第4話 世界の秘密

 扉を抜けると、そこは巨大な広間のようだった。


 さっきの小部屋と違い、天井はかなりの高さだ。イメージとしてはドーム球場を大きくして、壁面にゴツゴツした黒光りする岩肌を貼り付けた感じだろうか。


 暗い洞窟内であるはずなのに視界が確保できているのは、俺の能力が向上したこともあるが、壁の至る所にぼんやりと光る岩があるからだろう。


 ぱっと見た感じ、広間があるだけで他の部屋につながりそうな通路は見当たらない。


「……ん?」


 見てしまった。

 ソレはこの大広間の最奥、俺と真逆の位置にいた。


 ドラゴンだ。いや、龍に近いのか。よく分からないけど、その重厚な存在感と威圧感は言葉に言い表せない。空想上ファンタジーでは最上位の存在。あらゆる物語で最強を謳っている生物。人間なんてその存在の前には豆粒以下のちっぽけな存在なんだと、一瞬で理解できる。


 そんな龍がいた。

 なぜか分からないが、ひっくり返って腹を見せた状態でこちらを見てきている。


 ――死ぬ。


 なんで調子に乗ってダンジョンなんかに入ってしまったのか。

 なんで素直に通報しないんだよ。

 なんで一階層に龍がいるんだよ。普通龍とかドラゴンなんてラスボスのいそうなやばいダンジョンにいるもんだろ!


 なんで、なんで、なんで。一瞬でこの理不尽に対する怒りと恐怖が襲う。


「ほげええええええええええええっ!?」


 気づいたら絶叫していた。

 人間、切羽詰まると叫び声も切羽詰まった感じになるみたいだ。


「WRYYYYYYYYYYYYYYYYY!?」


 俺の声に反応したのか、龍も空気を震わせる咆吼をあげた。

 これは死ぬわ。


 ビリビリと肌に突き刺さる咆吼という衝撃波。それを浴びたことで、なぜか逆に冷静になれた。恐怖も行くところまで行けば落ち着くもんなんだな。すっきりとした頭にどうでも良い感想が浮かぶ。


 冷静になったことで『逃げる』という選択肢がやっと浮かんできた。

 が、予想通り後ろにあったはずの扉はなくなっている。

 やはりここが主の部屋――ボス部屋なんだろう。


 ダンジョンの主がいる部屋は、一度入ったら主を倒すまで出ることができない。

 これもダンジョン特集で知った情報だが、悲しいことに事実だったようだ。


 目の前の龍こそ、このダンジョンの主。

 なぜか分からないが仰向けになった状態でこちらを睥睨してきているのは、威嚇のポーズを取っているのか、それとも舐め腐った態度なのか。


 こいつを倒さないとダンジョンからは脱出できない。

 倒すか死ぬか。俺の取れる選択肢はこの二つしかないわけだ。

 どうせ死ぬなら、やるだけやるか。


 ――ダンジョンには入った者は、死への受容が拡がる。


 どこかで聞いた話だが、これがそうなのかと納得できる。ダンジョンの効能か、あるいは何か別のものか。それは分からないけど、今はそれで良かった。多分今までの俺だったら小便漏らして腰を抜かしているはずだ。


