第28話 ファンナの行い⑦ 別れと再出発

 出発の日、俺達は荷造りを終えてケディーのお母さんのお墓の前にいた。


「……」


 ファンナは目を瞑ってお墓の前で数分間はじっとしている。


「おねえちゃん長いよ……」


 ケディーが声をかけた。


「……僕、お姉ちゃんじゃない……お兄ちゃん」


「俺達は出発するぞ!」


 アックスが言った。ファンナはすっと立ち上がり振り向いてケディーの前まで行くと、その後ろにいる老夫婦に視線を向けた。ケディーよりも頭一個分大きい顔立ちがしっかりとした老婦人と、それよりも少し大きいぐらいのまだ腰の曲がっていない老夫。


「……ケディー、お願い。……彼女は誰よりも優しい……いい子……」


「分かってます。本当はもっと早くにこうしていなければならなかった。私達が臆病なばかりに……」


 老婦人の肩に、ファンナはそっと優しく手をかける。


「……反省する気持ち……今、それで十分。……これから……ケディーにいっぱい……愛情注ぐ」


「……はい」


 老婦人の目にうっすらと光るものが見える。ファンナと老婦人の間で見上げていたケディーは、勢いよく老婦人に抱きつく。その勢いに老婦人は体制を崩し、ファンナは倒れないようにとすぐさま支えた。


「……ケディー……勢い強い……お義母かあさん困る」


「いいんですよ。子共は元気すぎるぐらいでちょうどいい。ねぇ、ケディーちゃん」


 ケディーは老婦人の胸の中にうずめた顔を上げていつもの表情、にへへっと笑う。それを見た老婦人は思わず涙を流す。


「……義母ママ、どこか痛いの?」


 突然の涙に心配な表情を向けるケディー。


「……ううん、ううん……違うのよ。ママは嬉しいの……」


 老婦人の涙につられ、隣にいる老夫も涙目になる。まだ涙の意図が分かっていないケディーは老婦人に抱かれながら、きょとんとした表情でファンナに視線を向ける。

 ファンナは目を細めて、新しい親子の姿を目に焼き付けた。


 実はこの老夫婦は養子の打診を二度断っている。

 初めてケディーを連れて訪問した際は、老夫が怒鳴り散らし聞く耳を全く持たなかった。それ以降、俺達はこの老夫婦の家に訪問する気を全くしなかったが、ファンナが「もう一度……」と言ったので日を空けて再度訪問をしてみた。が、その時も態度は変わらず、ただ怒鳴り散らすだけだった。


 俺はファンナに「結果は見えてたのに、なんでもう一度?」と聞くと、彼は「……ケディーに軽蔑の目を向けていない……それ……あの夫婦だけ」と彼は答える。癇癪かんしゃくを起こして怒鳴り散らしている老夫婦、彼の言っている意味はいまいち俺には分からなかった。


 後日、俺達が出発すると決めていた日の二日前。突然老夫婦の方から俺達の寝所(元あったケディーの家の前、簡易的なテント)に来て、「ケディーを養子として受け入れたい」と言ってきた。ケディーはファンナと視線を合わせ、ファンナは何も言わずに答えを促すと彼女は「よろしくお願いします」と言った。


 その時の老夫婦は今までの癇癪を起こしていたイメージとは打って変わって、優しい表情をしていた。聞くにこの老夫婦は今までの態度にそれなりに事情があったようだ。


 お二人が若かりし頃、結婚してから十年がたってようやく一人目の子を授かったという。今のケディーに似て笑顔が素敵でやんちゃな子だったそうだ。このまますくすく育つと思われたが、残酷なものでやっとの思いで授かった子は病気で五歳と早くに亡くなってしまった。


 その時のショックから老夫婦は子作りをしないどころか、村の子供たちからも避けたという。村では子供嫌いで有名で、大した理由もなく他人の子供をよく叱っていた。つまりは近所で必ず一人はいる迷惑で厄介な、気難しい人たちになってしまったのだ。


 そんな老夫婦はまだ村を追い出される前のケディーに、いつもするように理不尽に一度叱ったことがあった。その時のケディーは叱られたにもかかわらず、不思議と笑顔を見せたという。にへへっと屈託のない無邪気な笑顔で。


 二人はその時のことが今日こんにちまで、ひいてはケディー親子が村を追い出された間中もずっと忘れられずにいた。養子の打診を断りした老夫婦は改めて考え直し、受け入れることを決心したという。


 念の為、俺たちは出発日をもう少し遅らせ、老夫婦とケディーの様子を見てみたが、心配するまでもなかった。

 今まで癇癪を起こしてばかりいた老夫婦は重い足かせを外せば、単なる子供好きの優しい親に早変わり、ケディーもすんなりとなついた。自分たちを長年騙し続けた心を廃してまでして、養子を決めた二人のことだ。これからもきっとケディーを大事に育ててくれることだろう。


「ファンナ、本当に一人で行くのか? 目的地も一緒だし、俺達と行動すればいいのに」


「……リチャーズ、寄り道過ぎる……エリィから聞いた。……ダリル待たせている……僕急ぐ……」


「あはは……」


 俺は頭をかき、隣でエリィとアックスは首が取れそうなほどに大きく頷いていた。


「ファンナ!? それって……」


 エリィが驚いたのは、ファンナの周りに風がまとい体が光りだした時だ。


「……なに?」


「なにって……あんた、それって……もしかしてスピードスター? 詠唱はどこいったのよ!?」


「……これぐらい……詠唱いらない。……簡単だから……」


「簡単って……」


 エリィは頭を抱える。同じ魔法使いのエリィがそう思うのも無理はない。故郷の村で誰一人として無詠唱で魔法を唱えた者を見たことがないからだ。それをあっさりと簡単と言ってしまうファンナ、彼は間違いなく天才の部類だ。


「わたしきめた! 大きくなったらファンナおねえちゃんみたいな、かぜまほう使いになる!」


「……お姉ちゃんじゃない……お兄ちゃん。……ケディー……魔法使い特性ある……火、水、風、土……魔法できたとしても……どれか一個……風とは限らない」


「それでも、かぜ使いなるもん!」


 ケディーはにへへっと笑みを見せる。ファンナはケディーの頭を撫で、応援しているっと言った。


 彼は周囲に纏った風を背に集め、足は風で浮きそうなほどに軽くし、背中を押すように風を一気に開放すると瞬く間に姿が見えなくほどに走り去っていった。


「――あ!? ……ファンナの魔法、『図鑑』に収めとけば良かったな。失敗したなぁ」


 俺は彼が向かった先を見つめながら、そう呟いた。

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