処刑された悪役令嬢は、死に戻って静寂の王子と恋をする。「俺の料理で復讐するぞ!」と号泣して完食する彼と、優しげな騎士団長の「静寂」の正体

@cross-kei

第01話:処刑された悪役令嬢は、静寂の王子と出会う

 「エリス・ミレーヌ! 貴様のような性悪女は、王家の恥さらしだ!」


 王宮の広場に、第一王子の罵声が響き渡る。

 私の周りを取り囲むのは、冷ややかな目をした騎士たちと、遠巻きに見物する群衆。


 ――違う。私はやっていない。

 税金を着服したのも、書類を改ざんしたのも、すべて財務大臣の娘がやったことだ。けれど、弁明の言葉は誰にも届かない。


(いい気味だわ。いつも澄ました顔をして)

(ざまあみろ。金に汚い女が)

(死ね。さっさと死んでしまえ)


 頭が割れそうだ。

 人々の心から溢れ出す「悪意」の轟音が、私の脳を直接殴りつけてくる。

 誰も私の無実など信じていない。

 それどころか、私の死を娯楽のように楽しんでいる。


 私の能力、『人の悪意が聞こえる耳』。

 最期の瞬間まで、世界はこんなにも騒がしく、汚い音で満ちているのか。


 「刑を執行せよ!」


 鋭い刃が振り下ろされる。

 痛みよりも先に、世界が暗転する。


 ……ああ、やっと。

 やっと、静かになれる――。


 ◇◇◇


 「……はっ!?」


 ガバッと私は顔を上げた。

 視界がぐらりと揺れる。喉の奥から、ヒューヒューと引きつった呼吸音が漏れる。

 私は震える手で、自分の首をまさぐった。


(ある……? 繋がってる……?)


 何度も、何度も確かめる。爪が皮膚に食い込む痛みを感じて、ようやく私は息を吐き出した。

 生きてる。首がある。


 荒い呼吸を整えようと周囲を見渡すと、そこは煌びやかなシャンデリアが輝く、王宮のダンスホールだった。


(な、なんで……?)


 私は知っている。ここは、私が処刑される一年前に開かれた夜会だ。

 夢ではない。あの断頭台の冷たい感触、鮮血の匂い、そして嘲笑う群衆の声は、確かに現実にあったものだ。


 私は、時を遡ったのだ。

 神様がチャンスをくれたのか、それとも、もっと苦しめという悪魔の気まぐれか。


 カチカチカチ……。

 グラスを持つ手が震えて、小刻みな音を立てている。

 止めようとしても止まらない。


(怖い……)


 華やかな音楽が、あの処刑場のファンファーレに聞こえる。

 談笑する貴族たちの笑顔が、死刑執行を楽しむ群衆の顔と重なる。


 ズキリ、と頭が痛む。


(またあの女よ、氷の悪役令嬢)

(ドレスの趣味が地味ね。貧乏くさいわ)

(あーあ、俺の方を見てくれないかな。一晩くらい相手してやるのに)


 今日も世界は、騒音で満ちている。

 処刑される前と何も変わらない、粘着質な悪意の嵐。

 その音が、私のトラウマを容赦なく抉ってくる。


 吐き気がした。立っているだけで精一杯だ。

 ここから逃げ出したい。でも、動けば注目される。

 第一王子に見つかれば、またあの断頭台への道が始まる。


 私は壁際で小さく身を縮め、膝の震えを隠すようにドレスの裾を強く握りしめた。

 誰とも関わらず、空気のように消えてしまいたい。


 その時、広間の中央が騒がしくなった。

 蜂蜜色の髪をした、整った顔立ちの青年が現れる。


 ――ビクリ、と体が強張った。

 王族だ。

 心臓が早鐘を打つ。過呼吸になりかけて、視界が白く明滅する。


 けれど、彼は私を処刑した第一王子ではない。その弟、第二王子のレオン様だ。


(うわ……一番苦手なタイプ)


 恐怖の中で、冷静な部分の私がそう判断した。

 前世の私は、彼を徹底して避けていた。

 整った顔立ちを武器に、誰にでも歯の浮くようなお世辞を振りまく軽薄さ。

 どうせ中身は空っぽで、心の中では女性たちを見下しているに違いない。


 彼は数人の令嬢に囲まれていたが、不意にこちらに気づき、近づいてきた。


 来るな。私を見ないで。

 そう念じたが、足がすくんで一歩も動けない。


 「やあ、ミレーヌ嬢。相変わらず目つきが鋭いですね」

 彼は美しい顔立ちで、さらりとそんなことを言った。


 周囲の令嬢たちが「まあ、怖い」とクスクス笑う声が聞こえた。

 明らかに嫌味だ。私の目つきが悪いことなど、自分でも気にしているのに。


(……変ね)


 私はグラスを傾けながら、首を傾げた。これほどはっきりと悪口を言われているのに。


 ……聞こえないのだ。

 彼の心の中だけが、不自然なほど静まり返っている。


 普通、こういう嫌味を言う人間の心は騒がしい。「陰気な女だ」とか「見ていて不愉快だ」とか、言葉以上の悪意が漏れ聞こえてくるものだ。

 けれど、彼からは何も響いてこない。

 まるで、スイッチを切った人形のように。


 かつて断頭台の上で私が渇望した、あの「死後のような静寂」を、彼は生きたまま纏っていた。その静けさが、震える私の心を不思議と落ち着かせていく。


 不気味なほどの、けれどあまりにも心地よい「静寂」。

 私は関わるのを避けるべきだと理性が警告する一方で、溺れる者が藁を掴むように、本能的に彼に惹きつけられていた。

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