枯れた瞳
「俺が動くとすれば、今は東京にしかない馬鹿な噂が、こっちにまで届いた時かなぁ」
軽く肩をすくめれば、大島は諦めか安堵か、どちらとも取れない小さな溜息をこぼす。
「そうならないことを祈ります」
「そうしないためにも、尚のこと鉄之助を頼むよ。俺の家に招くと余計、当時をあれこれ考えちまうだろうからさ。今、下手に動かれちゃ、間違いなく面倒が広がってく」
あいつは若いから、と登が眉尻を下げれば、「新選組のこととなれば、登さんもそう変わりませんよ」と大島は目をたわめた。
「そうかぁ? まあ、ううん、いや、そうだなあ。否定はしきれないか?」
起き上がり小法師のように首をゆらゆら、左右に揺らしながら登は唸った。
大島はハハハと口を開けて笑う。
「ご自覚があるなら良かったです」
「喜べない物言いだなぁ、それ」
「許してください。僕から見れば新選組の方々はおおよそ皆、そのようです」
かつての仲間たちの笑顔が、大島のひと言で次々と脳裏に浮かんでは消えていく。確かに言われた通りだ、と納得してしまい、登もつい口元をほころばせた。
直後、最後の最後に相馬の顔が、浮かんで消えた。
「トラさん。せっかくだし、鉄之助も交えて飲もうか。良ければあいつにも、土方さんの最期を伝えてやってくれないか。あの人は最後の最期まで、
「大事な話なのに、酒席で良いのですか?」
「酒の席なら、うっかり袖を濡らしても酒のせいにできるだろ?」
舌を出して茶化せば、大島は仕方ないと言うように苦笑してうなずいた。
「わかりました。まあ、登さんにはいっそ、そうして欲しいと思いますけどね。あなたはいつも落ち着き払っておられますから」
「どうかなぁ。土方さんが死んだって聞いた時に、さんざ醜態を晒したからなぁ。その時に全部、枯れちまったのかも」
事実、妻子の惨殺現場であり、土方の死の報告を受けた弁天台場を後にしてから、登は一度も視界を滲ませたことがなかった。以降も人並みに心は動いているし、込み上げるものを感じることもあるが、決壊することはない。市村との再会の折もしかり、戦後、大島から土方の立派な死に様を聞いた折もしかり。何なら土方の話を聞いた際には、大島のほうが袖に水を吸わせすぎて重くしていたくらいだ。
「まあ、こんな中年男がそうほいほい湿っぽくなってるよりいいだろ。勘弁してくれよ」
登が笑って誤魔化すと、大島は「それを言われると、僕の立つ瀬がないのですが」と噛み切れないものを放り込まれたように口を曲げていた。
その後、三人で飲んでみれば案の定、市村も、それにつられた大島も哀哭し、酒の味は苦みを帯びた。
そんな中でやはり――登だけは、乾いたまま微笑を浮かべていた。本当に枯れたのかもしれないなと、二人の横で、妙に冷静な思考を働かせていた。
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