救世主の末裔の俺のエーテルギアがどう見ても戦闘向きじゃない件
流庵
第一話:適性の儀
かつて「日本」と呼ばれた列島の、旧時代の大学キャンパス跡地に、その学び舎はあった。
兼六学園。
人類の脅威『メタキメラ』と戦う戦士を育成する、高等教育機関――それがこの学園の役割だ。
その講堂は、新入生たちの熱気と緊張で満たされていた。壮麗な造りの高い天井からは、春の陽光が筋となって差し込み、空気の中にほのかな輝きを与えている。
もっとも、その熱気とは無縁の少年も、ひとりそこにいた。
「――諸君らの輝かしい未来を祝福し、私の挨拶とさせてもらう」
やたらと長い学園長、
ポケットに突っ込んだ両手には汗が滲んでいる。別に緊張しているわけではない。ただ、退屈なだけだ。
少し長めの黒髪が鬱陶しく、深い藍色の瞳はどこか眠たげに壇上を眺めている。
(なんで、こんな場所にいるんだろう……)
それが、この場における悠真の唯一の思考だった。論理的な答えは見つからない。
ただ、隣に座る幼馴染の少女の存在が、彼をこの椅子に縫い付けているという事実だけが、非論理的にそこにあった。
ざわめきが広がっていく。
学園長の退屈な話が終わったからではない。これから始まる、この学園で最も重要な儀式――「適性の儀」への期待感からだ。
「これより、新入生の『適性の儀』を執り行う!」
担任教官となる
適性の儀。
十五歳になり、精神エネルギー――すなわち「エーテル」が安定した者に、人類の味方であるAI『四賢者』が授ける対抗兵器――『エーテルギア』を与える運命の儀式だ。
生徒たちの腕には、腕時計型のコアデバイス『ギアバイザー』が装着されている。
これから一人ずつ壇上に上がり、AIの種子が封入された『エーテルコア』をセットする。ギアバイザーが持ち主の深層心理を読み取り、その人物に最も適したエーテルギアを、『ギア・ライセンス』という一枚のカードとして実体化させるのだ。
それは、世界に一枚だけの――自分だけの相棒の誕生を意味する。
「新入生総代、
凛とした声で名前を呼ばれ、悠真の隣から少女がすっと立ち上がった。
雪のように透き通る白い肌。月光を溶かし込んだかのような、長く美しい白銀の髪。
会場のすべての視線が、その人形のように整った美少女に注がれる。
彼女が歩を進めるたびに、ゆるく結われた髪がさらりと揺れた。
金沢領の名門・白神家の令嬢。
入試成績は首席。誰もが彼女の儀式に期待を寄せていた。
氷華は壇上の中央に立つと、優雅な所作でギアバイザーにエーテルコアをセットする。
その瞬間、眩い蒼氷色の光が講堂を包んだ。
それは彼女の瞳と同じ、澄み切った冬空の色。
光の奔流がギアバイザーに収束していく。
やがて光が静まり、彼女の目の前に一枚のギア・ライセンスカードが浮かび上がった。
「生物タイプは、呼び名の登録が必要だ」
響に促され、氷華はそっとカードを手に取る。
そこに描かれていたのは、気高く美しい純白の子狐。
彼女は慈しむようにその絵柄を指でなぞり、静かに語りかけた。
「あなたの名前は……
その想いに応えるかのように、ギアバイザーが新たな名を認識する。
【エーテルギア、白妙。総合ランク、A。適合完了】
合成音声が響いた瞬間、会場はどよめきと賞賛の渦に包まれた。
「いきなりAランクだと……!?」
「さすがは白神家の令嬢だ!」
Aランク。それは一年生が発現させるギアとしては最高位に属する。
しかし氷華は、そんな喧騒を意にも介さず、ただ静かにカードを胸に抱いた。
そして、誰にも気づかれぬよう、そっと悠真のいる客席へと視線を送る。
その蒼氷色の瞳の奥には、確かな安堵と――ほんの少しの心配の色が宿っていた。
◇ ◇ ◇
「――次、典堂悠真」
氷華の華々しい儀式の後、BランクやCランクのエーテルギアが次々と誕生し、会場の興奮も少し落ち着いてきた頃だった。
最後に残った名前が呼ばれると、生徒たちの視線が一斉に悠真へと集まる。
それは期待の視線ではなく、好奇と、どこか値踏みするようなものだった。
『あの無気力そうなのが、白神さんの幼馴染なんだって』
『成績もギリギリだったらしいぞ』
そんな囁きが聞こえてくる。
悠真は億劫そうに立ち上がると、猫背気味のまま壇上へと向かった。
氷華が心配そうに見つめているのが視界の端に入るが、彼は気づかないふりをする。
(面倒だ……早く終わらせて帰りたい)
そんなことを考えながら、響から手渡されたエーテルコアを受け取る。
乳白色の、何の変哲もない球体だ。
指定された位置に立ち、ギアバイザーにコアをセットする。
その瞬間――。
――キィィィィン!
