第9話 「竜の頸の五色の玉」後編

僕たちは事情を話した。

KAGUYAのこと、五つの宝物のこと、タイムリープのこと。


瑤姫はしばらく目を閉じ、潮の流れを読むように静かに息を吸った。

「……なるほど。海の揺らぎと整合する。嘘は無いな」


瑤姫は話を完全に理解してくれたようだ。


「話は分かった。潮の乱れから薄々分かっていた。協力してやろう」


「ついでに」と前置きはしていたが、竹細工の修復、そしてKAGUYAの全身の完全スキャンと引き換えに竜の頸の五色の玉を譲ってくれると約束してくれた。

きっとそれが本命だろう。


瑤姫の話では、玉はとても危険なもので、

彼女は海の奥底で海洋の研究を行う傍ら、それを制御するための施設――竜宮城を管理しているという。

その絶大な力は、海に沈めておかなければ、とても制御できない。


ただ、その一部なら分離も可能だろうとのことで、

それを分離するまでの間、竜宮城に滞在させてもらうことにした。


まずは全身スキャンの準備をするまでの間と、僕らは別室に通された。


先ほどまでの静謐さとは打って変わって、きらびやかな世界。

そこは、豪華な食事とタイやヒラメの舞い踊りが繰り広げられる大宴会場だった。


超巨大ウーハーとミラーボール、カラオケ施設も完備されている。

巨大スピーカーが低音を震わせ、ミラーボールの光が水流に乗って万華鏡みたいに走る。


音と光の洪水の中、瑤姫の部下たちは魚の姿で踊っていた。

まるで釣れたての魚のように活きが良い。


……彼女流の歓迎とは、こういうことらしい。

ややこしいわ。


僕は久しぶりの豪華な料理に舌鼓を打った。

こんなに旨い酒も久しぶりだ。


KAGUYAはタイやヒラメ(に扮した部下たち)と陽気に踊っている。

その動きは流れるようで、視線は迷いが無い。

まるで、彼らの踊りをリードしているかのようだ。

彼らも自然と柔らかい笑顔になり、KAGUYAを目で追っている。

KAGUYAの動きは、海そのもののリズムが宿っているようだった。

それはまるで、誰よりも“生きて”いるように見えた。


僕はその姿を見て、胸の奥で何かが静かに固まっていくのを感じた。

――嫌な予感に似た、静かな決意の種が。


宴もたけなわという頃、瑤姫が分厚い紙束を抱えて部屋に入ってきた。

スキャンの準備ができたらしい。


「見ろ。この完全な曲線の中に――微かに乱れる対称性を見つけた」


紙にはびっしりと数式。

……うん、まったく解らない。


とはいえ「解りません」と言うのも癪なので、僕は適当にページをめくる。


「ん? このへん……足し算、間違ってない?」


瑤姫は反射的に紙をひったくる。

しばらく睨みつけたあと、わずかに口元が緩んだ。


「ふっ……さすが奥菜。試したまでだ」


強がっている。耳が真っ赤だ。


すぐにKAGUYAへ視線を向ける。


「さあ、行くぞ。隅々まで解析してやる」


早口でそう言い、KAGUYAの手をとって別室へ消えていった。


――そして、僕だけが広い宴会場に取り残された。


そう言えば、KAGUYAが来てから、一人になることが無かったな。


一人で踊りを眺め、

一人でご馳走を食べ、

一人で旨い酒を飲む。


……おかしい。

何か、旨くない。

一人って、こんな感じだったっけ。


音と光が弾ける中で、僕だけが静止していた。

KAGUYAと瑤姫が消えた部屋の扉をぼんやりと眺める。

段々と音楽が遠ざかっていくような感じがした。

賑やかなはずの宴が、まるで遠い惑星の出来事みたいだ。


---


それからしばらく竜宮城に滞在させてもらい、瑤姫から玉の一部を受け取った。

四角い黒い箱に入っていてやたら重い。


決して開けないようにと忠告を受けた。

「開ければ、8里四方に大きな災いをもたらす」と。

開けなくても使えるようにインターフェイスは装備してあるからと。


OK、その話は何か知ってる。

絶対開けてはいけない箱。煙が出るやつ。

絶対開けないと誓う。


帰り際に、瑤姫から海中でも呼吸ができ、深海の圧力にも耐えるという服も貰った。

月でも役に立つだろうと。


「わたしには必要ありません」とKAGUYAは断るが、

僕は「一応、貰っとく」と言って受け取った。


瑤姫は渡した服の端を、しばらく指で撫でていた。

「……軽いのね。まるで――」

瑤姫はそこで言葉を切って、僅かに微笑んだ。

その微笑みの奥には、潮の満ち引きみたいに避けられない運命の影が揺れている気がした。


「あと残すは、燕の子安貝かぁ。それも四天王の一角が持ってんの?」

僕は瑤姫に尋ねた。


「その通り。あやつは…」

と言いかけたところで、KAGUYAが口を挟んだ。


「あ、それはもう持ってます」


『は?』


瑤姫と僕は思わずハモってしまった。

竜宮城の室内が一瞬だけ震えた。


KAGUYAによると、燕の子安貝は“時間を遡る”ことが出来る道具らしい。

それを使ってKAGUYAは現代に来たのだ。


更に衝撃の事実は、KAGUYA完全体には不必要だという。


僕らは早速工房に戻って宝物を組み立てることにした。


瑤姫から、次の四天王が楽しみにしているから立ち寄るだけでもとお願いされたが、

面倒くさそうなので丁寧に断った。


瑤姫は、最後にKAGUYAに語りかけた。


「海は全てを記憶する……。自分を見失うでないぞ。そなたのことは海と私がいつまでも見守っているのだから」


まるで、これからの運命を悟っているかのように、その瞳は少し影を帯びていた。


そして、瑤姫はとても悲しそうな顔をして僕らを見送った。

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