第19話 憂鬱な冒険者③ 逆転劇をやらかす

 ダリルが決めた勝利条件は――相手が負けを認めるか気絶させるか、もしくは危険とみなしてアックスが止めるかだ。


 試合形式の実技試験で何度かダリルと戦ったことはあるが、俺はどの試合も一方的に負けている。

 彼は筋肉質でプロレスラーのような丸みのある体型だが、見た目に反して意外と素早さもある。それに比べて俺は、体力もなけりゃあ素早さも決して早い方ではない。誰がどう見たって勝ち目がない勝負だ。


 せめて前もって試合をすると言ってくれれば、対策がうてたのに……いや、対策をうてた所でだな……

 まぁそれでも全く勝ち目がないかというと、そうでもない。俺だってそれなりに用意はあるさ。ワーウルフに襲われたあの時から、俺は常に武器を持ち歩いている。それはエルフから貰ったポーチの裏にだ――つまり隠し武器ってやつだ。


「ぐへへ……好きなタイミングで攻めてこいよ」

 

 ダリルは両拳を胸の前に構える。剣術が得意なダリルだが体術も十分に強い。ダリルの体術は荒っぽさがあるし、もっと上手い連中も何人かいる。しかし体術だけの大会がもしあったとしたら、やはり彼はアックスの次に強いレベルだ。それだけ彼は規格外のパワーを持っている。


 俺は木剣を両手で握った手にひどく汗をかいていることに気づき、片手ずつシャツで拭う。拭ったついでに腰につけたポーチの裏に、がちゃんとあるかもさり気なく確認する。


「……ふぅ。ダリル、行くよ!」


「ぐへへ……いつでも来いよ」


 俺よ、頭は常に冷静でいろ。まずは現状把握、左右は倉庫に囲まれている。道幅は大人四人ほど、周りに障壁もなにもない。逃げるなら後方しかない、だけど直線は圧倒的にダリルの方が早い。すぐに捕まってしまう。


 ――ってことは、攻撃は最大の防御なりだ!


「うおおおおぉ~!!」


「なんだぁ? そんな単純な攻撃じゃ当たらないぜ」


 リーチの長い木剣を全力で振れば、ダリルはかわし続けるしかない。素手だし篭手もない。いくら俺のような非力でも、全力の振りなら避ける一択だ!


「ぉおっと〜!」


「――なに!?」


 俺が二度三度と木剣を振り、次に振りかぶったその隙を狙って、ダリルは俺の手首を掴んだ。そして間髪入れずに強烈なパンチが――


「っがは!」


  俺は顔面強打で吹き飛ばされ地面に倒れる。鼻からは出血し、顔がじんじんと痛む。なんちゅうバカ力だ! だが木剣は離さなかったぞ。武器を奪われては勝てないからな。


「ぐっははははっ〜、ずいぶんと軽いなぁ〜。ちょっ〜と小突いただけなのに吹っ飛びやがったぜ!」


「……はぁはぁ」


 一発もらっただけなのにもう足腰にきてる。呼吸もしづらい。これは戦闘が長引くのはまずいな……


「ぐへへへ、もう少し楽しませろよ。ほら、行くぜぇ!」


 攻めてくる。とりあえず木剣を振りまわせ!


「うぉおおお〜」


 ダリルは俺の剣筋を見抜いて体を反らせてかわす。何度も木剣を振るが一発もあたらない。彼は憎たらしくも余裕な表情を浮かべる。

 そして彼は俺の剣筋を見抜いて、器用にも木剣を握っている俺の手の甲を殴る――強烈な傷みが左手に走り、たまらなく木剣を落としてしまう。


 手が腫れるほど痛い――が、ここは我慢だ。これぐらいは予想の範疇はんちゅう! 俺はすぐさまポーチ裏に忍ばせたナイフを抜く。ここは躊躇ちゅうちょしてはダメだ。ダリルなら致命傷までいかないはず。


