第15話 ダンジョンだもの

 3月5日水曜日。


 きっちり昨日のダンジョン探索から24時間を超えたことを確認してから、再びADA岡山支所ビルを訪れた。


 目的はもちろんドロップアイテムだ。果たして昨日と同じようにドロップアイテムは入手できるのか。できれば俺は仕事辞めるぞ。辞めてやるぞ。


「あ、柴田さん。こんにちは!」

「あ、どうも、こんちには。今日もよろしくお願いします」


 受付カウンターに行くと、今日はカウンター内で座っていた白雪さんに声をかけられる。白雪さんの前には数人の探索者がいたが、別の受付嬢に声をかけた白雪さんは俺の方にやってきた。


 残された探索者達には別の受付嬢が対応を始めていたが、それで良いのか。なんか睨まれてるんですが。というか、何か。白雪さん、俺に惚の字か。罪な男だぜ。


「探索者カードです」

「はい。確かにお預かりしますね。ご武運を」


 キリッとした表情でカードを差し出すが、白雪さんは華麗にスルーした。どうやら勘違いだったようだ。南無三。


「ありがとうございます。行ってきます」


 家からジャージを着てきていたので、着替え等は特に不要だ。そのまま受付カウンターの隣にあるゲートから、ダンジョンに続く部屋に入る。


 やっぱりちゃんとした装備を持っている人は、ここで着替えるんだろうな。ごついプレートアーマを着込んだ人が車を運転していたら、すごく微妙な気がする。


 さっきの先に受付をしていた探索者達もラフな格好をしていた。大きな荷物をもっていたので、多分その中に装備品が入っているんだろう。


 まぁ装備品を持っていない俺には関係のない話かな。

 そして今日も虹色の門を抜け、再びダンジョンに入り込んだ。


 昨日と同じように大ホールの中央に位置する階段は素通りし、奥の通路に入る。今回はすぐにモンスターと遭遇することができた。


 そういえば1階層の大ホールではモンスターが出てこないんだな。階段のある部屋にはモンスターが出てこないのか、それとも1階層だけのサービスなのか。また暇なときに検証してみよう。


 こうしてどんどん検証することが増えていくが、もしかしたらネットに情報が出ているかもしれない。後で確認しておくか。


 本日最初に出会ったモンスターは、おなじみのスライムだった。

 投石で瞬殺すると、ぽん、と目の前に小さな光が生まれる。


「きたっ!」


 いや、まだ慌てる時間ではない。逸る気持ちを抑えつつ、一つずつアイテムを確認した。


「うしっ! やった!」


 思わずガッツポーズ。狙い通り、スライムのドロップリストに記載されているヒールポーション、【物理耐性】、【回復促進】、【空間魔法・拡張空間】のスキルオーブと、空間拡張源(Ⅰ)のアイテムだった。


 どうやらアイテムのドロップ調整は何度でも使えるようだ。壊れ能力だけど良いんだろうかと思わなくもないが、良いんです! クレジットカードをサングラス代わりにしているスーパーマンみたいなおっさんが脳裏で力強く叫んでいた。


 いそいそとアイテムを【ストレージ】にしまいつつも、隠しきれない興奮で口元がニマニマしてしまう。


 これがダンジョンドリームってやつか。


 モンスターを倒せば数百万以上のアイテムが確定で手に入ってしまう。なんならスキルオーブがあれば億超えだ。しかも安全な最上層でこの稼ぎ。


 これで下層に行けばいったいどうなるってばよん。おっと、ヤバいヤバい。テンションが上がりすぎて口調が変になっていた。


 なぜこんなチート能力が俺の元にやってきたのかは分からないが、思う存分使わせてもらおう。俺は遠慮しないタイプの人間だった。


 だがしかし。

 何事も調子に乗れば落とし穴があるってもんだ。冷静クールになれ。


「……」


 そう。心は熱く、頭脳は冷たく。冷静と情熱の間だ。


「……ぐふふ」


 あかん。やっぱりウキウキが止まらないぜ。

 まぁ冗談はともかく、あまりハメを外さないことを心がけ――それでもせっかくの機会チャンスだ。思う存分好きにやってやろうじゃないか。


 人に迷惑をなるべくかけない。


 どっかのマンガで見て心に残っているセリフ――自分がカッコイイと思える生き方をしろ。俺の好きなセリフだ。そんな生き方をしてみようじゃないか。


「うしっ!」


 両手でパンと頬を叩く。

 これは決意表明だ。俺が俺を好きになれる、カッコイイ生き方をしてやる。そう心に決めると、なぜだか心が晴れ晴れした気がした。


 さて、この後はどうしようか。今日の目的は、ちゃんとアイテムドロップができるようになるかを確認することだったから、目的は既に達している。


 ただ、桜との約束の時間までは、まだ結構余裕があるしな。

 どうせなら、1層に出てくるモンスターで出会ってないのがもう1種いるはずだから、そいつを倒してから帰ろうか。


 確か針金のモンスター……スライリーだかスランキーだかって名前だった気がする。どんなアイテムをドロップするか気になるから、ちょっと探してみるか。


 どうやらこの1層、モンスターの出現率には偏りがあるみたいで、スライム、キノボ、スランキーの順に少なくなってくる気がする。今いる場所だけの話なのかもしれないが……。


 結局、スランキーを倒すまでに、スライム5匹、キノボ2匹と遭遇して、キノボのアイテムもしっかりゲットすることができた。


 さて、気になるスランキーのドロップアイテムは、残念ながら2つしかなかった。しかし数は少なくても、内容が濃すぎた。


 一つ目は1000億分の1という確率でドロップされる【伸縮】というスキル。身体を自由に伸び縮みさせることができるという、まるでゴム人間になれそうなスキルだ。


 マンガやゲームのキャラクターになりきったりできそうだけど、俺は要らないから即売却コースかな。火魔法や炎魔法とセットでヨガなファイヤを放つキャラになりきってみたくはあるけど。いや、ないな。


 そしてもう一つがヤバい方。1兆分の1という確率でドロップされる【オリハルコン】という魔法鉱石が10キログラムだ。


 来たよ、オリハルコン。針金がアルミニウムや鉄、銅など様々な金属素材で出来ているから、その延長線上でオリハルコンなのかもしれないが、やっぱり存在していたんだな。


 存在はまことしやかに噂されていたが、実物は未だ発見されていない魔法鉱物の数々。ミスリルやヒヒイロカネ、アダマンタイトなど数々あるが、その中でも代表的なオリハルコンがこんな上層で発見されるとは。


 ダンジョンを作ったのが誰かは分からないが、1層のモンスターにもしっかりと意義を与える作り方は、どこか"公平さ"を感じさせる。まぁ、確率があり得ないけどね。


 有用なスキルや素材が1層からでも産出されると知れ渡ったら、探索者が1層に殺到するかもしれないな……。


 いや、でも確率が確率だけに、誰も信じないか。やっぱり実際に自分が体験できないと、人間はそれを信じられないものだ。


 噂を信じて億の確率に挑み続けられる人は、そんなに多くないかもしれない。それなら、別に隠す必要はないかもしれないな。


 スランキーを探すのそこそこ時間を費やしてしまったので、もう帰ることにする。

 正味1時間くらいしか探索していないが、それでも成果リターンは十分すぎるほどあった。


 後は売却の相談をして、これがお金になりそうなら、仕事を辞めるだけだ。辞めたいなあ、仕事。


 そういえば、結局いつまで自宅謹慎しておけばいいんだろうな。

 一切自宅で謹慎なんてしていないが、まぁ仕方ない。だってそこにダンジョンがあるんだもの。

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