無垢の子ども編
無垢の子ども編(一)
無垢の白さを染める赤。
白い打掛を染める赤い血痕を
黙って打掛をなぞる義宣が恐ろしいのか、この打掛を義宣のもとへ持ってきた侍女は、怯えたように平伏していた。義宣が侍女へ視線を投げると、それを感じたのか侍女はますます深く頭を下げた。
「御台は、なぜ死んだ?」
義宣の問いに肩を震わせた侍女は、はい、と答えた声まで震えていた。
「御台さまは、急な病に侵されまして、ご病死なされました」
「病死。御台は急に胸でも患ったのか。それで、吐血をして死んだ。そういうことか?」
「仰せのとおりにございます」
「そうか」
手にしていた打掛を侍女の前に投げた。侍女は、どうすればいいのか戸惑っているようだ。
「あの、こちらはいかがいたしましょうか?」
「燃やせ」
「え?」
「跡形もなくなるように燃やしてしまえ。御台の遺品はすべて燃やせ。御台が急な病で死んだのだ。御台の遺品に、その病のもととなったものがあるかもしれないだろう?」
「ですが、すべてでございますか?打掛も、小袖も、何もかも」
「俺がそう言っている。御台の遺品はすべて燃やす。そうだな、烏山の方角に向けて燃やしてやれば、御台も喜ぶのではないか」
御台が喜ぶ、などということは、御台が生きている間一度も考えたことはなかった。死んでから初めて口にするなど、笑えてくる。はっ、と自嘲の笑みを漏らすと、侍女は言いにくそうに、あの、と口を開いた。
「実は、この打掛は御台様が殿様にお届けするようにと遺言されたものです。それでも、燃やさなければならないのですか?」
「燃やしたくないのか?」
「あ、いえ、その」
口ごもる侍女は、否定の言葉を口にしようとしているが、その態度を見れば何を望んでいるかは明らかだ。義宣は立ち上がり、侍女が胸に抱こうとした打掛をむずと掴んだ。
「お前が燃やしたくないというのならば、俺が燃やすまでのことだ。御台は俺に受け取ってほしがっていたのだろう?ならば、俺が手ずから灰にしてやる。お前は御台の遺品を燃やせ。畳も襖もすべてだ。御台の血がついているだろうからな」
御台の血、という言葉をわざとらしく言ってやると、侍女は慌てて義宣の前から立ち去った。急いで太田城に帰り、ほかの侍女たちと手分けをして御台の遺品を片付けるのだろう。本当に燃やすかどうかは分からない。ただ、義宣の気持ちとしてはすべて燃やしてしまいたかった。
小姓に命じて、庭で打掛を燃やす準備をさせた。小姓たちは、そのようなこと我らが行います、と言ったが、義宣が燃やさなければ意味がないのだ。御台は義宣に渡すよう命じた。ならば、燃やすとしたら、それを受け取った義宣が燃やすべきなのだ。
準備が整い、赤々と燃える炎の中に打掛を放り投げた。打掛は炎に包まれ、染み込んだ御台の血ごと燃えていく。その様を義宣は目を逸らさずにじっと見ていた。
「どこまでも、那須の女か」
ぽつりと呟いた言葉は炎の音に飲み込まれた。燃え尽きた打掛は灰となり、風に吹かれて空へと舞い上がった。
御台が死んで一月も経たないうちに、義宣の継室は
だが、誰でもよかった。ただ、義宣に逆らわない女ならばよかった。その点、人質となっている多賀谷の姫はうってつけなのかもしれない。父から持ち出されたこの話を、義宣はすぐに承諾した。
家中では御台が死んで一月も経っていないというのに、もう継室を定めたことを快く思っていない者もいるようだった。そのせいか、それとも義宣が御台の遺品を燃やせと命じせいか、御台は病死ではなく義宣が殺したのだとか、自害をしたのだとかいう噂が広まった。
言いたい人間には言わせておけばいい。半年も経ったら、どうせ誰もが御台のことなど忘れてしまうに違いない。義宣も、あの女のことは忘れてしまいたかった。だが、白い打掛に染み込んだ赤い血が、なかなか義宣の脳裏からは消えてくれない。
「殿」
自分を呼ぶ声に義宣は現実に引き戻された。廊下を歩いていた義宣の後ろには、家臣の
「どうした、
「実は、殿に推挙したい者がおります」
「ほう」
「一年ほど私のもとに置いていたのですが、なかなか聡明で、共に仕事を任された者たちなど神童と呼ぶほどなのです。きっと殿のお役に立ちましょう」
「神童か」
その評判がどこまで本当のことかは分からないが、藤道がすすめるその神童とやらに会ってみるのもいいかもしれない。御台が死に、その死をめぐって様々な噂が飛び交うこの状況は不愉快だ。何か新しいものを取り入れるのも悪くない。もしかしたら、藤道もそれを考えて義宣に推挙の話を持ってきたのかもしれない。
「いいだろう、分かった。
はい、と言って頭を下げて藤道は去って行った。後ろ姿から藤道の意気込みが伝わってくるようだった。それに小さく苦笑しながら、義宣の側近く仕えている
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