抱擁
「最後の最期まで、あの人は新選組のために生き抜いたんですね」
登は答えなかった。ただ、同じ想いを示すように目をたわめた。
沈黙が落ちる。
藤田は土方の死を改めて噛み締めるように、しばらく目を伏せたままだった。
ふと今になり、部屋に香る甘いやわらかさに気が付いて、登は視線を床の間に流した。そこには梅の枝が生けられていて、文字通り室内に華を添えている。
そういえば土方も梅を好んでいたな、と思い出す。下手の横好きで俳号なども持っていて、中には梅を詠んだ句もいくつかあったものだ。本当に上手くなくて、実はよほどの深意でもあるのかと逆に勘繰りたくなるほどの句ばかりだったが。『梅の花、壱輪咲ても梅はうめ』とか。そりゃそうだろ、と登が思わず口に出してしまい、気を損ねた土方に頭を叩かれたこともあった。
「中島さん」
つい懐かしく目を細めていた登を、改めて藤田が呼ぶ。
視線を正面に戻すと、何やら腹を括った様子の意志の強い瞳が、じっと登を捉えていた。
「相馬さんも交え、一度三人で話し合えませんか。政府側にいいように使われることには思うところもありますが、やはりそれ以上に、放っておけない気持ちのほうが強い」
望むところの提案に、登は深い首肯を返す。
「藤田さんにそう言ってもらえるなら、ありがたいですよ。相馬も、噂の出処がわかれば打てる手もあるようなことを言ってましたし」
「それは頼もしい」
うなずく藤田に、登は相馬の家の番地を伝えた。これから共に行こうかと藤田には言われたのだが、身重の時尾のこともあり、後日改めてという形で話がまとまる。
外に出ると、時刻は昼を回った頃だった。昼食を共にと誘われたが、やはり時尾の体調を慮って登は辞退した。多少ながら悪阻もあるようなので、余計な気は遣わせたくない。
「藤田さん、本当に会えて良かった」
玄関先まで見送りに出てくれた藤田へ、登は改めて瞳をなごませ微笑んだ。
「お陰で噂の真相も知れましたし、すっきりしました」
「こちらこそ。中島さんとまた会えて、こんな嬉しいことはありません」
藤田も、登に返す視線はやわらかく、そこには以前と変わらぬ親愛が感じられる。
「時尾さんと腹の子、お大事に」
「ありがとうございます。明日明後日には、相馬さんのお宅に伺いますので。またお会いしましょう」
登は首肯し、踵を返しかけた。
が、ふと思い足を止め、再び藤田を振り返る。
「藤田さん。ちょっとこっ恥ずかしいこと、してもいいかい」
「何ですか?」
目を丸くして首をかしげた藤田に、登は悪戯な笑みを頬に乗せて腕を伸ばした。そのままぐっと、正面から藤田の身体をきつく抱擁する。
「お、っと」
藤田はくすぐったそうに笑い、しかし同じように登の背に腕を回し返してくれる。
ほんのわずかの間、登は目を閉じて、全身でその温もりを、呼吸を、鼓動を感じた。
――ああ、本当に生きていた。
改めて実感し、胸が熱くなる。新選組を旧くから知る人間が、登以外にも、まだいてくれた。その事実だけでもう、他は何でもいいという気持ちにすらなる。ただ嬉しかった。
登は目を開け、身体を離した。
藤田の腕からも力が抜かれれば、自然と間近で視線がかち合う。
抱擁を交わしていたのはほんの数拍の間だったが、終わればやはり妙に照れくさく、互いに破顔し、小さく声を立てて笑い合った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます