悪人の企み

 名も無き小さな寒村は本来ならばのどかな光景が広がっている筈だったのだが、そこにあったのは凄惨なものだった。

 建物は破壊され、村民は皆惨殺されている。

 彼らの遺体は食い荒らされておりその残骸は同様に食い荒らされた家畜の物と入り混じり合い挽き肉の様相を呈していた。

「おい、これで何軒目だったかな。村を襲うのはよ」

 そう口にしたのはいかにも悪人といった風貌の男で、モヒカン頭に三白眼という人相の悪さも相まってその姿は正に盗賊に相応しいものだった。

「確かこれで五軒目っすよ。いやぁ、人間喰えるのはイイっすけど手応えがなさすぎでちょっと退屈っすね」

 盗賊のリーダーであるモヒカン男の名はジェイドと言い、元は魔王軍の幹部だった男だ。

 そしてジェイドの三人の部下も同様に魔族であり、ジェイドの率いる部隊に所属していた者たちだった。

「文句をいうな。ロッツ・バルザーニの指示は絶対だからな」

 そう口にしながらも内心それを面白く思っていないからかジェイドは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべていた。

 魔王亡き今、かつては部隊を率いて人間と戦っていたジェイドは盗賊となっていたが、この地方一帯のならず者たちを支配するロッツ・バルザーニという人物の配下となり様々な指示を受けて活動をしていた。

 この寒村の虐殺もその内の一つだった。

 配下の組織を使いロッツ・バルザーニの名の下に略奪と虐殺を繰り返すのはその名を恐怖の象徴として世に知らしめるためらしいのだが、それによって何の得があるのかはジェイドは知らなかった。

 ただロッツ・バルザーニから貰える報酬は大きく、魔族は人間を捕食することで強くなるという特性を持つのでジェイドとしてはメリットの多い活動だった。

 ただ、魔族として人間から命令を下されるのはやはり気分のいいものではなかった。

 ジェイドがロッツ・バルザーニの配下に降ったのは今から五年前の話だ。

 敗北を予期し、自分の部下を引き連れて魔王城防衛戦を離脱したジェイドは遠く離れたセルレーム大陸の北方を目指した。

 魔王が斃され、力を失った魔族はこれから先確実に迫害の対象となり絶滅まで追い込まれると予想し、人口の少ない地域で息を潜めることにしたのだ。

 ジェイドは再起するために仲間たちと人間の村を襲い、そして力を付けるために喰らった。

 魔族が忌み嫌われる所以はその肉体的強さではなく、捕食行動こそにありジェイドたちは人喰いの魔族と恐れられていた。

 そしてそれから五年が経ったとき、ロッツ・バルザーニの使者が現れた。

 その男はレドシと名乗る人間で、一見すれば普通の男に見えたが、ジェイドはその男の持つ底知れない邪悪さに気がついていた。

 冷徹な目つき、そして濁り切った瞳。

 ジェイドたちと相対したとき、レドシはこう口を開いた。

「元魔王軍の幹部、ジェイド殿ですね。貴方の力を貸して頂きたいのです」

 ジェイドは無論断った。

 レドシがあまりにも怪しかったからだ。

 だが次の瞬間、従わざるを得ないと彼は直観した。

「これはほんの気持ち……手土産の様なものです。受け取って頂きたい」

 レドシが持ってきた……否、連れてきたものは家畜化された三人の人間だった。

「魔族は人間を捕食すると言いますからね。煮るなり焼くなり好きにして下さい」

 このときレドシは言葉や表情に自虐的な部分や翳りの部分を見せなかった。

 つまり彼にとっては人間をこの様に扱うことなどはごく普通の当たり前のことでしかないということだった。

 レドシの異常性に気が付いたのか部下たちも動揺を隠せずにいる様子だった。

 レドシにとって家畜化された人間は同種族な筈であるのにこの様に扱うことが出来てしまう。

 ジェイドは同じ魔族に対してこんな風に奴隷以下の……家畜同然の扱いができるだろうか。

 無理だろう。

 レドシの様にそう扱うことが当然であると思うことは出来ないだろう。

 格が違う、とジェイドは感じた。

 悪人としての格、その内に秘めた邪悪さの格が。

 今この男の話に乗らなければ間違いなく自分たちは潰される。

 そう思わせるものがレドシという男にはあった。

 もっと言えばそんな男を配下として従えているロッツ・バルザーニの危険性をジェイドは感じ取っていた。

 選択肢は二つ、ならばジェイドは生き残れる方を選ぶ他なかった。

「いいだろう、お前たちに協力してやる。だが報酬は弾んで貰うぞ」

「無論、そのつもりですよ」

 レドシはニヤリと笑みを浮かべた。

 それから時が経ち現在、ロッツ・バルザーニからの依頼を次々とこなしていたジェイドだったが、次の依頼はかなり大きなものだった。

 レドシの使い魔である鴉が運んできた手紙に書いてある指令にはオルゼスという街を襲撃しろとあった。

「襲撃、ね。殺して奪えばいいって話だろ」

 ジェイドは魔王軍として城攻めも経験している。

 あの頃と比べれば戦力はかなり少ないが街一つ落とすことくらいは出来る自信があった。

 ただ最近は一つだけ懸念点があり、それだけが頭の中に引っかかっていた。

「聖浄機関の連中がどう動くかが問題だな。派手にやるとなれば連中の目を惹きつけることになる」

 魔族にとって聖浄機関は天敵だ。

 魔族を倒すために編み出されたアルマ・テールムと神々の信奉者にしか扱えない特殊な術があり、これが非常に厄介だ。

 聖浄機関の連中には何人もの仲間が斃され、何度も煮湯を飲まされている。

 とはいえ魔王軍の幹部だった頃と比べればかなり実力を付けているのも事実だ。

 今の自分ならば軽く蹴散らすことも出来るという自信はある。

 そしてどのみちロッツ・バルザーニの指令に従わなければならないのだ。

 答えは考えるべくもなく決まっていた。

「準備しろ、オルゼスに向かうぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

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