第10話 五つの宝物
僕らは竜宮城を後にした。
――しかし、暑い。
「いゃ〜、竜宮城は涼しかったな〜。飯も美味かったし」
「そうですね〜。こんなに暑いと竜宮城に戻りたくなりますね。……あっ、わたし温度は分からないんだった」
KAGUYAはノリツッコミを覚えていた。
少し胸を張り、どことなく満足そうな顔をしている。
「……お前、今ちょっとドヤ顔しただろ」
KAGUYAはくるっと目を逸らした。
「してません」
しかし、やはり顔は満足そうだ。
などと、たわいない話をしていると、峠の茶屋が目に入った。
店先に托鉢僧が立っている。
涼しげな鈴の音だ。
托鉢僧は名店の証。僕の持論だ。
「あっ、わたし、ここに来たことあります」
「いや、来るときはこの道を通らなかったぞ。気のせいだろ」
「ありますよ。ほら、カフェ・ド・ウラシマ」
KAGUYAが指差した先には、“縺ゅサ繝斐?縺励”の文字。
……読めねぇ。
店の外観も、説明はしにくいが普通の茶屋とは少し違うような違和感を感じた。
「これは……何語?」
「ああ、文字化けですね」
当たり前のように答えるKAGUYA。
え?どういうこと?
さっぱり分からない。
「そういえば、竜宮城には甘味が無かったな。瑤姫様は甘い物がお嫌いだとか言って」
「じゃあ、入りましょう」
ということで、僕らは店に入ることにした。
カランコロン〜♪
メイド服を着た店員が元気にあいさつする。
「いらっしゃいませ〜。忘却の楽園、カッフィ・ドゥ・ウラシマへようこそ〜」
……ほんとにウラシマって読むんだ。
壁には、時刻――であろう数字を表示する箱が掛けられ、その数字が規則的に点滅している。
やたらとふわふわした革張りの長椅子。
木製のテーブルは何やら光るチューブで縁取られている。
……やっぱり、何かおかしい。
しかし、KAGUYAは平然としている。
いや待てよ、まさか。
僕は胸騒ぎがして、店員に尋ねた。
「今は……何年ですか?」
「? 浮羽十二年……ですけど?」
良かった。現代だ。
「確かに当店は、近未来をコンセプトにしていますが……?」
何だ、ただのコンセプトカフェか。
ビビらせやがって。
竜宮城の近くでコレは反則だろ。
僕らは、やばい客だと思われたのか、入口から遠い席に案内された。
僕らはお茶と団子を頼んだ。
団子は店の名物だという。
もち米をつき、一口サイズの団子状にしたものを四つ串に刺して焼いている。
上には飴色に輝く餡が掛かっている。
口に含むと甘じょっぱい味が口いっぱいに広がり、鼻から焦げた醤油のほのかな香りが抜ける。
これは美味い。熱い煎茶に合う。
「ふ〜っ、ふ〜っ」
KAGUYAはお茶を冷ましている。
あれ? 温度分かんないんじゃ……またノリツッコミか?