 武器はない。

 闘うことに役立つスキルもない。

 あるのは上限突破したステータスのみ。

 それでどこまで通じるか分からないけど、やれるところまでやるのみだ。


「――ふぅ」


 小さく息を整える。限界まで上げた知能が、俺の勝ち筋を示してくれる。どう身体を動かせばいいか、息をするように自然と理解できた。


『ま、待ってくださいッ!!』


 まさに踏込もうとした瞬間。頭に響く謎の声。日本語ではないが、なぜか理解できる不思議な言語だった。


 未だひっくり返ったままの龍が、短い手を必死に振りながらこちらを見てきていた。


『ふふふふ服従の姿勢してるじゃないですか!! 何いきなり殺そうとしてきてるんですかッ!!』

「……この声、お前か?」

『そそそそそうです!! 降参です!! 無理です!! 死にたくないです!! 何でもします!! とりあえず話し合いましょう!!』


 どうやらこの声の主は、目の前の龍のようだ。慌てたように矢継ぎ早に叫ぶ龍は、なぜか降参しているらしい。思った以上に甲高い声は焦りと不安に満ちていた。


「えっ、なんで?」

『なんでって!! その魔力!! ■■■■■■■■■より強いなんて、儂が敵うわけないじゃないですか!?』


 途中聞き取れない——というより認識できない言葉が出てきたが、どうやら【全てはあなたの心のなかにある】で弄った俺のステータスはこの龍を簡単に屠るレベルのようだ。


 自分でやっていてなんだけど、やり過ぎたのかもしれない……。


「え? 何より強いって?」

「だから、■■■■■■■■■と――いや、そうか。管理権限アドミニがない故……これほどの力をもちながらアクセス権がないとは、なんと歪な」


 なんか突然知的な雰囲気出してきたけど、仰向けでお腹見せながらだと全然凄さがないな。


「……まあいいや。とりあえず敵対しないってことで大丈夫?」

『勿論です。この始祖たる神龍。一度口に出した言葉を違えるほど愚かではありません』


 キリっとした雰囲気で言っているが、やっぱり姿勢が気になる。というか始祖たる神龍ってなんだ。俺の中二心が疼くが、でもガチモンの龍が言うと様にはなっている。


 と思ったところで、目の前に再び半透明のホログラムが生まれた。数分ぶり三度目の登場だ。


 -------------


 【始祖たる神龍】

 龍種の始祖にして、神格を得た獣。■■■■■■■■■により生まれ、■■■■■■獣の一つとして顕在。【神喰】や【龍皇】として■■■■■の人々に畏れられる。


 【位】  神獣

 【恩恵】 神龍

 【天稟】★★★★★★★★★

 【スキル】(+)


 潜在能力値 表記不能

 

 生命力 34514 / 34514

 精神力 1087 / 41075

 筋力 29482

 体力 37629

 器用 17863

 敏捷 25240

 知力 57423

 魔力 32765


 -------------


 これは……きっと恐らく多分【全てはあなたの心のなかにある】スキルの中にあった権能の一つ【解析】だな。流石に分かる。発動条件は『知りたい』って意識することだろうな。このホログラムが出てきたタイミング的に間違いないだろう。


 そして表示されているのが、目の前で転がっている龍のステータスか。凄そうなステータスだけど、比較対象がないから分からない。とりあえず一般人やダンジョンのモンスターと比べてみたい。


 ……こんだけ大仰にしてて実は雑魚でした、なんてことはないだろうな。いや、ないか。スキル欄のプラスマークを押せば、ずらっとスキルの一覧が出てきた。これだけのスキルを持ってるヤツが雑魚だったら、ダンジョン攻略なんて全くできていないはずだ。


 というか、この説明文フレーバーテキスト……いろんな意味でスゴいな。あまり触れたくないレベルで。


 なにはともあれ。ステータスを比較するということを脳内のやることリストにメモしておいて、改めて龍に話しかける。


「とりあえず、そんなに畏まらなくてください。喋り方も普通でいいですし。お互い仲良くしましょう」


 闘いにならないのなら、その方が良い。

 この龍、俺よりも年上っぽいから、こちらも多少は丁寧に接しなければいけない。最近の若者は目上の人にも普通にタメ語でいくからな。それは良くないと思うんだ。


『あなたは……神か』


 仰向け状態から起き上がりながら龍が呟く。なんかさっきと違ってイケメンな声になっている。てか、やっぱりでかい。数十メートルはあるんじゃないだろうか。こんな巨体でのしかかられたら速攻圧死しそうだ。大丈夫だと思うけど。


