第8話 探索者講習会

「うぃぃっ、もう夜か……」


 ネットの海は広くて深くて大変だ。気づけばあっという間に時間が経ってしまう。

 これがネットに溺れるってやつか、とニヒルに決めても一人だから寂しさしか感じなかった。


「しっかし、公務員も副業が認められる時代になっていたのね……」


 ダンジョン関連とは距離を取っていた俺にとって、この事実が一番ダンジョンに近い話題だったのかもしれない。


 昨今の働き方改革の影響を受けたのか、はたまたダンジョン産業に国としても積極的に介入したい結果か。これまでは公務員の副業は一部の特定条件下でしか認められていなかったが、数年前の地方公務員法の改定で、特定条件が緩和されダンジョンにおける副業が可能となったようだ。


 つまり、俺もダンジョンに挑むことができるというわけか。


 ただ、ダンジョンに入るには今度は別の許可が必要となる。ダンジョンは厳重に管理されているため、誰でも自由にどうぞというわけにはいかないからだ。


 そのダンジョンを管理しているのが、もうお馴染みとなったADA。そこが主催している探索者講習会に参加し、探索者登録を経ることでダンジョンに入ることができるようになる。


 ちなみにダンジョンに挑む人たちの呼称を『冒険者』とするか『探索者』とするかで一悶着があったみたいだ。ADAが正式に『探索者』と名称を設定したことで一応の解決を見たが、その問題はまだ一部で尾を引いているようだ。探索者の中には『冒険者』を自称して、改名運動に勤しんでいるとかいないとか。


 探索者講習会を受講後、すぐに探索者登録はできないようだ。どうやら書類審査があるみたいで、年齢や犯罪歴等の確認が必要らしい。数日間は期間が空くことを考えると、早めに行っておいた方が良いかな。


 調べてみると講習会は毎日開催されているようなので、明日行ってみるか。

 

 ということで、翌日。


 休日だというのに早起きして、車を走らせる。大都会岡山と揶揄される我が街は、まだまだ車社会だ。電車やバスだけでは自由な移動は難しい。


 国道2号線は混みそうだから県道を通って市街地を目指す。土曜の午前中にしてはちょっと道が混んでいたが、スムーズに目的地まで辿り着いた。


 ADA日本支部岡山支所は、岡山駅から市役所筋を進み西古松方面に進めばすぐに目に付く。神社の敷地内に建てられた新しいビルだ。ぱっと見商業ビルと変わらない感じだが、ビルの中から日本最大級のダンジョンに入ることができるそうだ。


 日本で有名なダンジョンは何処かと問われたら、まず間違いなく岡山、茨城、石川のダンジョンが挙げられる。

 日本で最初に発生した岡山ダンジョン。多種多様な階層を持つ茨城ダンジョン。自然食あふれるダンジョンで食の宝庫とも呼ばれる石川ダンジョン。


 どのダンジョンもADAが設定したダンジョンランクはSランクで、未だ攻略の目処が立たない、巨大なダンジョンらしい。


 土曜日ということで探索日和なんだろうか、数十台は停められるであろう駐車所は既に満車となっていた。仕方がないので、近くの有料駐車場に車を停めることにする。


 一昔前に比べて、急激に有料駐車場が増えている気がするが、これもダンジョン効果なんだろうか。お陰でビルから近いところに駐車場を発見することができた。


 初春の風を浴びつつADAのビルに向かって歩く。


 ADA日本支部は各地に支所が置かれているが、中国地方にあるダンジョンを統括しているのが岡山支所だそうだ。中国地方だけでも数百を超えるダンジョンがあるそうなので、管理は大変だと思う。


 ちなみにダンジョンにはそれぞれ固有の名称が付けられている。日本初のダンジョンとして有名な岡山ダンジョンは『桃太郎ダンジョン』というクソダサい名前が与えられている。知事がゴリ押したとかで決まったらしいが、なんでも桃太郎と付ければいいと思ってるんだろうか。そのダサさ故か、誰もその名称を使わないで普通に岡山ダンジョンと呼ばれていた。


 ビルに入ると小綺麗なホールが広がっていた。ダンジョンに探索者というワードからだと野蛮な雰囲気を感じるが、どちらかというと上場企業のようなホールを思わせる印象だ。


 総合案内カウンターが正面に見えた。綺麗なお姉さんが二人構えている。いや、俺の歳から考えたら綺麗なお嬢さんと言った方が正しいのか……歳は取りたくないなぁ……とアホなことを考えながら、カウンターに向かった。


「おはようございます」

「あ、どうもです。探索者研修を受けたいんですが……」


 綺麗な女性に声をかけられると緊張してしまうよね。


「承知しました。研修は3階の第2会議室で行います。今からですと、10時、15時どちらの講習も受けられます。受付も3階となっておりますので、そちらからお申し込みください」

「あ、ありがとうございます」


 受付嬢の営業スマイルに見送られながら、ホール中央のエスカレーターで3階に上がる。すぐに探索者講習会受付と書かれた案内板が目に入った。


「おはようございます。講習会に参加希望でしょうか」

「あ、そうです。お願いします」


 ここでも綺麗なお嬢さんが受付嬢として出迎えてくれる。さすが高給と噂のADAだ。受付嬢のレベルも高い。


「ありがとうございます。10時よりこちらの部屋で講習会が行われます。席は自由となっておりますので、お好きな席でこちらの申請書をご記入ください」

「あ、ありがとうございます」


 数枚の申し込み用紙を渡された。氏名や住所、勤務先等基本的な個人情報だけでなく、マイナンバーなど口座開設に必要な情報を書く必要もあるようだ。


「もしこの場でのご記入が難しい箇所がございましたら、後日でも構いません」

「大丈夫そうです、はい」


 一応ネットで必要物もチェックしておいたので、実印や通帳も持ってきている。さすが俺だ。自分で自分を褒めながら会議室に入ると、数十人は座れそうな大きな部屋に長机が並べられている。大学の教室のようだ。


 席には既に10人くらいの男女が座っていた。イマドキの大学生っぽい男の子グループから、若いカップル、ダンジョンに挑んで大丈夫かと不安になる老人夫婦までいる。みんなバラバラに座っているので、一人離れた席に座りたい陰キャな俺にはツラい状況だ。それでも後ろ側の、ちょっとカップルの席に近いが、目立たない席に決める。


 席に座って申請書を書いていると、スーツを着込んだエリートサラリーマンのような男が美人なお姉さんを引き連れて入ってきた。できる男を体現しているかのような、スタイリッシュサラリーマン。格好良いぜ。


「ん?」


 男と視線がぶつかる。不躾に睨みつけてくるような視線に戸惑うが、すぐに視線を逸らされた。何だったんだ。


「皆さん、ダンジョン講習会にようこそ。早速始めましょう」

 そんな俺の疑問は何処吹く風で、男はにっこりと微笑みながら講習を始めた。

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