期待して待っていると、目が合った。
「わたし、温度はわからないんですけど、猫舌なんです」
「どんな無駄機能だよ」
こいつ、確実に成長している……。
カランコロン〜♪
「いらっしゃいませ〜。あら、
常連客か来たようだ。
微かに潮風が香り、場の空気が少し重くなった感じがした。
入口の方を見ると、そこには――瑤姫。
これは気まずい。先ほど感動の別れをしたところだ。
瑤姫もこちらに気づき、バツが悪そうに少し離れた席に座った。
「あっ、瑤姫さん!」
KAGUYAに見つかった。
目を逸らす瑤姫。
KAGUYAはお茶と団子を載せたお盆を持ち、瑤姫の席へ移動する。
間合いの詰め方が達人のそれだ。
「ま、また会ったな」
瑤姫は少しうろたえていたが、ほんの一瞬だけ胸元に掛けた黒い真珠に触れると、気を取り直したように話を続けた。
「五つの宝物について話しておこうと思ってな……」
絶対に思って無かっただろうが、確かに必要な情報だ。
僕は話を聞くことにした。
瑤姫は静かに語り始めた。
「まず、蓬莱山の宝の枝……、これは高強度・高剛性、それでいて曲げに強く軽量。
これを加工するには確かな匠の技が不可欠だ」
確かに、竹の強化版のような中空パイプだ。
加工は困難を極めるだろう。
「そして、水に挿せば無限に育つ」
おお、SDGs。
「次に、竜の頸の五色の玉。これは前に説明したな。無限のエネルギーを発する石……。くれぐれも箱を開けるな。長生きできぬぞ」
まあ、たぶん放射性物質。開けるわけない。
ふと見ると、KAGUYAは口の周りにべっとりと餡を付けて団子と格闘している。
確かに、三個目辺りから食べにくいよな。
僕もさっき串が喉に刺さりそうになったよ。
瑤姫は団子を一瞥すると、KAGUYAの串を無言で取り、
三段目の団子をそっと箸で先端に寄せた。
その動きはまるで長年の癖のようで、本人さえ気づかぬほど自然だった。
「……こうすると食べやすい」
「すご……プロだ……」
瑤姫は表情一つ変えず、話を続けた。
「そして、仏の御石の鉢……、これは反重力装置。持つ者の体重を自在に操れる」
なるほど。月に行くには必要だ。
地球を離れるほど高く飛ぶのが課題だと思っていたんだ。
「もしかして、わたしも飛べるようになるんですか?」
KAGUYAも話に食いついてきた。
目が輝いている。
「また、蓬莱山の宝の枝と組み合わせると、鉢から米が溢れてくる……」
それを聞いたKAGUYAが鉢に枝を挿してかき混ぜると、中から米が湧き出てきた。
凄い。
面白くなったのだろう。どんどんかき混ぜる。
米が増える。
――増える。
「……ただし」
瑤姫の声が少し低くなった。
「何処かの托鉢僧の鉢から米が消える」
一瞬、店内が静まり返った。
何やら外が騒がしい。
先ほどの店員の声がした。
「店長、表でお坊さんが泣き崩れています」
僕は無言でKAGUYAの手を握り、首を振る。
……ごめんよ、見知らぬ托鉢僧。
瑤姫は気にせず説明を続ける。
「唐土の火鼠の皮衣は、耐火布だ。
耐刃性も高く加工には職人技が求められる」
なるほど。
しかし、肌触りは無駄に滑らかでシルクのよう。
そしてほんのり柔軟剤の香り。
池の女神の香りだろうか。
「この二つは、四天王の一角、池の女神が所有していたはずだが。一体どうやってこれを?
あの方は四天王の中で最も切れ者……」
あの女神も四天王なのか……。
「キレたら手がつけられぬぞ」
そっちの切れ者? やっぱり、そっち?
「最後に、燕の子安貝。時を巻き戻す巻き貝……」
ああ、これでタイムリープを。
本当だったんだ。
「耳に当ててみろ」
僕は言われた通り、貝を耳に当てた。
「燕の雛の鳴き声がうるさければ本物だ」
何で無駄な機能……。
そして、これは本物……。
「そして、これを守るのは、四天王最強の男……あやつは、鬱蒼と茂る樹海に居を構え……」
そこで僕が口を挟む。
「でも、使わないんでしょ? じゃあ、良いや。もうあるし」
そう言うと席を立ち、KAGUYAを連れて会計に向かった。
「待て、奥菜。話だけでも……」
瑤姫は、どこか影を落とした表情で僕らを見送った。
店を出ると、托鉢僧が嗚咽を漏らして座り込んでいる。
「あぁ、ブッダ。ブッダは私を見放した……」
KAGUYAは托鉢僧の前で片膝をつくと、先ほどの米をそっと彼の鉢に入れた。
托鉢僧はすがるような目でKAGUYAを見つめる。
KAGUYAが彼に語りかける。
「捨てる神あれば、拾う神あり。この世は諸行無常です。人生は無限の廻廊を廻る旅なのです。……どこかで聞いた言葉ですが、良い教えだと思います」
日に照らされ、シルバーボディが輝いている。
何を言っているのかは分からないが、意味深だ。
托鉢僧の目からハラハラと涙が溢れる。
「おお、白銀の菩薩様が降臨された……」
いや、奪った本人なんだけどな……。
今度は感動の涙を流した。
夕陽が托鉢僧の涙を金色に染めていた。
僕らは店を後にした。
托鉢僧は、何かを悟ったようなスッキリとした顔で手を合わせ、
いつまでも僕らを見送っていた。
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