第3話 カンスト

「ちょっと試してみるか……」


 後ろポケットから財布を取り出す。仕事着のままダンジョンに突入して良かった。

 小銭を一枚取り出すと、指の間に挟んで力を込めてみる。


 ……指が痛くなっただけだった。


 ステータス画面に目を移し、筋力のプラスマークに意識を向けて能力を向上させる。数値が上がる度に身体の奥底から不思議な感覚が一瞬全身を駆け巡るが、真夏の日差しの下で感じる涼風のように爽快なものだったので大丈夫と判断。とりあえずキリの良い100まで上げ続けてみた。


「これでどうなるかな――ッ!?」


 言いながら力を込めると、紙粘土のように硬貨がぐにゃっと潰れた。


 衝撃だ。

 驚愕だ。

 激震だ。


 財布からもう一枚……いや手に入った3枚をそのまま取り出し、つまんでみる。同じように簡単に潰れた。


「……嘘、だろ?」


 潰れたコインがボケて見える。視界全体がぼやけているからだ。

 一瞬能力を上げたことで頭が変になったのかと思ったが、違うことに気づいた。


「あっ、コンタクト」


 慌ててコンタクトを外すと、世界が今まで視たことがないくらい明瞭に輝いて見えた。これは視力も上がっているのか。


 間違いない。このステータスは能力を直接弄ることができるのだ。ステータスに記載されている他の数値に変化はない。いや、生命力が16から34に変化している。筋力が増加したことで、生命力に加算が入ったということか。


 よく分からないけど、減っている数値はなさそう。つまりは無条件に能力値が上げ放題ということなのか。


 これはやるしかない。


 俺はゲームではステータスアップできるアイテムを落とす敵を乱獲し、能力を上限まで上げてラスボスに挑むタイプだ。上限いっぱいまで上げた数値カンストを見るのが快感なのだ。


 というわけで。


「うおおおおおおおおおっ」


 周りに誰もいないことを良いことに、雄叫びを上げながら意識をプラスマークに集中する。


 500、1000、9999、どんどん上がる数値。だが、限界がこない。


 え、これ、どこまで上がるの?


 俺の不安を余所に上がり続ける数値。ただ一刻みずつしか上がらないので、段々と疲れてくる。意識を集中し続けるのって結構疲れるのよね。途中からタッチ操作も併用して上げ始めたが……。


 いい加減、最大値になれよ!


 俺の心の叫びに応えたのか、ステータスの表記に一瞬ノイズが走り、黄金の光が身体から発され――


 -------------

 【氏名】 柴田 浩之

 【位】  1

 【恩恵】 空飛ぶ吼えるケモノ

 【天稟】不明 -unknown-

 【スキル】全てはあなたの心のなかにある


 潜在能力値 (-)110.116(+)

 

 生命力 不明 -unknown-

 精神力 不明 -unknown-

 筋力 不明 -unknown-

 体力 不明 -unknown-

 器用 不明 -unknown-

 敏捷 不明 -unknown-

 知力 不明 -unknown-

 魔力 不明 -unknown-

 

 【インベントリ】

 【権能】

 -------------


「ふぁっ!?」


 何か表示がバグってしまった。


「え、これって、どうなってるの」


 不明というのは、オーバーフローでも起こしてしまったのか。

 慌てて財布から残っていた硬貨を取り出し、握ってみようとする。

 粉々になった。


「は?」


 曲がったとか潰れたとかではなく、粉々に破壊されていた。ほぼ力を込めていないのに。

 どうやら能力としては確実に上昇しているようだ。最後に数値として確認できたのが65535だったので、それ以上はあるということだろう。


 そこで気づいた。


「あれ? プラスもマイナスも消えてる!?」


 数値の両端にあったプラスマークもマイナスマークも消えていた。これってもう加減できないってことか。


 そうなると、このとんでもパワーをもったまま日常生活を送れということか。

 力をまったく込めずに硬貨を粉々にするような奴が、普通に生活できるとは思えないんですが。


 ドアを開けようとしたらノブを壊し、コップでお茶を飲もうとしたらコップを壊し、服を着ようとしたら衣服がびりびりなる生活。それに筋力だけでなく、全てのステータスが『不明』になっているわけだ。敏捷も人外になっているということは、一歩踏み出すだけで壁にめり込みそうだ。怖くて動けない。


 詰んでいる。


「……いや、待てよ」


 後悔が襲ってきそうになった時に、ふと気づいた。

 俺は普通に財布を扱って硬貨を取り出していた。


 硬貨が粉々になったのは、硬貨を潰そうと意識したから、か。

 向上した知力のお陰か、妙に頭がスッキリしていろいろと"理解"できる。


 要は、意識の問題だ。

 軽く一歩踏み出す。普通に歩けた。


 次は意識して踏み出す。景色を置き去りにするような感覚。一瞬よりも速く対面の壁まで到達する。


「……なるほど」


 しばらく身体を動かしてみると、しっくりくる。意識と身体がしっかりとリンクしているような万能感。これはクセになりそうだ。


 これは気をつけないと、油断とか過信とか増長とか傲慢とかそういった負の意識で足元を攫われてしまうことになりそう。しっかりと自戒しないといけない。もう俺は自由奔放な若者ではなく、責任のある大人なんだから。


