、ターラル様は何も気に病む必要なんてないんです」

「おやおや……。やはり惚気のろけということで」

「ではないです! そこはお間違いなく」


 まっすぐ、クナブ様の目を見ながら言い切る。


 よく観察してみると、彼の瞳も濃い赤色のようだ。

 形は違うけれど、暗闇で見ればきっと色はターラル様とそっくりなのだろうなと思う。


「ご質問、でしたね。我が子爵領ですが現在、領地運営をしているのは兄ではないのです」

「それは部外者の私が聞いても、問題のない範囲ですかな?」


 少々内容が迂闊うかつだったかもしれないわ。

 それでも、ここを説明しなければ先には進めないのだから仕方がない。


「はい。クナブ様はご存知なのでしょう? 両親が他界して以来、カトラ子爵領を統治しているのは子爵の兄ではなく、他の者だということを」

「それは勿論もちろん


 やはり、その領政を手伝ってくれている人はカトラ子爵家の財産に手をつけたのだろう。

 でなければ両親がいた頃は豊かだった我が家が、急に落ちぶれるなんてありえない。


 ……でも、と思う。

 それならお兄様はどうして、他の人に替えないのかしら? もちろん、私が考えても仕方のないことなのだけれどね。


「財政状況も、ですよね」

「当然です」


 クナブ様はそれ以上を語ることはなかった。

 それでも、この銀行はカトラ子爵家の財産の出入りを実質的に管理しているのだから、私よりもずっと詳しいことは少し考えればわかる。


「でしたらなおのこと。私のお金を、子爵家のそれとは分けて管理していただきたいのです」


 クナブ様の目をまっすぐ見つめながらお願いする。

 ……けれど彼はため息をつくと、私を冷ややかな視線で見下ろした。


「心の清い大聖女様は我々がどのような組織かご存知でないようですね。──それに、先ほどから子爵家と財布を分けたいとおっしゃいますが、それは本当に貴女の意志ですか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る