耳障りな警告音が講堂に鳴り響いた。
悠真のギアバイザーが、先ほどまでの誰とも違う、禍々しいほどの赤い光を明滅させている。
「な、なんだ!?」
「エラーか?」
教官たちが色めき立つ。
響が鋭い視線でバイザーのスクリーンを睨みつけた。
【警告。警告。精神情報とエーテル情報に著しい乖離を確認。適合する既存データが見つかりません】
無機質な音声が、異常事態を告げる。
悠真の深層心理に眠る「何か」と、彼の表層的な「無気力」な精神状態。
その二つが矛盾し、コアの量子AIが処理を完了できないでいたのだ。
光は明滅を繰り返し、やがてスクリーンに文字列を映し出される。
【Error: Unregistered Species】
「未登録種……だと?」
響が思わず声を漏らす。
学園のデータベースにすら存在しない、規格外の存在。
前代未聞の事態に、会場は完全に静まり返った。
やがて、けたたましい警告音と赤い光がふっと消え、まるで何事もなかったかのように、ギアバイザーから一枚のカードが浮かび上がる。
カードに描かれていたのは――
翼を持つ、小さな鳥だった。
どう見ても戦闘向きではない、愛らしいだけの尾の長い白い小鳥。
スクリーンに最終的な情報が映し出される。
【エーテルギア=ピリカ 総合ランク=D+ 適合完了】
【パラメータ、POW: F / SPD: SSS / DEF: F / ETC: S】
攻撃力と防御力は最低のF。
しかし、速度だけが規格外のSSS。
あまりにも極端で、歪なパラメータ。
沈黙を破ったのは、誰かの噴き出すような笑い声だった。
「ぷっ……なんだよ、それ!」
「小鳥って……弱すぎだろ!」
一人、また一人と笑い声が伝染していく。
それはやがて、侮蔑と嘲笑の渦となって講堂を満たした。
しかし、渦の中心にいる悠真本人は、ただ静かにカードを眺めていた。眠たげな瞳は変わらない。
(まあ、こんなもんか。名前を考えなくて済んだのはラッキーだったな)
特に落胆もせず、カードを手に取ると、さっさと壇上を降りようとした――その時だった。
「待ちなさい!」
凛とした声が、全ての嘲笑を切り裂いた。
声の主は、白神氷華だった。
彼女はいつの間にか立ち上がり、氷のような視線で悠真を笑った生徒たちを射抜く。
その瞳には、先ほどまでの心配の色はなく、確固たる守護の意志が宿っていた。
「彼の力を、あなたたちが測ることは許しません」
その気迫に、誰もが言葉を失う。
悠真は、そんな氷華をぼんやりと見つめ、小さくため息をついた。
(……だから、面倒なんだ)
無気力な日常は、どうやら今日で終わりらしい。
規格外のエラーを吐き出した少年と、彼を守ると誓った少女。
二人の運命が、今――静かに、そして確かに動き始めようとしていた。
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