第10話:激突!貴公子VS団長



---


### **第4話**


**練習試合での奇跡的な逆転勝利。その熱狂は、しかし長くは続かなかった。**


日本代表チームは、二つの派閥に割れていた。

大門 哲(65)の「全員特攻ラグビー」を信奉する、キャプテンを中心としたフォワード陣。

そして、その原始的な戦術を「ラグビーへの冒涜だ」と断じる、司令塔・大空 翼を中心としたバックス陣。

合宿所の空気は、国際試合を前にして最悪の状態だった。


翼の怒りは、頂点に達していた。

「僕が何年もかけて積み上げてきた戦術が、あの人の『前に出ろ』の一言で全部パーだ!あんなの、ただの喧嘩じゃないか!」

彼は、団長のやり方を断固として拒絶した。


大門もまた、翼の「美しすぎるラグビー」を認めてはいなかった。

「貴公子…。貴様のプレーは、硝子細工のように脆い。現場の泥にまみれる覚悟がない者に、ホシ(ボール)は確保できん」


そして、運命のメンバー発表の日。

ヘッドコーチの鈴木が、神妙な面持ちで読み上げるメンバーの中に、大門の名前はなかった。当然の結果だ。

しかし、鈴木は一枚の紙を付け加えた。

「…リザーブメンバーとして、大門 哲」


翼は、その場で凍りついた。

ベンチにあの男がいる。それだけで、自分のラグビーが汚される気がして、我慢ならなかった。


練習後、翼は一人グラウンドに残り、黙々とボールを蹴っていた。

そこに、ぬっと大門が現れた。サングラスの奥の表情は読めない。


「…不満か、貴公子」


「当たり前でしょう!」

翼は感情を爆発させた。

「あなたのせいでチームはめちゃくちゃだ!あなたのやり方はラグビーじゃない!ただの破壊活動だ!」


大門は、翼の罵声を黙って聞いていた。

やがて、翼が肩で息を切らし始めた頃、静かに口を開いた。


「…翼。お前は、ショットガンを撃ったことがあるか?」


「…は?」

唐突な質問に、翼は言葉を失う。


「一発の弾丸は、ただの鉛の塊だ。だが、それが銃口から放たれた時、厚い壁すら撃ち抜く力を持つ。お前のパスは、美しいが、まだただの鉛の塊だ。そこに『魂』が込められていない」


大門は、足元に転がっていたボールを拾うと、おもろむろに構えた。

「俺たちの時代のラグビーは、まさに銃撃戦だった。パスは、仲間への命懸けのメッセージ。タックルは、身を挺して仲間を守る盾だった」


そして、彼は翼に向かって、鋭く、重いパスを投げた。

それは、翼が今まで受けたことのない、まるで鉄塊のようなパスだった。

ズシリ、と腕に衝撃が走る。


「貴様のラグビーは、一人で完結している。だが、ラグビーは15人でやるもんだ。時には、自分の美学を捨ててでも、泥臭く仲間を活かすプレーが必要になる。それができんのなら、お前はただの自己満足なアーティストだ」


翼は、腕の中のボールを見つめた。

自己満足…。その言葉が、胸の奥深くに突き刺さった。

美しいプレーにこだわり、仲間を信じきれていなかったのは、自分の方ではないのか…?


大門は、翼の横を通り過ぎながら、低い声で言った。

「俺はベンチからお前の捜査を見ている。もし、お前が自分の殻に閉じこもり、仲間を信じないプレーをした時は…」


大門は振り返り、サングラスの奥から鋭い視線を送った。


「**俺がグラウンドに出て、真っ先にお前を確保する。** 現場では、時に身内を撃つ非情さも必要になるからな」


それは、最大の脅迫であり、そして、不器用な男からの、最大の激励だった。

この男は、本気でチームを、そして自分を変えようとしている。


翼は、腕の中のボールを強く握りしめた。

「…大門さん」

翼は顔を上げ、初めて真っ直ぐに大門を見た。

「あなたのやり方、まだ認めません。でも…」


翼の表情は、もはや「貴公子」のものではなかった。

不敵な笑みを浮かべた、一人の「刑事(デカ)」の顔つきになっていた。


「あなたの言う『魂』ってやつを、見せてもらいますよ。このグラウンド(げんば)でね」


**激突**の末に生まれた、奇妙な絆。

貴公子と団長、二つの正義が交錯する時、若きジャパンは誰も見たことのない化学反応を起こす。

決戦のホイッスルは、もう目前に迫っていた。


(第5話へ続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る