 俺はそのナイフを肩口に向かってまっすぐに突く。


「――ダリル!?」


 俺のナイフを見て驚いたアックスが叫んだ。


「ぐっはは、アックス止めんなよ! なんでもありだと言ったのは俺様だ。しかしまさかのまさか、刃物を隠し持ってるとはなぁ〜、こりゃあ驚きだぜぃ」


 ダリルは左腕の傷を手で抑えながら言った。肩口を狙ったが、彼はすぐに腕でカバーをした。腕の傷は大きくは見えるが皮膚の表面を切っただけだ。滴り落ちる血は雨粒にように一滴、二滴と地面に落ちる。


 アックスは試合を中断させようと一歩前に出たが後退する。俺がナイフを日頃から持ち歩いていることは、実はアックスにも言ってなかった。


「分かってるな? これ以上危なかったらすぐ止める」


「ぁあ、構わねぇよ。これ以上はケガしねぇ」


「悪いね、ダリル。卑怯でもなんでもいい。エリィのためにもここは勝たせてもらうよ」


「ぐはははっ……いい目だ、生意気な目ぇ! やっぱ、そう来なっきゃなぁ!」


 こいつ刃物を目の前にしても動じないのか……


 俺は見せびらかすようにナイフを振りかざす。さすがのダリルもナイフを前にしては、なかなか一歩が踏み込めない。痛々しくも腕の流血が彼のシャツの袖を赤く染め始めていく。


 木剣の時とは違い、隙を作らないようにナイフは小さく振る。何度か振るって、彼が少しづつ後退しているのを見て、俺は勝機だと思い一気に距離を詰める――も、罠だった。

 俺が大きく一歩前に踏み込んだ時に、後退していたはずのダリルも間合いを詰め、ナイフを持っている俺の右手を奪った。


「――っぐ! 痛っ!」


 手首を返され、ナイフが乾いた音をたてて落ちる。


「ぐへへ、ナイフごっこは終わりだな。次はなにをする気だ?」


「次の手はこれだよ!」


 俺はキシミナソウの花粉が入った小瓶を取り出し、ダリルの前へとぶちまける。

 アレルギー反応で目も開けられなくなる、が彼はおもくそ重いタックルを俺にぶちかまし、二、三メートルは転がった。


 すぐに起き上がり彼に視線を向ける。腕で顔を完全におおっていた。彼の背後にはキシミナソウの花粉が散乱している。そうか、花粉が散布される前にタックルでかいくぐったんだ。


 ――くそ! 一度アックスと戦った時に見せてたから、対策済みってわけか。

 ……こりゃあ惨敗だ。正直これ以上はやれることがない。残念ながら摘みだ。


「ぐへへへ……いい勝負だったぜ。楽しませてもらった。いかにもお前らしい戦い方だ」


 けっ! わざわざ木剣を拾うのかよ。ここまで来たら馬乗りになってボコして終わりだろ? こいつ木剣で俺を骨折させる気かよ!


「もう一本刃物を隠し持ってるかもしれねぇからな。用心はさせてもらうぜ」


 残念。刃物はもうないよ。これ以上は勝つ手がないんだ。

 しかし夢を見ちまったな……ダリルに本気で勝てると思ってしまった。情けない。なにをしたって勝てないものは勝てない。世の中ってそう甘くはないんだ。


 俺は立ち上がって構えはしたが、戦う気力はすでに尽きていた。


「おい! リチャーズ終わってないぞ!!」


「アックス……」


 なんだ、アックス、その目はよ? まさか諦めるなってか?

 お前はそういう熱いやつだよ。だけどさ、その熱さを俺に向けたところで勝敗は何も変わらないんだ。俺はアックスやダリルとは違う。才能もなけりゃあ、それを補うほどの努力家って訳でもない。


 だからさ、そういう視線を俺に向けるのは止めてくれ。

 ……そーいや、昔エリィにもそういう視線を向けられたっけな……


 くっそ! ぁあ、分かった、分かったよ! 最後までやればいいんだろ! どうにもなれだ。腕がもげようがなにをされようがな。


 思えば、この試合はエリィの人生がかかっているんだ……俺が勝てばエリィとアックスは同じパーティーでいられる。もはや俺がそのパーティーにいなくても良い、二人が幸せであればな。オーケー、なにが何でも勝ってやるさ……


