第26話

テレビでの「究極のライブ配信」を経て、僕、富士見大太こと声優「風花」は、一躍、時の人となった。世間は僕を「光と影を支配する超越的な偶像」として崇拝し、僕の秘密は、「誰にも到達できない神話」という名の防御壁で完全に守られた。

​そして、その熱狂の最中、僕は養成所の卒業証書を受け取った。

​養成所の卒業式。講師は、僕に卒業証書を手渡しながら、静かに言った。

​「風花。君は、自分のコンプレックスを乗り越え、『声の感情の二重構造』という、前例のない才能を確立した。君の卒業は、この養成所にとっても誇りだ。君はもう、生徒ではない。プロの声優、風花だ」

​その言葉と共に、僕の心の中で、『富士見大太』という、常に怯えていた地味な大学生の魂が、静かに息を引き取った。もう、僕は振り返らない。この声と共に、プロの戦場だけを見て生きていく。

​――新たな戦場:光の二重録音

​卒業の余韻に浸る間もなく、僕はすぐに新たな戦場へと向かった。同時に始まった二つのビッグプロジェクト。

​一つは、僕のデビュー作の続編となる恋愛ノベルゲーム『光の園のラプソディー2』。そしてもう一つは、その前作をベースにしたアニメ版『光の園のラプソディー』の収録だ。

​どちらも、僕が演じるのは変わらず、光のヒロイン・陽向八尋。しかし、同じキャラクターを、異なる媒体で同時に演じることは、新たな試練だった。

​ゲーム続編では、八尋は前作での困難を乗り越え、精神的に成熟した大人の女性へと成長している。対してアニメ版では、物語の始まりであるため、無垢で無防備な「光の少女」としての八尋を再構築する必要があった。

​「風花さん。ゲームの八尋は、ヴィーネを演じた後の『影を知った深み』を最大限に出してください。アニメの八尋は、その深みを「隠して」、無邪気さの奥に潜ませてほしいんです」

ディレクターからの要求は、僕の「光と影の統合」という才能に、完全に依存したものだった。

​――「影」がもたらした「光」の完成

​僕は、スタジオのマイクの前に立った。

​まず、アニメ版の無垢な八尋のセリフから収録する。

​風花(アニメ八尋):「えへへ。私の声、みんなに届くといいな!」

​僕の声は、かつて僕がコンプレックスを隠すために作り上げた、空虚な光ではない。ヴィーネの**「冷酷な影」の表現を知ったことで、この無垢な光の演技には、「いつか絶望に直面するかもしれない、儚い透明感」が加わった。それは、聴く者の心を締め付ける、本物の癒やしだ。

​次に、ゲーム続編の成熟した八尋のセリフ。

​風花(ゲーム八尋):「…私の光は、貴方の影があるからこそ、輝けるものだと知ったわ」

​このセリフを言う時、僕の声帯は、微かに、そして意図的に「ヴィーネの冷徹な優雅さ」を滲ませた。その声は、絶望を知り、それを力に変えた、揺るぎない確信を帯びていた。

​「OK!風花さん、最高です!アニメの『始まりの光』と、ゲームの『完成された光』、完全に演じ分けています!」

スタッフ全員が拍手喝采を送る。

​僕は、マイクの前で静かに微笑んだ。地味な大学生の「富士見大太」は、自分の声に怯えていた。しかし、プロの声優「風花」は、自分の声の全てを、誰かの物語を彩るために支配する。

​僕の**「光と影の統合」は、今、「光の完成」という形で、最高の証明を得た。僕のプロとしての物語は、まだ始まったばかりだ。

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