「改めて、俺は柴田浩之です」

『う、うむ。儂は始祖たる神龍。名は無い故好きに呼ぶと良い』


 ぺこりとお辞儀しながら自己紹介すると、龍の方も頭を軽く下げてきた。何この可愛い子。


 というか、ダンジョンの主とコミュニケーションを取れるってとんでもない事態じゃないか。ダンジョンの意義とか目的とか、この恩恵ギフトやスキルの意味とか聞きたいことが山ほどある。


「せっかくだから、いろいろ聞きたいことがあるんですが」

『ふむ……ヒロユキの聞きたいことは想像できるが、恐らく答えるのは難しいと思うぞ』


 いきなり名前呼びとは……この龍、陽キャなのか!? 陰キャの俺としては相容れない存在ではないか!!

 という俺の葛藤は置いておいて。


「え、なんでですか?」

『いや、悪意があってというわけではない。そうだな、試しに何か質問してみると良い』

「えっと、じゃあ……このダンジョンって何なんですか?」


 なぜ突然現れたのか。何のために。誰が。どうやって。


『ふむ。ダンジョン……というのは、儂の■■■■■■■■で良いわけだな? これはヒロユキの世界と■■■■■を繋げる■■■だ』

「ん? ほとんど聞き取れないんですけど?」

『やはりか。これは所謂、情報統制だな。世界■の均衡を保つ処理と聞いているが。このせいで質問には答えられない』


 いくつか質問してみるが、その悉くが認識できない言葉に変換されてしまい、全く理解できなかった。


 申し訳なさそうにうなだれる龍。なんか申し訳ない気がしてきた。


「いや、いいです、大丈夫です! やっぱ謎は自分で解き明かせってのが世界のルールなんでしょうね!」

『すまぬ……』

「えっと、じゃあ。このダンジョンを消すことってできますか? このまま放置されると我が家がなくなってしまう危機なんですよね」


 どういうことだと訝しげな顔をする龍――案外、この龍は表情が豊かだ――に、俺の置かれている状況を説明する。


『なるほど。現地生命にここの存在を知られなければいいわけだな。期間が限定されて良いのであれば可能だ』

「え? できるの?」

『うむ。儂ほどの力を持ってすれば隠蔽など赤子の手をひねるようなものよ。本来とは逆の動きだが、しばらくの間であれば構わぬはずだ』

「ありがとう! 助かります!!」


 ひゃっほー! と小躍りしたい気分だ。これで大切な我が家を壊されないで済みそうだ。


『他に要望はないか?』


 うーん。特に思い浮かばないから、別にいいや。というか、流石にそろそろ帰らないと不味い気もするんだよね。


 テレビの特集では、ADAはダンジョン発生の通報後数時間以内には現地に到着する、みたいなことを聞いたし。いつ我が家のダンジョンが見つかるか不安は尽きない。


 どれだけスゴい力を得たとはいえ、社会で平和に暮らすには国家権力に刃向かうわけにはいかないのだ。多分。


「いや、もう大丈夫です」

『では、外に送ろう。そなたに■■■■■の加護を――』


 その言葉を最後に、世界が一瞬煌めき、元通りになった時には、懐かしの我が家の庭に立っていた。


 夜の帳が降りた庭。見上げれば田舎特有の綺麗な星空。澄んだ空気。小さく聞こえる虫の鳴き声。平和そのものの世界。今までの出来事が夢だったような感覚だ。


 目の前にあったはずの虹色の門は、消えていた。


「……」


 とりあえず、ほっぺをツネってみた。痛い。

 インベントリを開いてみる。開けた。

 財布を取り出してみる。いきなり現れた。

 財布から残っていた硬貨を取り出し、握ってみる。粉々になった。


「ひょえええええええええええええええええええええ!!」


 夢じゃない!

 世界が変わった実感がわき始め、俺はニヤニヤした顔で叫んでいた。

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