枯をばな
「また戦を起こさないために刀を手放す、かぁ」
登が反芻すると、藤田は強くあごを引いた。
「そうです。だからまず、散髪脱刀令が出されたんです」
「理屈はわかるんだけどなぁ。それでも、武士の魂とも言われる刀を、法令が出たからって手放す士族なんざ、まだそう多くないと思いますけどね」
「私もそう思いますよ」
登の苦笑に苦笑を重ね、藤田は「前置きが長くなりました」と、ゆっくり拳をゆるめた。
「ともあれ、そういう理由でこの議論は、公議会でも一進一退が繰り返されているようです。そんな中、慎重派の議員がある日の議会中、業を煮やして叫んだそうなのです」
――『あまりに時期尚早だと言っている! 焦って公布してみろ、すべてが水の泡どころか、あの新選組の土方が生きていたら、間違いなく兵を募ってここへやって来るぞ!』
その叫びの真意は、たった今、登と藤田が語り合ったことと同じだったのだろう。
が、登は「ああ」と嘆息混じりに呻いた。
「言い様が悪すぎる。あと、歳兄さんは別にそんなことしねぇよ。……たぶん」
渋い物を入れられたように口を曲げながら言うと、藤田が表情をわずかにゆるませた。すぐに軽い咳払いをして、真面目な顔付きに戻ったが。
「まあ、元はそれが外に漏れた、という話だったんです。会議室の扉越しに、半端に話を聞いた者が数名いて、それが政府の外にも漏れ……後は雪だるまですよ」
登は改めて、深々と溜息を吐いた。
化物の、正体見たり枯をばな。旧幕府軍一掃という目的すらない、仕様もない話だ。
真実というものは得てしてこんなものか、と安堵する反面、そのような些事に多くが惑わされ、期待し、焦り、動き出すのだから面倒くさいとも思う。
「ここまで話が広がるなんざ、誰も思ってなかったんでしょうねぇ」
呟きが漏れる。聞き拾ったらしい藤田も「そうでしょうね」と喉を唸らせた。
「どう収拾すべきか、焦って私のような下っ端にまで政府内情を晒してくるぐらいですし」
「はは。新政府では下っ端でも、新選組じゃ大幹部だったんですから、そりゃ頼りますよ」
「頼ってるんじゃない、いいように使いたいんですよ。ついでに土方さんを出汁に私の頭を押さえつけたいんです」
卑怯なやり口につい口元を歪めるが、勝てば官軍、敗ければ賊軍。それが戦というものだ。敗けた登たちに、どうこう言う資格はないのである。
「中島さん」と、不意に藤田が、どこか窺うような目を登に向けた。
「土方さんは、本当に亡くなったのですか?」
登ははたりと目を瞬かせ、視線を下げた。
「あっはは。皆、同じ思いだよなあ」
敵に「生きていられては困る」と恐れられる反面、それは土方に生きていて欲しいと願う人の多さをも証明する。登だって同じだ。最期を見取った大島の言に嘘はないと感じられたため、納得はしているが、それでも思う。もし本当に生きているのなら、生きていて欲しかった。目的を見つけては芯を持って突き進むあの背中を、追い続けていたかった。
「あの人は、もういないよ」
告げてから、大島から聞いた土方の最期を、藤田にもありのまま伝える。
瞬きすら忘れたように聞き入っていた藤田は、話が終わると、かつて登がそうしたように薄く口の端を上げた。
「最後の最期まで、あの人は新選組のために生き抜いたんですね」
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