第12話 就任の儀

 入室前に相談したとおり、私はターラル様にエスコートされて大聖堂の最奥さいおうの間に足を踏み入れる。

 カツカツと響く私たちの靴音の他に聞こえてくるのは、川のようなせせらぎだけだ。


 部屋の中は、左右の壁際に用意された階段状の席のほとんどが年配の紳士たちによって埋められていた。

 空気もぴんと張り詰めていて、いやおうでもここが王国内でも最も神聖な場所なのだと感じさせられてしまう。


 そう思った矢先、部屋の左右からささやき声が聞こえてきた。

 もとが静かな空間だからか、本人たちは内緒話をしているつもりなのかもしれないけれど、やけに響く。


「娘が言っていたがまさかここまでとは。それに隣にいるのはアルメー公爵家のターラル君ではないか?」

「私も噂には聞いていましたが、まさか本当に大聖女様の復活とは思いませんでしたよ。どうやら公爵家は早速動いたようですね」

「同じ時代を生きることができる──何とありがたいことか」


 私とターラル様の関係を指摘する方がいるのは予想していたことだけれど。

 中にはこちらに向かって突然拝みだす人もいて、正直ちょっと引いた。


 とはいえ、室内に神秘的な空気が漂っているのは人の声がしても変わることはない。


 一般公開されている表側の祈りの間とは異なり、こちらも廊下同様に白亜の宮殿だ。

 何なら床も壁も柱も、貴族たちが座っている腰掛こしかけの段差も、部屋の中の何もかもが白一色に統一されている。


 部屋の中央に浅く掘られた泉からは、入り口の左右の床下へと続く水路に向かって、水がこんこんと湧き出す。


 その出どころは、正面にある私の肩丈ぐらいの高さの少し青みがかった光を放つ、真っ白な植物の根元のようだ。


 幹は魔樹まじゅを白くしただけようにも見えるけれど、樹冠じゅかんには淡い水色の葉がいしげる。

 風もないのに揺れるそれらが触れ合うたび、しゃらしゃらと音を立てて心が洗われていく。


 不思議な木の前に着くと、エスコートを解いたターラル様がひざまずいた。

 少し視線を上げれば、段差の上にはクウェンク殿下にオルドー様──そして二人の間に座っていたのは壮年そうねんの男性。


 ──私も咄嗟とっさに淑女の最敬礼をしようとしたのだけれど、それよりも前に中央に座っていたその男性に制止される。


「そう畏まらでよい。楽にしなさい」


 私たちに向けられた言葉に、ターラル様は「ありがたきお言葉」と立ち上がる。

 対する私の頭の中は、国王陛下に人生ではじめて至近距離でお会いしてしまったという状況に、頭の中が固まっていた。


 オルドー様とターラル様の間に座っているし。

 右後ろの壁際には豪華な鎧を着用している、痛そうな古傷をつけた壮年と思わしき隻眼せきがんの騎士様が剣を床に突き立てて控えているし。


 ……というわけで、彼が国王陛下なのは間違いないと思う。

 重厚感たっぷりの王冠を載せたクウェンク殿下と色が揃いの金髪は、彼と違って縮れ毛になっている。


 そんなこの国で最も高い地位にいらっしゃる彼からまっすぐと私に向けられる視線。

 心の奥底まで見透かされているのでは? と思ってしまうほどにまっすぐなそれに、彼がクウェンク殿下の父なのだということを思い出す。


 さすがは初対面で「貴女の身の上は知っていますよ」と牽制けんせいをかけてきた方のお父君というだけはあるわ。


「名を名乗りなさい」

「はい。──アナベル・カトラと申します」


 今度はきちんと腰を低くして、最敬礼を忘れない。

 ここで失敗したら、せっかくのお金を稼ぐチャンスも絶たれてしまうかもしれないもの。


 視線を下げているから、陛下がどんな表情をしているか私からは見えない。

 「おもてを上げよ」と言われてようやく陛下の顔を見上げると、まじまじと見られていたことに気づく。


「大聖女の誕生とは、まさに建国以来の出来事。この国が重ねてきた歳月に比べれば、ずっと短い余の人生でこのようなことがあるとはの。して、これほどまでに神々しいとは」

「ですから、父上にお伝えしましたでしょう? 神の使者の存在のごとく光り輝いていると」


 思ったよりもクウェンク殿下からの評価が高かった。

 ……いえ、これを「高い」と表現するのはちょっと違うわね。


「ここまで大袈裟おおげさに言う必要はあるのかしら?」

「また思考が口からこぼれているぞ」

「え」


 横から飛んできたささやきは、ターラル様の呆れたような指摘。

 周囲を見回してみると、なぜか先ほどまでとは別の意味で皆が言葉を交わしている。


「大聖女ってもしかして高慢こうまんちきだったりはしないよな?」

「アルメー公爵家に取り入ったのももしや。……そうでないといいのですが」

「──静粛セいしゅくに!」


 国王陛下の威厳ある一言で、にわかに盛り上がった聖堂内はしんとした静まりを取り戻した。


 けれど失敗したかもしれない。

 これ以上悪口が広まらなくて助かったけれど、不満というのは押さえつけられるほど後からの反動が怖いものだ。


 社交界で一度ついた悪評を帳消ちょうけしにするのは大変なことだとお母様も言っていたし。

 へたをすれば、ターラル様に嫌われるどころの話ではない。


「皆も知っておろうが通常、聖女となった者は儀式の時に一時的に光るだけだ。しかしこの通り、彼女は儀式を終えて半日以上が経過してなお、光を保ち続けているそうだ。今までの儀式で一度も再現されることがなかった、異常な事態とも言えよう」


 そもそも成人の儀も、私は出ないつもりだった。

 だってお兄様の話を聞く限り、着ていくドレスも用意できなさそうな経済状況だったから。


 けれど、我が家は貴族なので体裁は保つ必要があるし「将来結婚する時に足枷あしかせになるかもしれないから」とお兄様が資金を捻出ねんしゅつしてくれたおかげで、何とか衣装を用意できたというのが実際のところだ。


 その話を聞いた時は何て無駄遣いを! と思ってしまった。

 でもそのおかげで聖女になることができたし、お給金も貰えることになった。人生悪いことばかりではない。


「ゆえに、彼女を大聖女に任命することは決定事項だ。──大聖女アナベル、聖樹せいじゅの前へ」

「片膝をついて、両手を合わせて指を交互に絡めるだけだ」


 国王陛下のお言葉のあと、ターラル様からの耳打ちに頷いた私は、神秘的な輝きを放つ木のそばまで進み出る。


 祈りって何を祈ればいいのかしら。子爵領……ではなく、やっぱりこの国の安寧あんねいかしら。

 ターラル様のアドバイス通りに手を組み、目を瞑って祈りを捧げてみれば。


 突然、目の前でミシミシミシと大きな轟音ごうおんが鳴り響いた。

 驚きのあまり祈るのをやめて上を見上げると、聖樹せいじゅが天井ギリギリまで伸びているのが目に入る。


 何なら、先ほどまでと違って優しい光をたっぷりと放っている。

 私の光が聖樹せいじゅにも移ってしまったようで、先ほど若干怪しい音が鳴っていたのが嘘みたいに神々しい。


 祈りをやめるのがあともう少し遅かったら、私たちは瓦礫がれきに押し潰されていたのでは? そんな恐怖が一瞬頭の中をよぎったぐらいだ。


 いくつもの青白く輝く葉が聖樹せいじゅからひらひらと落ちてくるという神秘的な光景の中、オルドー様が感嘆かんたんの声をもらす。


「これが大聖女様のお力……」

「お主も知らぬとはの」

「大聖女様のお力をご存知なのはこの国、母なるペネトレイク王国だけでしょうて」

「違いない」


 王国が誕生した時以来のことなのだから、当然この王国以外誰も大聖女の力なんて知らないというのは言い得て妙ね。


 とっても素敵な笑顔で声をあげて笑う国王陛下とオルドー様に、皆がざわめく。


 私はターラル様推しなので分からないのだけれど、噂ではイケオジがよいと仰る方もいるのだとか。

 きっと彼らの中にもそのような方がいるのね。


「これが、大聖女様の力か……」


 でも、そんなことに会場内の注意が向けられていたからか。

 ──国王陛下の側に立っていた騎士、第三のイケオジと言っても差し支えない騎士様についていた痛ましい傷跡が消えて、両目が見えるようになっていたく感動していたということには、私を含め誰も気づいていなかった。

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