土方の死

 息を呑めば、喉で細いすきま風が通ったような音が鳴る。頭を前後左右に振られたような目眩を感じ、登はぐうっと身体を丸めた。


「えっ、あの、先生」

「……大丈夫だ。悪いね、ちょっと考えごとに没頭しちまった」


 登は身を起こすと、気だるい動作でもそりと立ち上がった。戸惑う市村に、しかし視線を返すことができないまま「とかく」と念押しの言葉を重ねる。


「鉄之助。土方さんは、死んだんだよ。それだけは間違いないんだ、理解しろ」

「ですが、先生もやはり、土方先生の亡骸はご覧になっていないのでしょう?」

「トラさんが見たって言ってるだろ。何より、土方さんが生きてたら俺はここにいない。仮に何かの秘術妖術であの人が蘇ったとして、あの人は俺だけには必ず知らせてくるよ。それくらいはわかるだろ」


 思い上がりでなく、そこには本当に自信があった。新選組は、その立ち上げ前から近藤、土方と付き合いのある仲間内が集まって形作られていった組織だ。しかし、それらの身内は大半が死に、残っていたごく一部も袂を分かって道を違えた。


 そんな中、登は正式入隊こそ遅くなったが、立ち上げ間もない頃から密やかに新選組に関わっていた。京にいた近藤や土方に代わり、江戸や関東の国情を探る役目を担っていたのだ。そう、土方にとって見れば、箱館戦争まで走り抜けた中、登だけが唯一完全なる『旧知の生き残り』だったわけだ。逆もしかり。


 もちろん登以外にも、組の立ち上げ当初から最後まで共に駆け抜けた隊士もいたが、旧知となれば、登以外は誰一人として残っていなかった。


 だから仮に、もしも、本当に土方が何かしらで蘇り、どこかで生きているのなら。他の誰は差し置いても、きっと登にだけは連絡をくれるはずだ。事情があって故郷にさえ連絡を出せなかったとしたって、登にだけは繋ぎをつけて、登を上手く使ったはず。


 でも、連絡など何もない。この上で土方が生きているなど、あり得るはずがなかった。


 それに、仮に生きていたなら――登の妻子は、一体何のために相馬に惨殺されたのか。


「トラさんに話をつけてくるよ。鉄之助、お前しばらくここに厄介になれ。一人でいちゃ、無用のことを悶々考えちまうだろうから」


 市村が何かを言おうと再び口を開く気配を感じたが、登は聞く前に座敷を出た。同時に音を立てず、隣の茶の間の襖も開き、廊下に大島が現れる。


 視線を交わし、促す大島に苦笑を返して、登は大きな背中について歩いた。


「トラさん。毎度すまないが、鉄之助のこと、しばらく頼めるかい」


 座敷から離れた寝間へ辿り着き、二人で腰を落ち着けてから登は口火を切った。


「もちろんです」と、すべて汲み取った様子で大島は力強くうなずき返してくれる。


 何やら思い詰めたような市村の様子が気がかりだったので、念のために大島には、密かに隣室で話を聞いていてくれるよう、頼んでいたのだ。


「しかし、土方殿の生存が囁かれているなど」

「トラさんは間違いなく、あの人が息を引き取るのを見取ってくれたんだろう?」


 つい、情けない小さな声で再確認をしてしまう。


 大島は気遣わしげに眉尻を下げ、それでも強く、希望を打ち捨てるようにうなずいた。


「土方殿の死は、間違いありません。僕は、彼の人が息を引き取り、心の臓が止まったこともしかと確かめました」


 残酷な再三の報告だったが、今はそれがありがたかった。下手に気を持たせられるよりずっといい。何より腹に――臓腑を確実に傷付けるような位置に銃弾を撃ち込まれ、そうして息を引き取った人間が蘇るなど万にひとつもないことを、登も重々承知している。


「ただ、彼の人のご遺体の行方は、まことに不思議としか言いようがなく」

「いいんだ。仕方ないさ。何なら気を利かせた誰かが、土方さんの服を着替えさせて、雑兵が死んだだけのように見せかけておいてくれたのかもしれない。俺はそう思ってるよ」


 そうして、細工を施してくれた『誰か』も戦火で命を落としたというなら、誰一人として行方を知れずにいるのもつじつまが合う。雑兵を火葬し、土方もそこで焼いたのだと嘘を吐いた場で、実際に土方の遺体も紛れて焼かれていたというなら、それはそれでいい。やはり、晒されてしまうよりは、ずっといいのだ。

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