第28話 いざ銀行へ
「お兄様、どうしました?」
「アビー! 今日は大聖堂に行かない日ではなかったのか?」
ターラル様が用意してくれているというドレスを見て、はじめて二人でダンスを踊った日から一週間ぐらいが経ったある日。
部屋からアルメー公爵家の馬車の姿が目に入った私が、支度をしてリズと共に階段を降りた
階段の上から私を呼び止めたのは、私たち以外で唯一この屋敷に住んでいる人。
現カトラ子爵のサイラスお兄様その人だった。
「ええ。休みだけれど、ターラル様と約束があるの」
「約束? 最近町でアビーとその次期公爵様の話が広まっているらしいが……まさか仕事をさぼっている訳ではないな?」
「そのようなことはしていないわ。きちんと、お勤めしているもの」
ここ最近はターラル様とダンスの練習をすることもあるけれど、基本的には
万が一、私が死んでしまったり、大けがを負ってしまったらターラル様たちの責任にもなってしまうもの。
お世話になっている上にそんなことになったら、申し訳が立たない。
けれどいつから、どのような日程でどの地域に赴くのか。そこまでは決まっていないので、王城と大聖堂の話し合いを待っている状態なのだ。
そもそも、先日の一件は私が狙われしまっていた可能性もあるというだけあって、慎重な意見も多いらしい。
仮に行けるとしても、来週クウェンク殿下の名で開催される舞踏会──開催者本人いわく、私たちの婚約が怪しまれないようにするための一環らしい──が終わってからの予定にはなってしまうのだとか。
でもお兄様に伝えたら「そんな危険な地域にアビーが行くなんて絶対駄目だ!」と言いそうだから絶対に秘密ね。
他にも、本当の意味で働いていると言ってよいか怪しいのだけれど、大聖堂に与えられた部屋でバザーの際に売り物として出せそうな
ちなみに、赤や黒の糸を使ったものがほとんどになってしまっているけれど、私が作るのだから推しの概念ぐらい入れてもいいわよね?
「アビー? 黙るなんて隠し事でもあるのかい?」
「全然! ほら、クウェンク殿下から招待状が来たという舞踏会が今度あるでしょう? そこで私がダンスを失敗してターラル様にご迷惑をかけたらと思うと」
「それならお兄ちゃんでも力になれると思うよ。ほら、小さい頃よく踊っただろ?」
「ご本人が良いとおっしゃるのだから、当日のことを考えてもターラル様と練習する方がいいと思うの。それにお兄様はいつも遅いのだから、今日ぐらいしっかり休まないと」
お兄様が休むことにしたのは私が休みを取ると言ったから、らしい。
お兄様なら妹が心配のひとことをかければ、喜びながら涙を流して引き下がってくれる……はずなのだけれど、今日のお兄様はひと味違った。
「リズのことをまだ気に病んでいるのか?」
「子爵様、お言葉ですがお嬢様が私のことで気に病むなんてあり得ませんから」
キリッとした顔でリズがお兄様にそう言い放ったそのとき。
後ろの扉がゆっくりと開く。
「なかなか出てこないと思ったら、家族会議中だったか」
「ターラル様っ⁉」
彼が来ていたのは馬車が到着していたから分かったけれど、彼の手というか足を
私たちの真横を通り過ぎた彼は、赤い瞳を二階のお兄様へと向ける。
対するお兄様は、遠目にも分かるぐらい歯ぎしりしているようだった。
「これから私たちは練習があるので、
「はい」
私がターラル様に差し出された手を取ると、後ろから慌てふためくお兄様の声が聞こえる。
お兄様は私たちの婚約の理由を「身売り」だと思っているらしいし、とすると妹が大変な目に遭わないようにしたいというのがお兄様の心中なのかしら。
じっさい、金銭のやり取りがあるという観点から見れば、完全には否定できない部分もあるにはあるので、そこについては合ってはいるのだけれどね。
そんなわけで馬車に乗り込んだ私たちが向かう先は、もちろんいつも通りアルメー公爵邸……なのだけれど。
「大聖堂から受け取る給金を直接君が持っておくと、君の身に危険が生じるかもしれないからな」
「こんなことにお付き合いいただいて申し訳ありません」
「いずれ必要なことだ。それにいくら大聖女とはいえ、君一人となると
お兄様にも伝えたとおり、今日も今日とてダンスの練習はする予定なのだ。
でもそれよりも大事なことがある。
「通常であれば、君が大聖女の職務で得た給金も、君の兄であるカトラ子爵の財産となってしまうからな。多少の額は目くらましに子爵家の方に入れてもらうにしても、全額入れると意味がないのは火を見るより明らかだ」
「そうね。お兄様は領地のためのお金もかなり使い込んでしまっているみたいだもの」
具体的な金額を聞いているわけではなくて、お兄様がたまに税がどうこうとか叫んでいる内容からの推測だ。
「それでお二人して今日は特別に休みをいただいたということなのですね。それにしても子爵様は相変わらずですね」
リズの確認に私は首肯した。
お兄様はさておき、ターラル様も私と同じで今日はお休みなのだ。
働いて得たお金が通常なら「カトラ子爵家」の財産となってしまうところを、私個人の自由にできる財産とするには、銀行で手続きをしなくてはいけないらしい。
……というわけで、これから私たちはその手続きに向かうのだ。
安息日には当然銀行もお休みなので、行くための方便として「舞踏会に向けて本格的にダンスの特訓をしたい」と言ったらオルドー様は
銀行で用事を済ませた後はみっちりダンスする予定なので嘘は言っていない。
そんなふうに自分に言い聞かせていると、リズから疑問が飛んできた。
「でも直接向かった方がスムーズでは?」
「今のアビーの服装では、何か後ろ暗いことがあるのではと怪しまれてしまう可能性もある。いくら彼女が光っているとはいえ、誰も大聖女様がこのようなラフな服装をしているとは思わないだろう」
ターラル様の言うとおり、今の私の服装はこの前時計塔の広場にいた町の皆と大して変わらない。端的に言えば、庶民の服装だ。
銀行にお金を預けるのは、平民だと
……となると、平民の服装をした女性が銀行でそんな手続きをするなんて、もってのほかという話らしいのだ。
それに私が光っていることで大聖女だと理解してもらえたとしても、いつも大聖堂に行く時のようなきちんとした服装をしていないだけで「隠れて何かを企んでいる」と勘違いされてしまう可能性もあるのだというからこわい。
もちろん、分けて大丈夫という話になった時には「ターラル様の婚約者のふり代」もここに入れてもらえることになっている。
彼との関係はお金ベースのものだと思うとちょっと悲しいけれど、領民のために使えるお金が増えると思えば、そんな気持ちも少しだけ和らいでくれた。
「着いたぞ。……アビー?」
「あっ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていました。すぐ準備しますね」
いつものように馬車を降りて公爵家の侍女たちに着替えさせられた私は、すぐさまターラル様やリズと共に馬車に戻り、銀行へと向かったのだった。
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