第18話 殿下の差し金
昨日と同じで、馬車が停まったのは大聖堂の裏側の一角だ。
庭園はやっぱりアルメー公爵邸同様によく手入れされていて、荒れ放題の我が家とは大違いね。
……
「アビー、手を」
ターラル様の形式上のエスコートを受けて馬車を降りる。
エスコートする動作のひとつひとつが丁寧なのに、クウェンク殿下やジェーン様から話を聞く限り、今まで婚約者がいたことはないというのだから、きっと家庭教師に教えてもらって頑張ったのだろう。
家庭教師がたっぷりエスコートされていたかと思うと、ちょっと羨ま……私も役得なのだから何も言えないわね。
そのまま大聖堂の裏口に向かって二人で歩いていると、内側から誰かが扉を開く。
遠目だからよく分からないけれど髪が短く切り揃えられているし、背も高いみたいだし若い男性祭司といったところかしら。
私たちは彼のことを気にせずそのまま扉へと向かうと、彼は扉を閉め終わったところで私たちの存在に気づいたらしい。
はっと背筋を伸ばすと、私たちのもとに早歩きでやって来た。
ターラル様が心なしか不機嫌な気がするのだけれど、なぜかしら?
「お待ちしておりました! 貴女様が大聖女様ですね?」
「見ない顔だな。何者だ?」
ターラル様の言葉に「それはそうですよね、自己紹介もまだですのに失礼しました!」と指を揃えた右手を胸に当てながら跪く。
声も低いので、やっぱり男性であっていたみたい。
「まさか、こんなにも尊い方にお会いできるだなんて──ああ、神様!」
「貴方もお分かりなのですね! いかにお嬢様が尊い存在かを!」
「勿論!」
いきなり祈りだした祭司さんにほんのちょっと引いた。
それに同調するリズもリズだけれど、つまり彼はリズの同類ということなのかしら。
でも、神に仕えるのが祭司なのだから、大聖女と会えた嬉しさでいきなり祈りはじめるのは彼らとしては当然のことなのかもしれないわね。
オルドー様はそのようなことをなさらなかったけれど、年の功というものなのかしら。
それにしても、彼が涙を流しているように聞こえる気がするのだけれど。
などと疑問に思っていると、ターラル様は私の肩をポンと軽く叩いて、再び私の腰に腕を回してエスコートの姿勢を取る。
「行くぞアビー。こいつのことは放っておけ」
「? よいのかしら?」
「いいと思いますよ。ご主人様は私やお嬢様よりこちらのことにずっと詳しいので。それに、冷静に考えたらお嬢様が減りますし」
「私は減らないわよ?」
それまでずっと黙っていたリズが突然訳の分からないことを言い出すものだから苦笑してしまった。
それはそうと、ターラル様のことを「ご主人様」という彼女に、そういえば今リズにお金を払ってくれているのもターラル様だったな、と思い出す。
再び推しに促されるまま、男性祭司の横を通り抜けていく。
というわけでターラル様が扉を開けたちょうどそのとき。後ろから「お待ちください!」と大声で引き留められた。
「お待ちください、大聖女様!」
「振り返るな。捨て置け」
「殿下が言っていたのはこういうことでしたか! お待ちください!」
「でんか? ターラル様、もしかしてあの方はクウェンク殿下の」
「やはり差し金だったか。彼女が光っていることに感動しこそすれ、驚いた様子もなかったからな」
ターラル様の指摘にはっとする。
最近は特に昼間の空の下だと視界が慣れてきてしまったけれど、私は光っているのだった。
隣からクッと楽しそうな笑い声が届く。
ターラル様が青年祭司の方に向き直った。彼をこのまま放置していくつもりはないみたいなので、私も同じようにそちらを振り返る。
「ばれてしまいましたか。私はそちらの次期公爵様のご指摘通りクウェンク殿下の差し金こと、ポーシブと申します。どうぞよしなに」
私たちのもとまでやって来て、そう自己紹介したポーシブ様は再び胸に手をあてて跪く。
あらためて見れば丁寧な動作で、貴族とのやり取りにも慣れていそうだ。
そんな彼の視線は、どこか楽しそうなものだった。
「さすがは大聖女様。あの
「君のプライベートに関わることだ。どうせクウェンク殿下はご存知なのだから、話したくないなら話す必要はない」
たしかにターラル様の言う通り、クウェンク殿下なら私の人生をまるまる調べてしまっていそうね。
聖女になってまだ数日なのにそこまで……と思ってしまうけれど、彼なら私のこれまでの人生を何でも知ってそうな気がするのだけはちょっと怖い。
「次期公爵様のおっしゃる通り、大聖女様がお答えになりたくないことなら、黙っておいても大丈夫ですよ」
「そうね。であれば黙秘権を行使するわ」
「左様で」
ポーシブ様は再び深々とした礼を取ると立ち上がった。
一瞬、残念そうなため息が聞こえてきたのはばっちり耳に入る。
私に聞こえないようにしようとした努力は認めるけれど、動きを見れば分かってしまうのよ。
そう思ったけれど、クウェンク殿下の部下ならわざとやっているのかもしれないわね。
「ところで、オルドー様はどちらに?」
「筆頭司祭様でしたら、大聖女様に感謝しにいらっしゃったお客様を
「まあ。私に?」
私、誰かを助けたことがあったかしら?
少なくとも聖女の力を使ったのは、ターラル様のお屋敷の一件ぐらいだし、昨日の儀式は聖樹が大きく成長しただけよね。
それとも、私が光ってしまう前からの知り合い?
でも貴族とはいえ子爵家であるカトラ子爵家と交友関係のある相手に、この大聖堂の中で一番偉いらしいオルドー様が相手をしなければならないような人なんていたかしら。
「ポーシブ様、それでそのお方というのは一体どなた?」
「王国騎士団の団長、ナハト・コルセドール侯爵閣下です。それから私の呼び方ですが、ポーシブで結構です」
ポーシブ様、もといポーシブが口にした我が家とまったく接点のなさそうな方の名前に、思わず首をかしげる。
隣からは、心なしか舌打ちが聞こえてきた気がした。
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