校庭隅のオレたち
@k_nag
第1話
群れた大人が苛立ちを隠さず、オレたちを見上げていた。目を細めても誰だかわからないはずだ。お面を被っているから当然だけど。
学校の中庭には教師や警察、スーツ姿の教育委員会らしき人間が集まり、テレビカメラ数台がこちらを狙っている。野次馬たちはスマホを向けて撮影していた。お面をつけて良かったな、とひょっとこが呟き、シリアスなトーンとその顔のギャップにオレは笑いそうになった。
「君たち、何をしているのかね。早く降りてきなさい」
怒ると目が飛び出すからデメキンと呼ばれている校長の声が巨大スピーカーから響く。まったく、夏休みなのにご苦労なことだ。
「そうだよ、早く降りようね」
震えた声がマイクに乗る。怯えがはっきり伝わってくる。そんなにビクビクしなくていいのに。オレたちは人を殺すつもりも、金を要求することもないのだから。
「ギョフンは相変わらずだな」
「五十年以上そうやって生きてきたんだから、もう変わらないさ」隣の天狗が言った。
「ずいぶん頭のいい天狗だな」
「自分が大黒様だからって調子に乗るなよ」
天狗の鼻がオレの視界を遮る。オレは大黒様のお面をつけていた。
ギョフンは教頭のことだ。校長に媚びて機嫌を取り、尻を追いかけているので、金魚の糞、略してギョフンと呼ばれている。
「ここがどこかわかっているのか? 学校だぞ。降りて説明しなさい」
警察の声は威圧的だった。オレたちはすこしだけビビったが、すぐに理解した。コイツらがオレたちの敵なんだって。
下では野次馬が規制線を突破しようとしている。スピーカーの声が掻き消されそうなほどの騒ぎだ。ここまで早く騒ぎが大きくなるとは予想外だった。天はオレたちに味方している。
「なぜドアを封鎖している? なぜ窓を覆っている? ベランダから水が溢れているぞ。いったい何をしているんだ」
最低限の状況は掴めているようだが、この程度ならまだ問題ない。
真っ白なネコがオレの足をくぐり抜け、呑気に鳴いた。
「なぜ君たちは水着なんだ?」スーツ姿の教育委員会のジジイが叫んだ。この暑いのにジャケットまで着ていた。オレたちは水着なのに。
男子七人、女子三人。それぞれ水着姿でここに立っている。何で水着なのか。それはオレたちの後ろにプールがあるからだ。教育委員会のジジイはスクール水着の奴がいないことが気になったのかもしれない。ヤツらは感覚がズレているから。代わりに、ブーメランパンツをTバックにしてケツを出している男子ならいる。その姿を思い出し、また笑いそうになった。同時に身体の底にあった緊張も緩んだ。
「ツジケン、そろそろだ」
ここにいる十人の代表としてオレは一歩前に出る。足元に溜まった水がぴちゃぴちゃと音を出した。オレは息を深く吸いこみ、ゆっくり吐き出した。それから目を見開いて、大人たちを睨みつけた。
「我々はここにいる。そちら側にはいかない」
オレは怒鳴りつけるようにはっきりと断言した。大人たちの注目が一点に集まり、ざわめきが消えた。今、世界はまぎれもなくオレたちのものだった。
「どういうことだ。君たちは何をしているのか、わかっているのか?」
「もちろんだ。お前たちの言いなりにはならない」
「そもそも君たちはこの学校の生徒なのか?」体育教師のマスカキがマイクを奪って叫んだ。オレたちの正体までは掴んでいないようだ。
マスカキは粗暴で、すぐに手をあげるから全生徒から嫌われている。名前は『大好』と書いて『ダイコウ』。マスカキ大好。両親はさぞ賢いに違いない。裏では『マスカキ大好き先生』と呼ばれている。マスカキは自己紹介でも名前を明かさないが、市内はおろか県外にまでその名を知られている。新入生は体育の授業を楽しみにしているが、ご尊顔を見てニヤニヤしていると初回授業だろうとぶん殴られる。オレも殴られた。
「うるさいぞマスカキ。大好きなマス掻いて寝てな」笑い声が響き渡る。
屋上からでもわかるほどマスカキの顔が赤く染まった。野次馬とテレビ局の手によって、ヤツの存在も世界中に拡散されるんだろう。
「また『勃起』してるじゃん」
マスカキが怒って顔を赤くすることを、オレたちは『勃起』と呼ぶ。怒鳴ると唾を飛ばすが、それを『射精』という。女子生徒も普通に口にする。授業外でも学習の機会を与えているから、保健体育の教師としては優秀だ。
「ふざけたことは止めなさい」
マスカキからマイクを奪ったデメキン校長が叫んだ。大声すぎてマイクがハウリングを起こした。これは平穏なお茶の間からクレームが殺到するだろう。
「君たちの目的は何だ?」
警察だけが冷静だった。テレビカメラと野次馬に撮られていることを意識しているのかもしれない。
「オレたちの目的はたった一つ」
世界中の視線がオレたちに向いていた。
「ロックン・ロールはここにあると示すことだ」
オレたちは一斉にプールへ飛びこんだ。水しぶきが高く上がり、歓声が沸いた。全員がお面の奥で笑っていた。水面が光を反射し、オレたちを輝かせた。中庭から何か叫んでいたが、ヤツらと応答しつづけるつもりはなかった。圧倒的な何かが駆け抜けていた。これまで感じたことのない何かだった。人生にたった一枚しおりを挟めるなら、オレは迷わず今この瞬間にするだろう。水のうねりはオレたちが起こしたうねりだ。その輝きはオレたちの輝きだ。プールを越えて飛び散るのは感情の迸りだ。
やがてスピーカーの声は消えた。野次馬たちが歓声を上げていた。
オレたちは飽きるまでプールに身体を打ちつけ、水をかけ合い、踊り狂った。それは長い時間かけた計画をついに実行し、最初の大きな壁を越えた喜びだった。
しかし、これはまだ序章に過ぎない。ここからもっと大きなうねりを起こし、さらに輝きを増さなくてはならない。最後にどデカい花火を打ち上げるために。
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