 物語とかでもよくある傲慢になって失敗するストーリーが一番嫌いだからな。


 ぱんっと頬を叩き、気合を入れる。


「そういえば」


 体つきに変化はあるんだろうか。

 これだけの筋力や敏捷性を持ったにも関わらず、見える範囲では変化はなさ――いや、めっちゃ変化してる。


 腕や脚など太さ的にはそこまで変化はないが、筋肉は明らかに引き締まっている。張りもめっちゃありそうだ。そして何よりも大きな変化がお腹だ。服を捲りあげて見てみれば、たるんだお腹はしっかりとシックスパックになっている。通りで服がぶかぶかになっているわけだ。ズボンもギリギリベルトでひっかかて落ちずにすんでいるが、動けばすぐにズレ落ちる状態だ。二重顎として存在感のあった顎の肉も消えている。


「……なんか努力無しでダイエット成功してしまったな」


 棚ぼたで得た力でこんなに良い思いをしても良いのだろうか。

 少し罪悪感みたいなものを感じるが、すぐに気持ちを切り替える。俺は貰えるものはありがたく頂戴するタイプだ。


 この貰った力もありがたく頂くとしよう。その代わりに誰かの役に立つことで俺ができることがあれば、少しは貢献しようと思った。


「そういえば、他にもあったよな」


 全てはあなたの心のなかにあるスキルで現れた機能はステータス以外にもいくつかあった。


「インベントリ……」


 財産目録や在庫を意味するビジネスやIT業界でよく使われる言葉だったが、この場合は多分というか恐らく……。


「アイテムボックス的なやつなんだろうな」


 とりあえず持っていた財布をインベントリに入れてみる。

 これも意識するだけで財布は手から消えた。再度インベントリを意識すれば、新しいホログラムが生まれた。


 -------------


 【インベントリ】

 ・財布

   ・日本国一万円札 ×3

   ・日本国千円札 ×6

   ・日本国500円硬貨 ×1

   ・日本国1円硬貨 ×4

   ・クレジットカード

   …


 -------------


 そこには今手元から消えた財布とその中身が階層ごとに表示されている。デフォルメされたイラストも付いていて、ちょっとオシャレだ。


「取り出すのは……」


 それも意識すれば一発だった。千円札だけが、俺の手元に現れる。どうやら中身だけを取り出すこともできるようだ。


「次は権能か……」


 -------------


 【権能】

 ・ステータス  ON

 ・インベントリ ON

 ・解析     ON

 ・ドロップ調整 ON


 -------------


 とある。

 これは特殊な能力を使える状態にするためのものか。権能と呼ばれる各機能の横にはONとOFFのトグルがあるので、有効無効は切り替えられるようだが、とりあえずはONにしておく。


 字面的にあっても困りそうなものはなさそうだ。というか、俺の予想が正しいなら、これもとんでもない機能な気がする。


 今すぐ確認したい気もするが、ちょっと我慢だ。詳しい調査はまた後にしよう。

 興奮続きで疲れてきたのもあるが、何よりダンジョンに入って結構な時間が経っている。


 いつこのダンジョンがバレるか分からない状況で、ゆっくりしていたら不味い。


 このダンジョンの主を倒し、ダンジョンを走破できそうならしてしまう。無理そうなら撤退して通報する。どちらかをはっきりさせないと、ダンジョンに勝手に入っているのがバレるのが一番ヤバそうだ。


「……となると」


 行くしかない。祭壇の向こう側に見える大きな扉。これが恐らくダンジョンのメインにつながる扉だろう。


 とりあえず、ダンジョンの一階層を見てみよう。


 話によると、基本的にダンジョンの一階層は大人なら誰でもクリアできるレベルらしい。出てくるモンスターがほぼ攻撃力がなく、動きも緩慢なヤツばかりらしく、簡単に避けていけるし、戦闘になっても簡単に倒せるそうだ。


 二階層になるとある程度の準備を整えたら安全にクリアできるレベル、三階層からが本番と聞いた。


 そしてそのショボい一階層しか存在しないダンジョンも少なくないそうで、これらは外れダンジョンと呼ばれる。モンスターが弱い分、ダンジョンから獲得できる素材やアーティファクトがほぼないからだ。


 だが、今回の俺に関して言えばダンジョンのクリアが目的なわけだから、そのショボいダンジョンであれば最高だ。


「……行くか!」


 一階層しかないようであれば、クリアを目指す。二階層以降もあるなら、諦めるしかない。その時は素直に通報しよう。


 そう思いながら、重厚な扉を開けた。

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