好感度可視化バグ=殺意999999

山田花子(やまだ はなこ)です🪄✨

プロローグ


 速水悠斗(はやみゆうと)のスマホ画面に表示されたのは、常識の外側に突き抜けた数値——殺意:999999。


 クラス一の美少女、白鳥こころに向けた好感度管理アプリ、通称「カンレコ」。その数値が示すのは、本来ありえない絶対的な拒絶。赤黒い警告が画面を点滅させ、まるで"測定不能な感情"を無理やり数字に押し込めたようだった。


 心臓が氷嚢で包まれたみたいに冷える。

 俺、何した?

 挨拶以外で何を?

 呼吸がダメだった?

 存在が?


 視線を上げる。

 そこにいた白鳥こころは——殺意どころか、今にも泣き出しそうな顔で俯いていた。


 赤い。

 耳まで、真っ赤。

 殺意を抱いている者の顔ではない。むしろ、恋を告白した後のように火照り、潤んだ瞳で何かを訴えかけている。

 なのに、スマホの画面は相変わらず「殺意:999999」。


 理解不能だ。

 脳が、この矛盾を処理することを拒否している。

 世界が、俺の知っている論理から逸脱していく。


 そもそもの始まりは、今朝のホームルームだった。


 担任が言った。

「今日からウチの学校も"好感度管理アプリ"導入なー」


 いじめ防止のために生徒間の関係性を可視化する。

 便利でお手軽な近未来の監視システム。

 スマホを向ければ、その人が自分に抱く感情値が一瞬でわかる。


 クラスは大盛り上がりだった。

 お祭り騒ぎ。

 友情ポイントの見せ合いっこ。


 俺も親友の三浦とやってみた。

 好友:85。

 ああ、平和。

 機械の数字だけが唯一の真実——そんな世界、むしろ俺は好きだった。


 だから、あのときの"好奇心"は罪ではないと思いたい。


 教室の隅で一人で本を読む白鳥こころ。

 近寄りがたい孤高の天使。

 男子全員の憧れ。

 俺とは住む次元が違う存在。


 どうせ10。

 よくて20。

 そのあたりだと、誰だって思う。


 そんな軽いノリで、俺はスマホを向けた。

 そっと。

 誰にも知られないように。


 そして——地獄が開いた。


 現在の俺のスマホは、赤黒い地獄のホログラムを映している。


 殺意:999999。


 彼女は震える声で、言う。


「あなたを……殺すなんて……そんな……思ってない……」


 耳まで真っ赤で、涙を堪えていて、声が掠れていて。

 殺したい相手に向ける態度じゃない。どう考えてもおかしい。


 その矛盾を処理しきれず、スマホの画面がノイズを走らせた。


 ――LOG: EVENT_TRIGGER_MEMORY_RECALL_07. PRIORITY: MAX. VALUE: REDACTED


 洪水みたいな記憶が流れ込む。


 雨。

 アスファルト。

 サイレン。

 ずぶ濡れの制服。

 握りしめた小さなキーホルダー。

 泣き叫ぶ少女の声。


 行かないで。


 見たことがないのに、懐かしくて胸が締め付けられる。

 俺は息を呑んだ。

 足元がぐらつく。


 次の瞬間、何事もなかったかのように画面は元に戻り、"殺意:999999"。


 白鳥こころは、泣く寸前の瞳でただ俺だけを見つめていた。


 世界の方が間違ってるのか俺が間違ってるのか。

 答えはどこにもない。

 俺の脳は、この異常事態をどう処理すればいいのか、皆目見当がつかなかった。


 俺の本能が逃げろと全細胞で叫び、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。


「ご、ごめんっ!!」


 意味不明な謝罪を撒き散らし、そのままダッシュで教室から飛び出す。


 背後で、確かに彼女は言った。


「……待って」


 その声は柔らかくて、切なくて、殺意などとは真逆の響きだった。

 だが俺は、その声を聞いても立ち止まることができなかった。

 脳裏に焼き付いた「殺意:999999」の数字と、洪水のように流れ込んだ記憶の断片が、俺の足を止めることを許さなかった。


 こうして俺の平穏なモブ人生は、静かに終わりを告げた。


 殺意カンスト。

 謎の記憶。

 涙目の天使。

 壊れた世界。


 ここから先は、もう普通のラブコメには戻れない。


(プロローグ 完)


 次回予告


 殺意999999の翌日。

 恐る恐る登校した速水悠斗を待ち受けていたのは、なぜか彼の机の周りを掃除する白鳥こころの姿だった。

 戦慄する悠斗に、彼女は手作りのお弁当を差し出し、こう言った。

「昨日のお詫び。……食べて、くれる?」

 殺意と殺菌は違う。断じて違う。

 次回、第1話『殺意の天使としょっぱいお弁当』。

 この好意は、殺意ですか?

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