第18話 憂鬱な冒険者② 置いていかれるパーティー
あの日からエリィもアックスも秘密基地に訪れることはなくなった。早ければあと半年もすれば二人は冒険者として旅立つ予定だ。
この村では十五歳〜十七歳の間に冒険者として村を出るきまりがある。八割以上の人は十五歳になると、同い年のメンバーでパーティーを組んで冒険者として旅立つ。残りの二割はより優秀なメンバーを求めて、年下のその相手が十五歳になるのを待ってから旅立つ。
優秀な者が、より優秀な者を求める。村としてはそれが延期する妥当な理由であり、十五歳〜十七歳と旅立つまでの猶予を与えている理由でもある。優秀からほど遠い、Fランクの最弱な俺なんかをアックスが待つはずもない。それに気付けなかった俺の頭はどうかしてた。
アックスとパーティーを組むと噂のライザはその二割の待っている側にあたる。彼女は今年で十七歳、村を出るぎりぎりの年だ。聞く所によるとアックスが十五歳になるのを待っていたそうだ。彼女は村一番の風魔法使い。十五歳になった当時、誰とも組まずに村に残ったことに人々は驚いたものだ。
まさかのアックス狙いの一本釣りだったとはね。アックスめ、あんな美人が待っていてくれたなんて、羨ましい限りだ。
もう一人パーティーを組むと噂のベントレーはアックスと同い年だ。昔から二人は仲が良い。彼は剣術が得意で簡単な火炎魔法も使える。この村ではめったにない剣術と魔法の両刀使いだ。
そんな優秀な二人からのオファー、アックスはまず断らないだろう。できたらその三人の中に四人目としてエリィを入れてもらえないだろうか……それが俺が今思う、一番の願い。
この日は秘密基地での実験に身が入らなかった。いつもは日が落ちるまでしていた実験は諦めて、日が落ちる前に村へと戻ることにした。
いつものルーティーンを変えるべきではない、俺がそう思ったのは会いたくもない相手に会ってしまったからだ。
「よう! 一人ぼっちのリチャーズ君」
「はぁ……ダリルか。お前も今日は一人なんだな。いつもの子分はどうした?」
「四六時中あいつらといるわけじゃねぇからな。一人の時もあるさ」
そうか? こいつら四六時中三人でいるイメージだが。
「そうかい。そういえば最近は俺を殴らないんだな……?」
「ぐへへへ……なんだぁ? 殴ってほしいのか?」
「いや、そういうわけじゃない」
「お前の落ち込みようがおもれぇからな! 殴るまでもないわ。いや~愉快〜愉快〜」
「……はぁ、そうかい。それなら良かった。俺は行くね」
「おい、待て!」
「なんだよ、ダリル。話は終わったろ? それともやっぱり殴りたくなったのか? しょうがねえ奴だな、ほれ、いいよ、殴りなよ!」
俺は両手を広げて無防備になる。怖いから目は瞑っとく。
「――けっ! 相変わらず張り合いがない奴だぜ。そういう所が気に食わねぇ。お前いつかの時、俺様を殴ったろーが。たまにはその意気を見せてみろよ!」
いったいいつの話をしているんだ。いじめられる側に張り合いを求めるって何を言っているんだか。
――ん? まずいな……あれは……
「ぁあ、なんだぁ? おい、逃げるのか!?」
俺は瞑った目を開けた時に、遠目に見覚えのある人影を見てしまった。面倒くさいことになる前にそそくさと路地裏へと走り出すが勝ちだ。
「ダリル悪い! 話はそれまでだ。じゃあな」
「ぁあ!? おい、待て……」
***
俺は路地裏にあった樽に座って切らした息を整えた。
大丈夫、おそらくダリルの陰になっていて、相手には見られてないはずだ。
「……上手く逃げれたな……よし……」
「――おい、リチャーズ! なんで逃げるんだ?」
「わぁ! アックス!? そ、それにダリルも!?」
突然の声にびっくりして俺は転び落ちそうになったが、なんとか体勢を立て直す。
「ぐへへへ……お前のだ~い好きなアックス君を連れてきてやったぜ!」
くそ、そういうことかい、ダリル。俺がアックスを避けていることを感じ取って、面白がって連れて来たな。ほんとーに、こいつは嫌な性格をしてやがる。
「……最近は忙しくてな、元気してたか?」
「元気してたよ……アックスは?」
「元気してた……」
「……」
やはり気まずい。一体なにを話せばいい。
「ぐへへ……なんだなんだぁ? 空気が重いぜ。重すぎて窒息死しそうだ。喧嘩でもしたのかよ?」
こいつ、発端はお前だろうが! やっぱりダリル、この状況を楽しんでやがるな。
「アックスがリチャーズを探してるって言うから、せっ〜かく連れて来てやったのによ〜。おめえが話さねぇなら、俺様の要件から済まさせてもらうぜ!」
――え? アックスが探してた? それにダリルの要件って……なんだ??
「ぐへへ……アックスもいるんだ、ちょうどいいぜぃ! なぁリチャーズ、俺様とパーティーを組まないか?」
「……? 俺様とパー……はぁ!?」
なにを言っているんだ、こいつは……?