「……ふふ」


「ぁあん? リチャーズ、お前まだなにか隠し持ってやがるな!」


「いや、ダリル違うよ。もう手がないから、笑うしかなくてね……」


「それは嘘だな。なにか隠し持ってやがる。お前って奴は気が抜けねぇ奴だ」


 警戒されたか……でも、これは警戒された所で防ぐことはできない。逆に距離を詰められてたら打つ手はなかったよ。


 俺はエルフからもらった革のポーチから、コルク栓がしてある瓶と紙包みを取り出す。

 これは試作段階、コントロールが難しくて実践で使う予定はまだなかった。だが、相手はダリルだ。他の人とは耐久力が違う。頼むから大怪我はしないでくれよ。


 ――キュポン、俺はコルク栓を開けた。


「へへ……なにをする気だ?」


 俺は紙包みから細かく砕いた黒い粉を瓶の中に流し入れ、再び栓をする。


「キシミナソウから抽出した液体に、このダマタイトという鉱石を細かくして入れるんだよ。ダマタイトは希少な鉱石でね。魔力の吸収量が高い。魔法使いが使うロッドの石などにも使われることがあるみたいだよ。この村も本格的に発掘してダマタイトを掘り当てれば、もっと村が潤うかもね……」


「なにを言ってる……?」


 ダリルはそう言いながら木剣を構え直す。


「なにをって? ……単なる時間稼ぎだよ。反応するまでに少し時間を要する。ダリルいいのかい? 俺にこんなに時間を与えてさ」


「ぐへへ……なんだぁ? 毒ガスでも作る気かよ。そう言って距離を詰めさせたいだけだろ?」


「ふふ、そうかい。向かって来ないなら俺から行くぞ!」


 俺は距離を開けられた分を取り戻すために走る。ダリルは腕を上げて上段の構えになる。彼の上段の構えから振り下ろされる剣は、目で終えない程に速い。


 剣の間合いのギリギリ。ギリギリで俺は立ち止まった。剣を持ったダリルは完全に一流の剣士のようになる。間合いを見誤ることはないし、下手に剣を振るうこともない。


 今だ! 俺はそのギリギリの間合いから瓶を上空に投げ、間を置かずに逆走する。


「――ダリル、アックス! 目をふさいで顔を守れ!」


「ぁあ!? なに言って……」


 瓶が宙で青い光を発する。俺は地面に伏せる。ダリルはやばいと思ったのか咄嗟とっさに顔を腕でおおう。


 光が更に強くなる。瓶に亀裂が入り爆発を起こす――辺りに大きな破裂音が鳴り響き、音と共に起きた衝撃波が立っていたあの巨体のダリルを倒し、建物の壁を削るように破壊する。


 爆発が収まると俺は立って、周囲を見回してみた。ダリルは仰向けに倒れ、瓦礫の粉が白い雪のように彼に降り注ぐ。アックスは咄嗟に身を低くし、衝撃に備えたようだ。


「ダリル……、まさか死んでないよな?……」


 俺は恐る恐る彼に近づく。


 ――ぴくっと、ダリルの手が動く。彼は仰向けになったまま木剣を探る。木剣を探りあて握った瞬間――俺はとっさに彼にまたがり、すでに拳を握っていた。


 まだ意識がある、とどめを!


「――待て」


 俺の肩に手を置いたのはアックスだ。


「もういいだろ……なぁ、ダリル?」


「ぐ……ぐへへへ……まいったよ。俺の負けだ。体が痛ぇ……もうこれ以上は戦えねぇよ」


 彼は力なく答え、カランと木剣を手放した。


「……」


「リチャーズ、お前の勝ちだ。ほら、握った拳をほどけよ」


「アックス……おれ……」


「あぁ、そうだ。お前が勝ったんだ!」


 俺はその場でまたがったまま大粒の涙を流した。

 ダリルが「いいから、早くどけよ」と言ったのはなんとなく耳に入っていたが、感極まってしばらくはどくことが出来なかった。

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