俺は自然とアックスの方に視線を向けた。ダリルの発言にアックスも驚いている様子だ。
「ダリル、ちと言ってる意味が良く分からない……」
「分からなくないだろ。俺様はもうすぐ十四歳だ。パーティーを考えても良い頃合いだろうがよ」
「いやいや、そうじゃなくて! ダリルは村一位の実力者だ。お前と組みたい奴なんてわんさかいる。そりゃあ性格は難ありだけどさ、意外と
――ああ、そうか! なるほど、分かったぞ。これも俺をいじめる手段の一つってわけか。期待させといて落とすっていう……それともあれか、仲間にして一生いじめ続ける、そういう腹積もりだな?」
「ぐっははははっ……お前が拒むのは分かってた。腹積もりなんて一切ねぇぜ。俺はもうお前をいじめたりはしない。ケイレスにトマスはな、実力が今一たりねぇんだ。その二人と違ってお前は優秀だ。まず優秀な方から誘うのは当たり前だろうがよ。なぁ、アックス君! お前もそう思うだろ?」
「……ああ、そうだな。リチャーズは自分を過小評価しすぎるからな」
二人ともなにを言ってる? 理解が及ばない……
「ぐへへへ……まぁいい、その件は今はいいんだ。どーせお前はすぐに答えはださんからな。それよりも今日はその本当の実力を確認しようってんだ。立会人としてアックス君を連れて来たわけだ」
ダリルは腰につけていた木剣を投げた。カランと音を立てて俺の足元に落ちる。俺は視線を落としてその木剣を見る。よく使い込まれていて手の馴染みが良さそうだ。俺が普段使う木剣と違って、木目が見えないほどに握りの部分がなだらかだ。
「……いったいなにを?」
「なにをって、俺様と試合をしてもらうんだ! これはいじめとは違う、やられたらやりかえすなんて野暮なことはしないぜ」
「……ダリル悪いけど俺はやらないよ。こんなのは無意味。試合をしたところで俺が負けるに決まってるし」
「ぐへへへ……いいかい? なんでもありのルールだ。お前の土俵で戦ってやるってんだ。それに俺の木剣をお前に渡すわけだから俺は素手だけだ。これでハンデは十分だろぉが?」
「俺はやらない!」
「ああ、そうかいそうかい! ならな、お前が本気になってもらうように俺も考えがあるんだ。さっきも言ったが俺はお前をもういじめねぇ。これは変わらない事実だ。だがな、その変わりっと言っちゃあなんだがな、今後はあのバカ女をいじめようと思ってる。この試合で万が一お前が俺に買ったとしたら、バカ女はいじめないでやるよ。どうだ、いい条件だろ?」
「――ダリル、てめぇ!」
「まぁまぁ待てよ、アックス……」
ダリルはアックスの肩に腕をまわし、何やらこそこそと話しだした。アックスの目の前でああいうことを言ったんだ。ダリルがエリィをいじめるのは本気じゃない。少しでも俺を本気にさせようと企んでいるだけだ。
ほらな、アックスが納得した表情になった。エリィをいじめる気は全く無いと伝えたのだろう。騙されないぞ、こんな所で本気で戦ってどうなる? 全くの無意味だ。
「そうだな、これじゃ不公平だな。お前の条件も聞こう。俺様が勝った時はバカ女をいじめる権利だ。お前が勝った時は何がほしい?」
「この試合が成立しなければ、そもそも条件も生まれない。エリィをいじめる権利は成立しないぞ」
「ぐへへへ……まぁそれはそうだがな。だがな、俺がそんな権利なんて主張する人間に見えるかい? 別に試合放棄でもいいんだぜ。そん時はバカ女を散々な目にあわせてやんよ! リチャーズ君、な~にをそんなに怖がるんだ? お前が勝った時は俺をいじめるでも、こき使うでも、なにをしたっていいんだぜ」
怖がる? 怖がって当たり前だろうが。底辺の俺と村一位のダリル。この差は十分に承知している。全くどうしろっていうんだ。これの勝ち負けで何かが変わる訳でもないのに。
俺は自然とまたアックスに視線を送っていた。アックスが視線に気づく。彼は俺と視線が合うと、力強くウンと
「ぐへへへ……ほれ、お前の叶えてほしいことはなんだぁ? 俺に買ったらどうしたい? 早くしろよ。日が暮れちまったら戦えねぇからな」
「……はぁ、くそ、まったく……」
これは最初から断る権利なんてない。相手はダリル、俺が渋った所で諦めて帰ることは決してないだろう。そのうちしびれを切らして俺を襲ってくるか、襲ってこないにしても毎日のように試合をふっかけて精神的に追い詰めるか、きっとそのどちらか。アックスもこのことに関しては止める気配が全くない……
「ダリル、俺が勝った時は……アックスが承諾すればだけど、アックスが俺の願いを聞く。それでも構わないか?」
「ぐへへ……なにを言い出すかと思いきや。俺は構わないぜ。試合にアックスは関係ねぇが、それでもいいか? なぁアックスよ?」
アックスは腕を組み、少し間を置いて、それから話す。
「それでリチャーズが本気を出すって言うなら俺は構わない。俺もリチャーズの実力を確かめたいしな。もしリチャーズが買ったら俺はなんでも願いを聞く」
「ぐへへ……だそうだ。良かったな、リチャーズ君」
「ありがとう、アックス。もし俺がダリルに勝つことがあったら……その時は、エリィをアックスのパーティーに入れてほしいんだ。エリィは俺なんかと違って頭もいいし、とても優秀だ。ただ土魔法使いってだけで、今まで教わる環境に恵まれてこなかっただけ。成績に実力が出ないのはただそれだけなんだよ」
「……エリィが優秀なのは十分承知してる。分かった。リチャーズが勝ったらエリィは俺のパーティーに入れる、男の約束だ」
「ありがとう。アックスはこの試合に関係ないのに望みを聞いてくれて、とても感謝してるよ」
「関係ないなんてこと、ないだろーが……」
「――え、今なんて言った?」
「……いや、なんでも」
アックスはそう言うと、俺とダリルから距離を空けた。
――よし、もうやるしかない! 俺は自分の頬を思いっきり両手ではたく。これはエリィがアックスと同じパーティーに入れる、またとないチャンスだ!
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